境界の教会/キョウカイ×キョウカイ

宇佐見きゅう

探偵の姓は悪役を任ずる

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 六人の名前と正体が分かったところで、集まっていた意識が散漫になる。物覚えの悪い美玲は、途中からそれぞれの言い分を携帯のメモ帳に取っていた。阿誰とタルボット以外の三人の名前と目的を記すだけでいいので、片手間で終わる。


 鬼無がわざとらしく欠伸をし、じろりと周囲をねめつけた。おっとまた来るぞ、と美玲は注目する。そろそろ彼女の眼圧にも慣れてきた美玲だった。


「ったく、黙って聞いてりゃ馬鹿らしいなおい。欠伸が出ちまったぜ」
「黙っては聞いてなかったと思うけど?」
「うっせえ阿呆娘。黙ってろ」


 美玲の指摘に目を尖らせる鬼無。あっちこっちに怒って忙しい人である。


「犯人探しだか悪魔退治だか知らねえが、隠れてる相手が正直に話してくれるわけねえだろ。嘘八百並び立てて、時間稼ぎするに決まってる」
「誰もがあなたみたいに捻くれ者ではないのよ」阿誰が言い返す。
「あっそう、そりゃありがたいご指導だ。でもよ、誰もがてめえみたいなお綺麗な心を持っていると思ったら大間違いだぜ、お嬢ちゃん?」


 挑発的に笑い、鬼無は席を立って気絶中の神父の下へ歩いていく。


「つうかよ、ちっと考えりゃこうだって分かんだろ」


 鬼無は草臥れたスーツのふところから鉄の塊――自動拳銃を取り出した。美玲は一瞬それが何だか迷ってしまった。一度あれが拳銃だと、弾丸を発射して相手を死に至らしめる凶器なのだと、把握しておきながら理解を拒絶した。思考が現実逃避の方向に走ったのはそれが日本では日常的なものでなかったからだ。


 鬼無は拳銃をスライドさせ、床に転がる巨漢の神父に銃口を向けた。


「まさか、揃いも揃ってこんな簡単なロジックに気付いてねえ、なんてことはねえよな。阿呆娘と根暗シスターの話を信じれば、一番怪しいのはこの男だ」
「鬼無君。銃を下ろしたまえ。危険な真似はよせ」


 タルボットが静かな声音で忠告する。しかし、よせと言われて素直に従うような性格に鬼無は見えない。そして、実際そうだった。
 神父の生死を握っている鬼無は涼しげに口笛を鳴らす。


「ったくよ。『悪魔を殺せ。さすれば扉は開く』、だっけか? 阿呆娘の話じゃあ、こいつは容疑者の皆殺しを企んだみていだな。そんで、部屋に隠れてた阿呆娘とお利口ちゃんを探し当ててこう言った。『貴様らで最後だ』と。


 ……っておいおい。ってえことは何か? その時点で他の奴らは全滅したってことかよ。他人を勝手に殺すんじゃねえよ、ったく。まあ、妄想にツッコミ入れても仕方ねえけどな。問題は、その時点ではまだ、神父が殺戮を止めてなかったってことだ。目的を達成してなかった。悪魔はまだ死んでなかったってことになるよな。つまり、すでに候補は三人に絞られてる。阿呆娘とお利口の嬢ちゃんとこの神父。怪しさは三人とも同じくらいだ」


 黒帽子の探偵は、神父に突きつけた銃口をぷらぷらと揺らす。その揺れが大きくなってこちらに向くのではないかと想像し、美玲は落ち着かなくなる。


「鬼無君。銃を下ろすんだ。私は冷静に話がしたい」


 諦めずにタルボットが説得を試みる。拳銃の振り子がピタリと止まった。


「あっそ。ノリ悪ぃな、クソっ垂れ」


 意外なことに鬼無はあっさりと従い、拳銃をふところに収めた。
 美玲は安堵した。視界から消えただけでも、心臓がきりきりと苛まれるようなプレッシャーはなくなった。こういうとき、自分の単純な性格が好きである。


「安心してんじゃねえよ、阿呆娘」


 美玲の心を読んだかのように、すかさず鬼無の眼光が飛んでくる。


「てめえも疑っているっつってんだろうが。阿呆にだって万引きくらいはできらぁ。さっさと弁明してみろよ、その足りないおつむでよ」
「……ッ! ちょっとあなたッ! 美玲を馬鹿にしないで!」


 顔を真っ赤にした阿誰が立ち上がり、食いかかった。
 しかし美玲には、どうして阿誰が怒ったのか分からなかった。鬼無の考えは論理的に正しいと思えるし、不条理も言われていない。怒る必要はないのだ。しかし、否定すべきところは否定しなくては。


「ごめん、それは無理。私と鳳子は何も悪くないから弁明できないよ」


 美玲はまっすぐ答えた。それを聞いた鬼無がぱたんと口を閉じた。沈黙がやけに長いから、また自分は突飛なことを言ってしまったのか不安になる。


「えっと? 大丈夫? だから弁明できないんだよ、ごめんね」
「……そうかよ。そりゃあ、疑って悪かったな」


 やっと再起動した鬼無は、掌を返したように威勢を失っていた。


「……ま、どっちのオカルトも信じればの推理だがな。オレはどっちも信じてねえんだ、こんなん戯言だよ。本気で疑っているわけじゃない」
「いいや。元から君は、美玲君を疑ってなんかいないのだろう?」


 タルボットが言った。鬼無に睨まれるが、彼は気にせず続ける。


「なぜなら、彼女が『裏切り者』なら、予知能力の件を私たちに話す必要がないからだ。本当だとしてもブラフだとしても、リスクが高すぎる。己の武器を晒すのは、牽制になると同時に、致命打にもなりうる。その武器を危険視する者や悪用せんとする者たちから、真っ先に狙われる羽目になるからだ。そんな無謀策に出るのは、己を犠牲にできる勇気ある者か、後先考えない正直者くらいだろう」
「訳知り顔してんじゃねえよ、おっさん。ムカつくな」
「ガロッサ・タルボットだ。そろそろ名前くらい覚えたらどうかね? 君が阿呆と貶している美玲君の方が、よっぽど礼儀も知性も備えているぞ」
「……悪うござんしたね、タルボットおじ様。チッ!」


 舌打ちを飛ばして、鬼無は早足で廊下へ出ていってしまった。あのくらいで不貞腐れてしまうとは、長生きしそうにないタイプだ。
 一人になる危険性を考慮し、タルボットが、自分の責任だとでも言うように鬼無のあとを追っていった。美玲も気になって付いていくことにした。


「何か心配だから、見てくるね」
「あ、ちょっと美玲……、美玲!」


 阿誰が呼んできたが、聞こえない振り。心配と言ったのは建前で、本音は好奇心だ。最後の鬼無の怒り方が妙だと感じたのである。
 はっきりと制止される前に、美玲は廊下へ飛び出した。


「待って待って!」


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