境界の教会/キョウカイ×キョウカイ

宇佐見きゅう

推理にもならない口論

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「だって、あの人が死んだとき、私たち全員ここに集まっていたじゃん。アリバイ的に殺すことができたのって、最後に会ってた……」


 一之瀬は語尾を濁し、目線を着流しの老人の方に向ける。
 睨みつけられたタルボットは、観念するように溜息を漏らした。


「私、だな。最後に彼女と会っていたのは。アリバイの点で最も怪しいのは私だ。拳銃の持っている相手を殺しに掛かるほど、私は愚かではないつもりだが、それをここで弁解したところで意味はあるまい。疑いたいなら好きに疑いたまえ」
「そう? つまり、認めるってこと?」
「いいや、認めはしない。疑うのも分かると理解を示しただけだ。状況的に私が怪しいのは間違いないからな。念のために私を殺しておくことを選んだとしても、私は文句を言わない。ただしその場合、すぐに間違いだったと分かるだろうがね。だが、試してみて失敗するまでは君たちも納得できないだろう」
「いや、完全に疑っているってわけじゃないけど……」


 タルボットの潔い態度に、一之瀬の毒気は抜かれる。


「私からもいいですか?」


 阿誰が挙手して発言する。


「実を言うと……、紐状のものが凶器だった知って、私は最初一之瀬さんを疑いました。でも紐なんて特別な道具でもありませんし、ネクタイやベルトでも代用できる。それに、私たちは聖堂に集まっていた。ですから、こう考えられませんか? 教会に、私たち以外の人間が潜んでいると……」
「いなかったじゃん」


 阿誰のアイデアを美玲がバッサリと切った。
 建物の中に八人以外の人間がいる。その者が悪魔を盗んだ『裏切り者』で、かつ鬼無を殺した犯人。そう考えればいくつかの部分で辻褄が合うだろうし、ここにいる者たちで疑心暗鬼になることもない。万事方々綺麗に収まる優しい推理だ。


 だけど、それはありえない。


「誰もいないよ。どこにも隠れる場所なんてない。『一周目』の私と鳳子が必死で探して見つからなかったんだ。鳳子、そんな取って付けたようなアイデアはやめてよ。曖昧な可能性に押し付けちゃ駄目なんだよ」
「じゃあ、美玲はこの中に犯人がいるっていうの? 非情な殺人者がいて、私たちがそうだって疑ってるの? そんな酷いことを考えているの!」
「そうだとしか考えられないじゃん。どうしたの鳳子。何か、おかしいよ?」


 声を荒げる親友に、美玲は当惑する。タルボットを庇いたいがために、下手なフォローを入れたのかと思ったが、どうもそれどころではなかったみたいだ。常に物事を冷静に判断する阿誰が、感情に振り回されている。
 心配すべき場面だろうに、美玲はどうしてか苛立たしさを覚える。


 死体が出た途端、態度を一変させるのか、と。


「冷静になってよ……。何してんの鳳子、情けないよ。証拠がないから誰も疑うなって? それってただの臆病者でしょ? 私たち全員怪しいんだよ! タルボットさんだって、一之瀬さんだって……、鳳子と私だって怪しんだ! 全部疑ってよ!」


 美玲は怒りを篭めて睨み付けた。
 阿誰の方も眼光を強める。


「……酷い子ね。誰彼構わず疑うなんて、とってもドライだわ。しかも頭でっかち。『誰もいない』? 『隠れる場所がない』? それこそ思い込みよ。相手の正体も目的も分かってないのに、自分の常識に落とし込んで考えているだけ。どこかに見落としがあったら? リモコンでしか動かせない仕掛けがあったら? 悪魔とか予知能力があるのよ? 今さら何が出てきても不思議じゃないわ」


「だからッ! 曖昧な可能性に押し付けないで! 自分の知らない可能性を考え出したら切りがないじゃん! そんくらい私でも分かるよ! 馬鹿じゃないの! 私には鳳子が逃げているようにしか見えないよ! 逃げんなよ! 弱虫!」
「……ちょ、ちょっと、二人とも落ち着いて。急にどうしたの」


 一之瀬が間に入ろうとするが、美玲は矛を収める気はさらさらなかった。一度吐き出してしまった敵意はもう飲み込めない。このまま行き着けるところまで行ってしまえ、関係が壊れても知ったものか、と半ば本気で思った。
 しかし、暴走した口論は意外な方向から制止させられた。


「いつまで、クソ下らない茶番を続けるつもりですか?」


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