境界の教会/キョウカイ×キョウカイ
シスターへの質問ターイム!!前編
●
気が触れてしまったのでしょうか、この子。
というのが、緋冠陽慈女がその不思議な少女に抱いた第一印象だった。
幼少の頃からシスターとして神に仕えている身空の緋冠は、これまで様々な秘密を抱えた迷える仔羊たちを見てきたが、こんなに奇天烈なのは初めてだった。
奇天烈で過激で、何よりも熱心だ。
彼女は本気で、嘘偽りなく語っている。こちらを説得するために。
子供のように素直で不器用な彼女の人格は、汚い人間が嫌いで常時己の内側に閉じ篭もっている緋冠の目に輝いて映った。好奇心よりももっと強い憧憬である。
先の問題発言に対しての反応はまちまちだった。端から信じる風変わりな男性から、余計に訝しんで眉間に皺を寄せる黒帽子の女性までいる。
緋冠はというと、状況的に信じるしかなさそうだ、という意見だった。教会の者しか知らないはずの扉の結界の存在を知っていたことが大きい。加えて少女が話した、神父が全員を皆殺しにするという予言も、レオ・カルヴィニアの激しすぎる信仰心を知っている緋冠からすると、とても真実味のあるものであった。
メイド服の女性と真面目そうな女の子も、緋冠と同じ考えのようだった。
鬼無という黒帽子の女も、名前を言い当てられたのだから、多少は信じてあげてもよさそうなものだけど、だからこそ警戒心を深めたようだ。
「予知夢だか知らねえが、信じらんねえな。証拠を出してみろよ、証拠を」
それは卑怯な質問だ、と緋冠は不快を感じた。
少女はすでに『知らないはずのないことを知っている』という証拠を提示しており、この時点で納得できてない以上、他の『予言』を提示したところで納得するはずない。また新たに難癖を付けるだけ。
鬼無は、ただ相手を困らせたいがために否定しているのだ。幼稚な嫌がらせだが、純真な人間はそんな悪意をも真面目に受け止めてしまう。
「え? 証拠って言われても、私もよく分かんなかったし……」
「はあ? んだよそれ。話になんねえな」鬼無が意地悪そうに笑う。
そこに棚田と呼ばれた男が割り込んだ。
「まあまあ、彼女を責めても仕方がないですよ。彼女の言っていることがどこまで真実かはこれから判断していくとして、まずは全部聞いてみましょう。ええと、お嬢さん。最初にお名前を伺ってもよろしいですか?」
少女はきょとんとして、思い出したように頭を下げる。
「ええっと、はい、私は大舘美玲です。それであなたが棚田さん」
「はい、僕は棚田です。では、あなたの予知夢ではどんなことが起こったのですか? 断片的でもいいので、できるだけ教えてもらえませんか?」
棚田の物腰柔らかな声にほだされて、美玲の顔に安堵の笑みが浮かんだ。
シスターの緋冠は、何となく、北風と太陽の寓話を連想した。
北風と太陽が、どちらが先に旅人の外套を脱がせられるか勝負して、北風が強風を吹かせて失敗したのに対し、太陽が日光の暑さで脱がせることに成功する話だ。
その結末から「太陽のように温かく接すれば、相手の心を開ける」という教訓を教え込ませるのはどうなのだろうと思う。表面上は温かく見せながらも、腹の底では冷酷な計算を働かせられるのが人間だ。
少なくとも、棚田という男の目には温もりの欠片もなかった。
「ちょっと待ってね。今思い出してみるから」
美玲はそう言って目を瞑り、頭を捻り出した。そこからたどたどしく、一行日記のような散文調で、予知夢の中で経験したことを語り始めた。
始めは真面目に聞いていた面々が、徐々に閉口していき、やがて呆気に取られてしまったのは、美玲の話した内容が荒唐無稽なものだったためではなく、ただ単に、彼女の説明が呆れるほど下手だったためだ。
代わりに美玲の友人の阿誰という子が、グダグダだった内容を綺麗に分かりやすくまとめてくれた。それはこんな内容だった。
美玲たち六名は、扉が閉まっていることに気付いた。どうにか開けようとアプローチを仕掛けると扉が発光し、鐘の音が三回響いた。目を開けたとき、扉には光る文字が浮かび上がっていた。『裏切り者を探せ、悪魔を殺せ』と。
タルボット、棚田、鬼無の三名が事情を知っている可能性が高い神父とシスターに話を聞きに行くも、経緯は不明だが、神父がシスターと鬼無ら三名を殺害。
阿誰と美玲は一之瀬に庇われて聖堂ホールを脱し、事務室に立て篭もる。そこへ満身創痍の神父がやってきて二人を殺害。
「――そこで目を覚ました、と。こんな感じね、美玲?」
話し終えた阿誰が、涼しい顔で訊ねる。
それに美玲が親指を返した。
「ばっちグーだよ、鳳子。ちょっと省略しすぎな気もするけど」
「客観的に分析する場合、要約は単純明快であるべきなのだよ」
着流しの老人が説教臭い口調で言った。話にあった物理学者のタルボットとはこの老人のことだろう。いかにも学者らしい、上から目線の喋り方だ。
扉に浮かび上がった文章。それと、出口がどこにもないこと。
この二点は探偵の鬼無とメイドの一之瀬が実際に見に行って、事実だと確かめた。これにより美玲の予知夢の信憑性が高まった。
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気が触れてしまったのでしょうか、この子。
というのが、緋冠陽慈女がその不思議な少女に抱いた第一印象だった。
幼少の頃からシスターとして神に仕えている身空の緋冠は、これまで様々な秘密を抱えた迷える仔羊たちを見てきたが、こんなに奇天烈なのは初めてだった。
奇天烈で過激で、何よりも熱心だ。
彼女は本気で、嘘偽りなく語っている。こちらを説得するために。
子供のように素直で不器用な彼女の人格は、汚い人間が嫌いで常時己の内側に閉じ篭もっている緋冠の目に輝いて映った。好奇心よりももっと強い憧憬である。
先の問題発言に対しての反応はまちまちだった。端から信じる風変わりな男性から、余計に訝しんで眉間に皺を寄せる黒帽子の女性までいる。
緋冠はというと、状況的に信じるしかなさそうだ、という意見だった。教会の者しか知らないはずの扉の結界の存在を知っていたことが大きい。加えて少女が話した、神父が全員を皆殺しにするという予言も、レオ・カルヴィニアの激しすぎる信仰心を知っている緋冠からすると、とても真実味のあるものであった。
メイド服の女性と真面目そうな女の子も、緋冠と同じ考えのようだった。
鬼無という黒帽子の女も、名前を言い当てられたのだから、多少は信じてあげてもよさそうなものだけど、だからこそ警戒心を深めたようだ。
「予知夢だか知らねえが、信じらんねえな。証拠を出してみろよ、証拠を」
それは卑怯な質問だ、と緋冠は不快を感じた。
少女はすでに『知らないはずのないことを知っている』という証拠を提示しており、この時点で納得できてない以上、他の『予言』を提示したところで納得するはずない。また新たに難癖を付けるだけ。
鬼無は、ただ相手を困らせたいがために否定しているのだ。幼稚な嫌がらせだが、純真な人間はそんな悪意をも真面目に受け止めてしまう。
「え? 証拠って言われても、私もよく分かんなかったし……」
「はあ? んだよそれ。話になんねえな」鬼無が意地悪そうに笑う。
そこに棚田と呼ばれた男が割り込んだ。
「まあまあ、彼女を責めても仕方がないですよ。彼女の言っていることがどこまで真実かはこれから判断していくとして、まずは全部聞いてみましょう。ええと、お嬢さん。最初にお名前を伺ってもよろしいですか?」
少女はきょとんとして、思い出したように頭を下げる。
「ええっと、はい、私は大舘美玲です。それであなたが棚田さん」
「はい、僕は棚田です。では、あなたの予知夢ではどんなことが起こったのですか? 断片的でもいいので、できるだけ教えてもらえませんか?」
棚田の物腰柔らかな声にほだされて、美玲の顔に安堵の笑みが浮かんだ。
シスターの緋冠は、何となく、北風と太陽の寓話を連想した。
北風と太陽が、どちらが先に旅人の外套を脱がせられるか勝負して、北風が強風を吹かせて失敗したのに対し、太陽が日光の暑さで脱がせることに成功する話だ。
その結末から「太陽のように温かく接すれば、相手の心を開ける」という教訓を教え込ませるのはどうなのだろうと思う。表面上は温かく見せながらも、腹の底では冷酷な計算を働かせられるのが人間だ。
少なくとも、棚田という男の目には温もりの欠片もなかった。
「ちょっと待ってね。今思い出してみるから」
美玲はそう言って目を瞑り、頭を捻り出した。そこからたどたどしく、一行日記のような散文調で、予知夢の中で経験したことを語り始めた。
始めは真面目に聞いていた面々が、徐々に閉口していき、やがて呆気に取られてしまったのは、美玲の話した内容が荒唐無稽なものだったためではなく、ただ単に、彼女の説明が呆れるほど下手だったためだ。
代わりに美玲の友人の阿誰という子が、グダグダだった内容を綺麗に分かりやすくまとめてくれた。それはこんな内容だった。
美玲たち六名は、扉が閉まっていることに気付いた。どうにか開けようとアプローチを仕掛けると扉が発光し、鐘の音が三回響いた。目を開けたとき、扉には光る文字が浮かび上がっていた。『裏切り者を探せ、悪魔を殺せ』と。
タルボット、棚田、鬼無の三名が事情を知っている可能性が高い神父とシスターに話を聞きに行くも、経緯は不明だが、神父がシスターと鬼無ら三名を殺害。
阿誰と美玲は一之瀬に庇われて聖堂ホールを脱し、事務室に立て篭もる。そこへ満身創痍の神父がやってきて二人を殺害。
「――そこで目を覚ました、と。こんな感じね、美玲?」
話し終えた阿誰が、涼しい顔で訊ねる。
それに美玲が親指を返した。
「ばっちグーだよ、鳳子。ちょっと省略しすぎな気もするけど」
「客観的に分析する場合、要約は単純明快であるべきなのだよ」
着流しの老人が説教臭い口調で言った。話にあった物理学者のタルボットとはこの老人のことだろう。いかにも学者らしい、上から目線の喋り方だ。
扉に浮かび上がった文章。それと、出口がどこにもないこと。
この二点は探偵の鬼無とメイドの一之瀬が実際に見に行って、事実だと確かめた。これにより美玲の予知夢の信憑性が高まった。
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