境界の教会/キョウカイ×キョウカイ

宇佐見きゅう

疲れるお手伝い/奇妙な問答

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 唯々諾々に動きはするけど、同じことの繰り返しは暇を感じる。いつまでも手掛かりが見つからない徒労感と退屈さでまた喋りたくなる。


「ねえ、鬼無さん、タルボットさん。悪魔を盗んだ人って誰だと思う? 何かどの人も怪しいようで、どの人も怪しくないような……」
「へえ? 能天気な阿呆娘でも他人を疑うことができんのか? 下らねえよ」


 予想通りのつれない回答。そこにタルボットが援護に入った。


「頑なに回答を拒絶するということは、意見はあるということかな? まあ、疑り深い君のことだ。誰を疑っているのかを他人に知られて、利用されては困ると警戒しているのかもしれない。しかるべき対応だね」
「てめえは他人の内心勝手に想像して悦に入ってんじゃねえよ」
「私は、犯人の候補を二人にまで絞っている」


 タルボットは口を切って、鬼無の横顔を見つめた。彼女の反応を伺っているのだ。鬼無は一瞬止まり、すぐに何事もなかったように作業を再開する。
 候補を二人まで絞ったとタルボットは言った。二人とは誰と誰のことだろうか? いったいどうやって絞ったのだろう? いつ気付いた? 美玲の中に疑問が巡る。


 しかし、ふと別のベクトルの疑問が浮き上がってきた。
 なぜ、それを皆のいる前ではなく、美玲たちしかいないここで言った?


「…………」


 心臓の鼓動の種類が変わった気がした。美玲はどきまぎしながら、どちらかが発言するときを待った。だが、二人は時間が止まってしまったみたいに無言を続けた。
 重々しい静寂がひたひたと積もる。美玲は呼吸のし辛さを感じる。
 ふとタルボットが目を逸らし、吐息した。


「しかし、この建物の不適切な点だらけの構造もそうだが、扉の結界を設計した人間は、関係のない者を巻き込んだ場合のことを想定してくれなかったのだろうか。羊使いたちが目指すところの隣人愛からはほど遠い所業だと思わんかね?」
「……けっ。宗教家ってのはどいつもこいつも、誰が死のうがお構いなしの、ド畜生どもなんだろうよ。優しさを期待するだけ無駄ってことさ」


「期待させるのが彼らの仕事だというのにね。私も胸を躍らせていたのに失望してばかりだ。工夫も考慮も足りてないし、欠点も多い。実に不愉快極まりない」
「どういう立場で言ってんだ、そりゃ」鬼無は苦笑した。


 二人が自然に、あるいは不自然に違う話を始めて、そのまま先までの話は綺麗になかったことにされた。鮮やかな話題の切り替えに美玲は話を蒸し返すこともできず、気持ちの悪い不安だけが残った。


 そこから再び無言になり、美玲は作業に集中していった。作業に手馴れてくる頃には、ストレスを感じる器官はすっかり麻痺していて、一切の雑念がなくなるレベルにまで達していた。脳が半分眠っている状態で、淡々と同じ行程を繰り返す。そういう機械に成り果ててから作業効率は一気に上がった。資料室の蔵書の三分の一を消費したくらいに、タルボットの声が美玲の集中に割り込んできた。


「美玲君。悪いのだが鬼無君を探して来てくれないか?」
「はーい」


 反射的に頷いてから、美玲は鬼無が室内にいないことを知った。いつの間に資料室を出ていったのだろう。


「もうっ、人に雑用頼んでおいて勝手なんだよ!」


 美玲は持っていた本を棚に置き、室内の惨状を見渡す。書物が床に平積みにされて、腰の高さほどの山があちこちに形成されている。元々が手狭な雰囲気だったが、美玲たちのせいで足の踏み場が完全になくなっていた。


 美玲は本の沼に足を取られながら、何とか資料室を這い出た。


 廊下はひんやりと涼しかった。蛍光灯の光が弱々しい。資料室の右隣が事務室で、正面が倉庫となっている。聖堂の舞台裏のように三つの部屋は建造されていた。
 美玲は廊下を逆時計回りに進んで、ホールに向かった。


 聖堂にいたのはシスターの緋冠と神父だけだった。拘束中の神父が目を覚ましていて、緋冠を恐ろしい眼光で睨んでいた。その口元には猿轡用にタオルが噛ませてある。発言まで封じられるとは散々な仕打ちだ。同情心は一切湧かなかった。


「……レオ神父が暴言を止めようとしないので、私が便宜的に処理しました」


 緋冠がか細い声で教えてくれた。


「あ、そうなんだ」美玲は物寂しいホールを見渡した。「皆は?」
「皆さんは、倉庫を見に行くと言っていましたよ」


 答えてから緋冠は、じっと見つめてきた。
 何か用があるのだろうか。美玲は立ち去りかけた足を止める。場の空気も他人の顔色も読めない美玲だが、黙って待つことはできる。とりあえず、それだけはできるようになりなさいと阿誰に叩き込まれた。


 緋冠の顔を見返して、幸の薄そうな人だと改めて思った。いつぽっくり逝っても不思議ではないというか、毎日泣き寝入りしていそうというか(予知夢でもいの一番に殺されていたし)。甘えん坊な自分とは、真逆の性格をしているような気がする。


 十秒くらい見つめ合って、先に緋冠が発言した。


「あの……失礼な質問かもしれませんが……、あなたは、幸せですか? 予知能力という普通ではない力があって」
「幸せ? 予知能力があって? ……うーん、えっと、急にどうして?」


 パッと答えが思いつかなくて美玲は聞き返す。未来が分かるこの能力に対して、幸せかどうかなど考えたこともなかった。


「どうして、とは?」


 きょとんと緋冠に言い返される。


「いや、うーんと、そんなこと考えたこともなかったから……」


 贅沢な発言かもしれない。自分が幸せかどうかをこれまでの人生で疑ってこなかったという意味だし、超能力があることが当然だと思っている証拠だ。


「では、考えてみてくれませんか? 特別な力を持っていることは幸せなのか、そうでないのかを」


 緋冠は食い下がる。思い返してみるとこのシスター、喋り方に反して、強気だったり頑固だったりの発言が多い。


 流されている気がしたが、美玲はおずおずと答えた。


「幸せ、なんだとは思うよ。私は全然活用できていないけど、使い方次第では色んなことができるんだろうし、今回みたいに不幸を回避できるわけだもんね。でも、嫌だなあって感じることはあるよ。重荷というか……。未来が分かってもあんまりいい気分じゃない。だって何の努力をしなくても、私より頭のいい人とか、凄い人を見下せちゃうから。だから、どうして私だったんだろうっていつも思っている。もっと、この力に相応しい人がいるんじゃないのかって。えっとまあ、こんな感じ」


 だから、と心の中で唱える。だからできるだけこの能力は秘密にしておきたいし、だからできるだけ頭のいい人に利用してもらいたい。これが美玲の答えだった。


「……そうですか。よく分かりました」


 緋冠は頷いた。笑っているのが想像できない根暗な無表情である。


「えと、何でそんな質問を?」
「何で、とは?」


 またもそのまま言い返される。今回は続きがあった。


「大なり小なり、どんなレベルの事物が対象でも疑問は存在します。完全に分かり合えたと思えるパートナーにだって、意外な新事実を発見することもあるでしょう。疑問を持つことに疑問を持たれても、答えに窮すというのが私の返答です。美玲さんが知りたかった答えではないでしょうけれど……。そもそも何を知りたいのですか?」
「あ、いや、ごめん。そんな深い意味じゃなかった。場繋ぎで、何となく聞いただけなんだよ。勝手にシスターさんって他人に興味ないと思っていたから」
「……? ええ、まったくありませんが」
「……へ、へえ?」


 そういうこと面と向かって言っちゃうんだ、と美玲は思った。


「緋冠さんの中では、疑問と興味は違うんだね」
「それも場繋ぎの質問ですか?」


 緋冠は最後に一瞥し、興味を失ったように顔を背けた。
 あっさりした幕引きに、美玲は釈然としないものを感じつつ、聖堂をあとにした。


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