境界の教会/キョウカイ×キョウカイ
議論勃発?
●
床に転がっている図体が右腕をピクリと動かした。
「……ううむ、いったい、何が起きて……」
気絶していたカルヴィニアが薄目を開けた。神父は電灯の眩しさに再び目を細め、身体を動かそうとして異変に気付き、目をかっ開いた。
「……ッ! 何だこれは!」
レオ・カルヴィニア神父の起床である。
カルヴィニアは自分が四肢を封じられた状態で転がされていることを知り、全身で暴れて麻縄を解こうとする。しかし、力技で拘束が緩むことはなかった。息を切らして抵抗を諦めたときには、彼の顔面のあちこちに掠り傷ができていた。
カルヴィニアは上体を捻って棚田らを見上げ、憤怒する。
「貴様らかァ……! 我を拘束したのはァッ! 異教徒どもが!」
「……目覚めましたか、レオ神父」
緋冠は席を立ち、カルヴィニアから見える位置まで移動する。怒り狂ったカルヴィニアは棚田らの隣に立ったこちらを見て、驚愕の声を上げる。
「……なっ、シスターカタリナ! そこで何をしている! 早くこの戒めを解くのだ! こやつらを根絶やしにしてくれる! ……おいっ、どうしたシスター? まさか……奴らに洗脳されているのか! 貴様ら、どこまで外道か!」
寝起き早々喧しい人だ。これだけ元気なら後遺症の心配はないだろう。
「レオ神父、ひとまず落ち着いてください。あなたを拘束しているのは一時的な処置です。皆、あなたの暴力を怖れている。絶対に暴れないと誓えるのなら、この拘束を解きましょう。誓いますか?」
「……むっ、それは……」
カルヴィニアは眉を曇らせ、語を濁した。この方も相当な正直者だ。目的のために嘘をつくこともできない不器用者。こんなに実直だと騙されやすいだろうに。
「約束できないのですね。ではしばらくそうしていてください。お願いします」
「シスター、こやつらにほだされたのか! 貴様はどちらの味方なのだ!」
愚かなその質問を無視した。自分は誰の味方でもない。
「皆さん、この方がレオ・カルヴィニア神父です。どうぞお好きなことを聞いてください。まともに答えてはくれないと思いますが」
「ふふふ、無責任ですねえ」
何と言われようとも構わない。緋冠は顔を背けて元のいた位置に戻っていく。一列目の壁側から二番目の席。そろそろここが定位置になってきた。
棚田たちが芋虫状態のカルヴィニアを取り囲む。一之瀬が、彼を起き上がらせようと腕を伸ばして、その強靭な顎に噛み付かれそうになっていた。一定の距離を置いて対峙する図は、まるでUMAとそれを捕らえようとする探検隊のそれだ。
「我に近寄るな、穢れたブタ共め! 黙れ黙れ黙れ! 黙れッ!」
がなり立てるカルヴィニアを棚田が諌める。
「そう言わずに……。信仰する対象は違えども、人類の幸せを願っているのは同じ。我々には分かり合える道があると思いませんか? カルヴィニア神父」
相手の神父は間髪入れずに返す。
「寝言は寝て言え。貴様のような輩が生きていることが世界にとっての害悪だ」
「……結界の構造や悪魔の特徴について、何か聞いていませんか? 我々も悪魔を倒すことに全面的に協力しますよ」
「貴様の面は反吐が出る。我の目の前から消え失せろ。今すぐにだ」
罵声の飛びまくるやり取りを見て、一之瀬がせせら笑った。
「あらら……、海千山千の古狸さんでも、この人相手は手強そうだねえ」
しかし、棚田はにっこりと笑みを深めるのみ。
「ただ今、あなたが悪魔を盗んだ『裏切り者』の最大有力候補に挙げられているのですが、何か申し開きはありますか?」
「はあァァ……?」
カルヴィニアは眼球をぐるりと裏返し、聖職者どころか人間を止めた目付きになる。
「貴様ァ、我を愚弄するつもりか……! この我が、バチカンを裏切ったと言うかッッ! 許さんぞ……貴様ァ……」
全力の殺意をぶつけられても、棚田は心地よさそうに鼻を鳴らす。
「どうぞご自由に? 余計に生きたこの命、今さら惜しくはありません。ただ、それがあなたの議論の仕方だというのなら、あなたの行動は世界中のカトリックの権威を地に貶めるものになります。真に高潔で清廉な神の使いであるなら、疑いに対しても、堂々と偽りのない言葉で否定するでしょうに」
「……ッぬう!」
動揺するカルヴィニア。大抵、議論を始める前に相手を排除してしまう彼は、案外、こうした討論に慣れていないのかもしれない。初っ端からこれでは、反抗的な態度が瓦解するのも先のことではなさそうだ。
「そうそう」
わざとらしく棚田が手を打った。
「重要なことを聞き忘れていました。神父様が起きてから訊ねようと思っていたんですけれど、よろしいですか?」
「地獄へ落ちろ。邪教の奴隷め」
罵詈雑言機械は態度を崩さない。それを見かねた阿誰が言った。
「棚田さん。口を挟むのは失礼かと思って自重していましたが……、相手に許可を求める前置きを挟むくらいなら、そのまま質問してしまった方がいいと思いますよ。ええ……、どう言ったら誤解されないように伝えられるか迷いますけど、つまり、喋り方が丁寧すぎるのは逆に相手をイラつかせる結果になります」
「おや? そんなことは当然承知済みです。嫌ですねえ、僕が自覚なしに慇懃無礼を働いていたと思っていたんですか? それこそ僕を軽んじていますよ」
「はあ……。そうでしょうね……」阿誰は徒労の息をついた。
棚田は身動きの取れないカルヴィニアに向き直る。
「カルヴィニア神父、シスターカタリナ。単純な興味ですが、悪魔が外に出て本来の力を取り戻したら、どのレベルの脅威が想定されるのですか?」
「州が吹き飛ぶ」
「関東圏が地図上から消えます」
聖職者の二人はほぼ同時に答えた。
「契約者がそれを悪魔に願えば、ですけど」
大してフォローになっていないことを緋冠は小声で付け足した。誰の耳にも届いていないのは、阿誰たちの無表情を見れば明らかだった。
そういえば、と緋冠はこの場にはいない三人に思いを馳せる。
出ていって随分経った気がするが、彼らは向こうで何をしているだろうか。
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床に転がっている図体が右腕をピクリと動かした。
「……ううむ、いったい、何が起きて……」
気絶していたカルヴィニアが薄目を開けた。神父は電灯の眩しさに再び目を細め、身体を動かそうとして異変に気付き、目をかっ開いた。
「……ッ! 何だこれは!」
レオ・カルヴィニア神父の起床である。
カルヴィニアは自分が四肢を封じられた状態で転がされていることを知り、全身で暴れて麻縄を解こうとする。しかし、力技で拘束が緩むことはなかった。息を切らして抵抗を諦めたときには、彼の顔面のあちこちに掠り傷ができていた。
カルヴィニアは上体を捻って棚田らを見上げ、憤怒する。
「貴様らかァ……! 我を拘束したのはァッ! 異教徒どもが!」
「……目覚めましたか、レオ神父」
緋冠は席を立ち、カルヴィニアから見える位置まで移動する。怒り狂ったカルヴィニアは棚田らの隣に立ったこちらを見て、驚愕の声を上げる。
「……なっ、シスターカタリナ! そこで何をしている! 早くこの戒めを解くのだ! こやつらを根絶やしにしてくれる! ……おいっ、どうしたシスター? まさか……奴らに洗脳されているのか! 貴様ら、どこまで外道か!」
寝起き早々喧しい人だ。これだけ元気なら後遺症の心配はないだろう。
「レオ神父、ひとまず落ち着いてください。あなたを拘束しているのは一時的な処置です。皆、あなたの暴力を怖れている。絶対に暴れないと誓えるのなら、この拘束を解きましょう。誓いますか?」
「……むっ、それは……」
カルヴィニアは眉を曇らせ、語を濁した。この方も相当な正直者だ。目的のために嘘をつくこともできない不器用者。こんなに実直だと騙されやすいだろうに。
「約束できないのですね。ではしばらくそうしていてください。お願いします」
「シスター、こやつらにほだされたのか! 貴様はどちらの味方なのだ!」
愚かなその質問を無視した。自分は誰の味方でもない。
「皆さん、この方がレオ・カルヴィニア神父です。どうぞお好きなことを聞いてください。まともに答えてはくれないと思いますが」
「ふふふ、無責任ですねえ」
何と言われようとも構わない。緋冠は顔を背けて元のいた位置に戻っていく。一列目の壁側から二番目の席。そろそろここが定位置になってきた。
棚田たちが芋虫状態のカルヴィニアを取り囲む。一之瀬が、彼を起き上がらせようと腕を伸ばして、その強靭な顎に噛み付かれそうになっていた。一定の距離を置いて対峙する図は、まるでUMAとそれを捕らえようとする探検隊のそれだ。
「我に近寄るな、穢れたブタ共め! 黙れ黙れ黙れ! 黙れッ!」
がなり立てるカルヴィニアを棚田が諌める。
「そう言わずに……。信仰する対象は違えども、人類の幸せを願っているのは同じ。我々には分かり合える道があると思いませんか? カルヴィニア神父」
相手の神父は間髪入れずに返す。
「寝言は寝て言え。貴様のような輩が生きていることが世界にとっての害悪だ」
「……結界の構造や悪魔の特徴について、何か聞いていませんか? 我々も悪魔を倒すことに全面的に協力しますよ」
「貴様の面は反吐が出る。我の目の前から消え失せろ。今すぐにだ」
罵声の飛びまくるやり取りを見て、一之瀬がせせら笑った。
「あらら……、海千山千の古狸さんでも、この人相手は手強そうだねえ」
しかし、棚田はにっこりと笑みを深めるのみ。
「ただ今、あなたが悪魔を盗んだ『裏切り者』の最大有力候補に挙げられているのですが、何か申し開きはありますか?」
「はあァァ……?」
カルヴィニアは眼球をぐるりと裏返し、聖職者どころか人間を止めた目付きになる。
「貴様ァ、我を愚弄するつもりか……! この我が、バチカンを裏切ったと言うかッッ! 許さんぞ……貴様ァ……」
全力の殺意をぶつけられても、棚田は心地よさそうに鼻を鳴らす。
「どうぞご自由に? 余計に生きたこの命、今さら惜しくはありません。ただ、それがあなたの議論の仕方だというのなら、あなたの行動は世界中のカトリックの権威を地に貶めるものになります。真に高潔で清廉な神の使いであるなら、疑いに対しても、堂々と偽りのない言葉で否定するでしょうに」
「……ッぬう!」
動揺するカルヴィニア。大抵、議論を始める前に相手を排除してしまう彼は、案外、こうした討論に慣れていないのかもしれない。初っ端からこれでは、反抗的な態度が瓦解するのも先のことではなさそうだ。
「そうそう」
わざとらしく棚田が手を打った。
「重要なことを聞き忘れていました。神父様が起きてから訊ねようと思っていたんですけれど、よろしいですか?」
「地獄へ落ちろ。邪教の奴隷め」
罵詈雑言機械は態度を崩さない。それを見かねた阿誰が言った。
「棚田さん。口を挟むのは失礼かと思って自重していましたが……、相手に許可を求める前置きを挟むくらいなら、そのまま質問してしまった方がいいと思いますよ。ええ……、どう言ったら誤解されないように伝えられるか迷いますけど、つまり、喋り方が丁寧すぎるのは逆に相手をイラつかせる結果になります」
「おや? そんなことは当然承知済みです。嫌ですねえ、僕が自覚なしに慇懃無礼を働いていたと思っていたんですか? それこそ僕を軽んじていますよ」
「はあ……。そうでしょうね……」阿誰は徒労の息をついた。
棚田は身動きの取れないカルヴィニアに向き直る。
「カルヴィニア神父、シスターカタリナ。単純な興味ですが、悪魔が外に出て本来の力を取り戻したら、どのレベルの脅威が想定されるのですか?」
「州が吹き飛ぶ」
「関東圏が地図上から消えます」
聖職者の二人はほぼ同時に答えた。
「契約者がそれを悪魔に願えば、ですけど」
大してフォローになっていないことを緋冠は小声で付け足した。誰の耳にも届いていないのは、阿誰たちの無表情を見れば明らかだった。
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