境界の教会/キョウカイ×キョウカイ

宇佐見きゅう

シスターへの質問ターイム!!後編

         ●


 六人は、朱絨毯の通路を挟んで、左右の座席に車座に座った。十字架を零時の方向にして時計回りに、阿誰、美玲、タルボット、鬼無、一之瀬、棚田の位置である。
 そして緋冠は、彼らから離れた、右の座席の壁側に座った。出会ったばかりの他人と平気で協力し合える神経が理解できなかった。あんな近くに座るのも無理だ。
 車座の中、一之瀬が落ち着きなく手首を回し、吐息した。


「けどさ、結局まだ何一つ分かってないじゃん。扉のこととか、文章の意味とか。『裏切り者を赦すな。悪魔を殺せ』? 何それ! わっけ分かんないし!」


 矢継ぎ早に疑問を数えていき、ヒステリックな声を上げた。それから一之瀬はしゅんと大人しくなって、もう一度溜め息をする。


「でもま、神父を襲ったのに、理由がちゃんとあって安心したわ。あたしも一目見て思ったけどね。うわっ、やばそーって。つーか、問答無用の虐殺って、予想以上にやば過ぎて引くんだけど」
「神父さん、どうしよっか? いつまでもこんなところにあったら邪魔だし」


 美玲は、祭壇の前に転がるカルヴィニアを指差して言った。自分が気絶させておきながら、なかなか辛辣な娘である。


「いいえ。目を離した隙に逃れられたら困るでしょう? 念のために、目の届く範囲に置いておくのがいいと思うわ。……それに、少し聞きたいこともあるし」


 言い含みつつ、阿誰が座席の端に座っている緋冠の方を見てきた。
 皆の関心が予知の内容から、こちらに移ってきたのを察せられない緋冠ではない。非難の矢面に立ちたくはないので黙秘してきたが、この流れで身の潔白を証明するのは不可能だろう。予知夢の内容を否定しなかった時点でアウトだ。


 カルヴィニアが悪魔征伐に失敗し、扉の結界が発動した時点で、こうなることは予測できていた。想定外は本当に、カルヴィニアがスタンガンで襲われたことくらいだ。不屈の精神を持つ彼でも、電撃には勝てなかったか。
 緋冠は立ち上がり、祭壇の前まで移動する。五人の視線が追ってくる。緋冠は、足元の神父を示しながら説明を始めた。


「……この方はレオ・カルヴィニア神父。私は極東カトリック司教協議会の者で、緋冠と申します。私たちは、聖インテグラ教会に封じられた悪魔征伐の使命を帯びて、ここへ派遣されてきました」


 他人と目を合わせるのは苦手だ。緋冠は顔を俯かせ、目元に手を当てた。
 涙の熱さを指先に感じる。こういった些細な緊張、感情の昂ぶりだけで勝手に涙が滲んでしまう。欠点の多いこの肉体の特に脆弱な機能だ。きっと産まれるときに欠陥品の涙腺を神様に押し付けられたのだろう。


「……悪魔。すべては邪悪な精霊の魂なのです。単刀直入に話しますと、聖堂に封じられていた悪魔の魂が何者かに盗まれたため、我々は扉の結界を発動せざるを得なくなり、この事態が引き起こされたのです」
「悪魔? 結界? ちょっと、何を言って……。少し、待ってください」


 目を白黒させた阿誰が制止を掛けてくる。阿誰以外の四人は、顔色一つ変えていない。一般人にしては順応性が高い。説明が一度で済みそうだ。
 そう言えば、美玲の話にはもう一人の神父、鷲尾神父のことが語られていなかった。どうやら鷲尾がどうなったか知る前に彼女も死んだみたい。


「……死ぬというのは、どんな感じなのでしょうか」


 死の記憶がある美玲が少し羨ましかった。死んだら跡形もなく消滅したい。緋冠は自分が天国に行けるとは夢にも思っていなかった。己の穢れた魂が煉獄の炎に焼かれる運命なら、いっそのこと消えてしまった方が楽であろう。


「……? ……ああ」


 緋冠は自分のミスを悟り、口を押さえた。
 我知らず思考を口に出していたらしい。前触れなく呟き出したこちらに寄せられる目はお世辞にも好意的なものではない。警戒半分、同情半分のカクテルか。
 緋冠は憂鬱に溜息する。注目なんかされたくないのに。どうして他人を理解する気がないのに関心がある振りをするのだろう。


「悪魔や結界の詳しい説明は省きますが……、聞きたいなら話しますけど、ええ、これを見てもらうのが早いと思います」


 緋冠は告解室に近付き、その扉を開け放った。
 膿んだ鉄錆の臭いがどっと溢れ、こちらの身体を数秒間包み、新鮮な外気と溶け合っていった。嗅ぎ慣れたと言えるほどでもないが、すでに身体に染み付いた臭いだ。


 緋冠は室内を覗き込む。部屋の奥で首から血を流して死んでいる神父が一人。言葉にすればそれだけのこと。きっと一般的にはこれを酸鼻の極まる光景と表現するのだろう。緋冠の常識感覚はだいぶ麻痺してしまっている。


 カルヴィニアのような悪魔祓い師のサポート役に就いていると、自然と死体を見る機会が多くなる。悪魔祓いの過程で、高確率で人命が犠牲になるからだ。今回のカルヴィニアの儀式が成功していれば、彼は殉教する予定だった。そうなった際の後始末も、サポート役の職務には含まれているのである。


「……主よ、ペテロ・鷲尾神父の魂を導きたまえ」


 祈りを上げてから数歩移動して、室内の『酸鼻の極まる』光景を披露した。
 これには平然としていた者たちも瞠目する。阿誰が立ち上がりかけ、凍りつく。近くに来て死体が本物だと確かめようとする猛者はいなかった。


「鷲尾神父は、自分の命を代償に、緊急用の結界を発動しました。完全に外と隔絶させる強力な結界です。悪魔が死なない限り、あの大扉が開くことはありません」
「扉に現れた文面だな。『裏切り者』とは?」タルボットが言った。


 そのレスポンスの速さに感心する。タルボットは異常性に呑まれない、秀でた精神を備えているようだ。
 緋冠は告解室の扉を閉め、血の臭いを閉ざした。


「……悪魔を盗んだ者。悪魔と契りを交わし者。悪魔の魂を宿し者。それが『裏切り者』です。悪魔の魂を盗んだ者は、聖堂内にいたあなた方の中にいると考えられます。我々の使命はその者を見つけ出し、抹殺すること。魂は肉体を導きますが、肉体は魂を支配します。契約者が死ねば、悪魔の魂も共に滅びる運命です。レオ神父は悪魔の魂を寄り代――己の肉体に込めて自害するつもりでした。このホールには扉の結界とは別に、魔を封じる陣が常に張られていますので、悪魔はまだ力を取り戻していません。悪魔を誅するチャンスは充分にあります」


 緋冠はぱたりと口を閉じて俯いた。これで最低限の説明義務は果たした。あとは彼らがどう受け取って行動するかだ。


「なるほど。いや、なるほどです。非常にシンプルで分かりやすい。悪魔を殺せというのがここまでストレートな意味でしたとは。どういう比喩かと思いましたよ」


 そう発言したのは棚田だった。彼は薄ら笑いを浮かべて続ける。


「それで、我々にその悪魔退治に協力しろということですか。まあ、扉を開ける唯一の条件がそれだというなら、協力しなければなりませんねえ。それではシスター。いくつかご質問をよろしいですか?」
「はあ……。何でしょうか」


 緋冠は身構えた。


「容疑者が我々だというのは、どういう基準で仰っているのですか?」
「悪魔が盗まれたときに聖堂のホールにいた者です。召喚の儀式を行って、魂を移動させることが可能な領域は、この中のみなので……」
「ははあ、そういう理屈でしたか。なかなか堅固なシステムですねえ。その基準、例外はないのですか? 例えば、あなた方の知らない秘術を相手側が知っていて、まったく思いもよらない手段で悪魔を奪っていったという可能性は?」
「……我々、カトリックはあらゆる魔術に精通しています。我々が把握していない秘術を都合よく敵が知っていたという可能性は低いです。しかし可能性の有無を問うのでしたら、否定はできません」
「ええ、まあ、そう言うしかありませんよねえ」


 棚田はあやすような猫なで声で頷いた。彼は他人の神経を逆撫でする天賦の才能を持っているようだ。緋冠は不快感を堪え切れず、舌打ちした。棚田は他にも悪魔や儀式について本筋と関係のないことを次々に訊ねてきた。緋冠はそれらの質問には答える有用性がないと判断し、ひたすら無視した。


 無駄な時間を終わらせたのは、タルボットの挙手だった。


「シスターカタリナ。私からもよろしいかね?」


 緋冠は無言で頷いて質問を促した。タルボットが質問を口にする。


「悪魔の契約者とそうでない者を、明確に客観的に見分ける方法は?」
「……ありません」


 わずかな逡巡ののち、緋冠は告げた。


「契約者は、普通の人間と何ら変わりありません。通常、悪魔の魂は邪悪なオーラを放ちますが、ここに封じられていた魂は、長きに渡る封印によって衰弱していました。我々が確認したときには微弱なオーラだけで……。人間に入り込まれれば、その者の魂の脈動に紛れてしまい、見つけることは叶わないでしょう。判別する方法はただ一つ」
「殺すのみ、か。了解した」タルボットは満足そうに頷いた。「便利なものがそう都合よくあるわけがないということか」


 緋冠は胸の前で手を合わせ、元の席に戻っていった。
 これ以上、彼らに協力する筋合いはないし、そうするつもりもない。
 席に座ってから、合わせた両手を額に当てて深く俯いた。


 早く楽になりたい。そう切に願いながら。


         ●

「境界の教会/キョウカイ×キョウカイ」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「推理」の人気作品

コメント

コメントを書く