境界の教会/キョウカイ×キョウカイ

宇佐見きゅう

みんな仲良く自己紹介(ただし神父てめーはダメだ)

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 美玲は、離れた席に戻ったシスターが溜息を零しているのを見た。たった一人で取り残された気分なのだろうと想像した。


「何だか辛そうだね、シスターさん」


 同意を求める風に言ってしまったが、誰にも向けていない独り言だ。
 六人は顔を向き合わせて、具体的な解決法の談義を始めようとしている。


 特に立候補したわけでもなく、自然な流れで棚田が口火を切った。


「悪魔を探さなければなりませんが、しかし、犯人を見分ける方法がないとなると方法が限られてきますねえ。地道に調べるしかないということですか……」


 どこか他人事の風に笑い、棚田は軽々しく言った。


「あっ。では手っ取り早く、皆さんで殺し合うってのはどうでしょうか?」
「ろくでもねえこと言ってんじゃねえよ、悪趣味野郎が」


 不機嫌丸出しの声は鬼無のものだった。


「嫌だなあ。冗談ですよ。ほら、そんな難しい顔をしてないで、スマイルスマイル」
「うぜえ笑いをこっちに向けんな、クソ野郎」


 鬼無は、一回りは年上だろう棚田を口汚く罵る。一方、好きに言われる棚田はまったくダメージを負っていないようで、飄々と話を進めていく。


「『犯人』探しを始める前に、皆さん、改めて自己紹介をしませんか? 美玲さんが大まかに話してくれたとはいえ、お互いの正体を知らないまま話すのは苦痛でしょう。僕は棚田たなだ功奨こうしょうと申します。成功の功に、奨励するの奨。どうぞよしなに」


 そう言って、彼は折り目正しいお辞儀をする。一つ一つの動作がやけに演劇的だ。悪く言えば、わざとらしい。何を言っても薄っぺらに聞こえるのである。


 そこへ、またも鬼無が口を挟んだ。


「お前ら、そいつの口車に乗せられない方がいいぞー。油断していると骨の髄までしゃぶり尽くされるぜ。何せそいつは、大勢を騙しては金をむしり取って、不幸のどん底に突き落とす、希代の詐欺師だからな」
「詐欺師……? それはどういうことですか?」阿誰が過敏に反応する。
「そこにいる男は、数年前に話題になったある新興宗教の幹部だったんだ。生贄、儀式、修行、奇蹟、麻薬、集団自殺……何でもありのな。そうだよな?」


 タルボットが目を丸くした。


「それは、本当の話かね?」


 疑いの目を向けられながらも、棚田はやんわりと微笑んだ。


「昔の話ですよ。教団の教えは瓦解し、仲間は消え、蓄えた資金も底を着いた。僕に残っているのは、平和に生活するのに余分な知識と過去だけです」
「指名手配の写真で見たことあんだろ? その面」鬼無は顎の先で棚田を差す。「整形もしねえで普通に生活してんだから、大したタマだぜ」
「逃げも隠れもしていますが、己を偽ることはしたくないので。別に刑法に触れたというだけで、僕は悪いことをしたとは微塵も思っていません。それは今もだ」


 棚田は堂々と言い切った。開き直っていると言えるのかもしれないが、受ける印象はまるで違う。むしろ誇らしげなのだ。だから、逃亡中の犯人には見えない。阿誰と一之瀬が指名手配の指摘をされた際に気付きの表情をしていたのは、既視感はあったものの、言われるまで棚田を見逃していたということである。


「そう言えば、棚田さんがここに来た理由って何?」
「かつての友人に会いに来たのですよ。古くからの友人で、十年ぶりに会う予定でした。結局、話せませんでしたが」
「あ……、もしかして、そのお友達って……?」


 美玲はそっとある方向――閉じられた告解室へ目線をやった。棚田が笑みを深めたことで自分のロクでもない直感が正解したことを知る。


「ええ、その友人の名は鷲尾豊。そこで亡くなっていた方です」


 棚田のカミングアウトで場にぎこちなさが生まれ、皆が沈黙した。そんな澱んだ空気をリカバリーしたのはタルボットだった。


「鬼無君、貴重な情報をありがとう。君が棚田君に突っかかるわけに得心が行った。すると君は何者かな? 彼を泳がす警察か、新聞記者の者かな」


「ああ? そうだよ、おっさん。名推理名推理。惚れ惚れすっぜ」
「ガロッサ・タルボット。おっさんではなくてな。物理学の学者をしている。この教会に足を運んだのは偶然だ。私はたまにこういう気まぐれを起こす。以上だ」


 タルボットはすらすら答えて鬼無を見た。毅然な態度は相手を挑発し、退けなくさせる。鬼無は苛立たしく舌打ちし、言い返した。


「鬼無しとど。私立探偵。その悪趣味オカルト野郎の尾行中だった。どうせそこの超能力者様は全部ご存知なんだろうがなぁ? おい」


 鬼無の啖呵が飛び火してきて、美玲は首を竦めた。とんだとばっちりだ。
 続く阿誰がすっくと立ち上がった。


「阿誰鳳子です。美玲の友人で、ここにはゼミの研究のために来ました。民族史を専攻しています。タルボット博士とは、今日初めてお会いしました。ここを訪れたのも今日が初めてです」
「ねえねえ、鳳子。私もやった方がいいかな?」


 美玲はこそこそと聞いた。
 聞こえたはずだけど、阿誰は答えなかった。つまり、好きにしろということか。
 最後、メイドが皆に見つめられてやりにくそうに名乗った。


「あー、あたしは一之瀬瞳。こういう格好をしているのは趣味よ、気にしないで。護身術も嗜んでちゃあいるけど、本業はまた別でね。何つーか、このタイミングで言っていいんか迷うんだけど、あたし、除霊師なんだよねぇー……」
「『ジョレイシ』? 何だね、それは」


 タルボットが怪しい発音で問い返した。日常的な単語ではないし、外人の彼にはなおさら難しかったのだろう。


「シャーマンやエクソシストのことですよ、ミスター」棚田が横から教える。
「そうそう、そんな感じ。あたし、霊媒体質って奴でね、幽霊を見たり触ったりできるんだよ。それを仕事にしているの」
「それは……、死人の霊魂を呼び出したりとか、ですか?」阿誰は半信半疑だ。
「違う違う。浮遊霊とか地縛霊とかをぶん殴って消滅させんの。物理的に。イタコはまた別ジャンルで、あたしは退治専門。でまあ、ここからちょっち言いにくいんだけど、あたし今日はお仕事で来たんだけど、それって悪魔退治だったのよねー」


「それって、つまり、カトリックから依頼されたってことですか? ……悪魔のことを知っているのはカトリックの関係者だけですものね」
「そう聞いてたんだけど、何か、引っ掛かるのよ」


 一之瀬は不満げに唸る。


「シスターさんの話あったじゃん? 聞けば聞くほどガッチガチな態勢で、悪魔逃がす気ゼロっていうか。思ったんだけど、あたし必要なくね?」
「それは……、万全を期したということでは」
「万全ねえ……。こんだけやってもまだ不安があるって? 少なくとも依頼人は、神父とシスターが失敗する可能性を考慮していたってわけだ」


 皮肉気に言い捨てる一之瀬。タルボットはゆっくりと口を開いた。


「悪魔のことを知っており、失敗する可能性についても考慮していた人物。悪魔を盗んだ『犯人』も、その条件に当て嵌まるね。ただしその場合、一之瀬嬢に悪魔退治を依頼したことの意味がまた変わってくるが」
「博士はどうお考えですか? どうしてわざわざ一之瀬さんを?」
「陽動あるいは防衛手段。そんなところだろう」
「つまり、一之瀬さんはまんまと嵌められたってことだね」


 美玲はそうまとめた。一之瀬が「はっきり言わないでよ」と肩を落とした。


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