境界の教会/キョウカイ×キョウカイ

宇佐見きゅう

仔ウサギのささやかな反撃

 第二章  開錠 ― Lock Picking ―




 耳朶にこびり付くような開閉音を大舘美玲は絵画の前で聞いた。
 美玲は慌てて自分の目を擦った。扉から目を離したつもりはない。つい一瞬前には全開になっていたはずのそれが、ピッタリと閉まっていた。


「? どうしたの、美玲? さっきから妙に落ち着きがないけど」
「……ううん、何でもない。まだ、大丈夫だよ」


 美玲は、阿誰鳳子の呼びかけに応えて、壁に振り向いた。
 壁には天使と堕天使の戦争を描いたものを中心に、戦いをモチーフにした宗教画が並んでいる。雄々しい天使たちや恐ろしい竜がずらりと並んだ光景は圧巻であった。博識の阿誰が一枚一枚解説してくれるが、美玲には難しくてよく理解できなかった。


 美玲たちは聖インテグラ教会の聖堂ホールにいた。二人は大学で民族史を専攻しており、ここに来たのもフィールドワークの一環だった。テーマは『日本の土着信仰におけるキリスト教の影響』だ、と美玲は曖昧な記憶を探る。


 聖堂と玄関ホールを繋ぐ扉の前に、メイド服の女性が一人佇んでいる。急に背後で閉まった扉に振り向いて、表面をぺたぺたと触っている。
 その背中を睨んでいると思われたのか、阿誰が耳打ちしてきた。


「ちょっと美玲? じろじろ見たら失礼よ。そりゃ珍しい格好しているけど」
「うん、そうだね。ひらひらして動きにくくないのかな」
「そうよね。女性に頑なにズボンをはかせなかったのは、身分社会文明の驕りが引き起こした愚かな停滞だと思うわ。労働者には動きやすい服を着させるべきね」
「……鳳子、それわざとでしょ。相変わらず、冗談が分かりにくいなぁ」


 二人してクスクス啄ばむと、向こうのメイドの女性と目が合った。阿誰は鮮やかに外行きの微笑みを作り、会釈した。美玲もその通りに真似をした。
 こちらの背後で、廊下に出られるドアが開き、着流しの男性が入ってきた。青い目をした初老の男性、ガロッサ・トラボットがこちらに近付いてくる。


「やあ、どうだね、調査の具合は。何か見えてきたかな?」
「はい。芸術を見れば、その地域、その時代の宗教が分かります。芸術と宗教は古来より関わりが深く、そしてその二つは為政者たちに活用されてきました。民の心を扇動するために。芸術と宗教を敬う気持ちは、とても似ていると思います」
「なるほど。だが、過去の人間が何を考えていたのか、現代の我々が知ることは難しい。せいぜい絵画や書物を見て、表面をなぞることしかできない。もどかしいものだ」
「だからこそ探求の甲斐があると思います」


 阿誰はにっこりと返した。いつもはキリッとしている親友が、デレデレしている様はあまり見たくない。ともあれ、有名人らしいタルボットとお近づきになりたいのは阿誰の方で美玲はその限りではない。美玲は二人の会話に混じらずに移動した。


 燭台を眺めている男性の背後を通り、十字架と祭壇の前を過ぎる。ポケットの携帯を確かめた。現在時刻は十四時十七分。アンテナゼロの圏外。そして脇に抱えたショルダーバッグに手を突っ込んで、リモコン大のそれを掴む。


 最前列の席で祈っているシスターと目が合い、美玲はにこりと笑った。
 そして、シスターの位置の真向かいにある告解室の扉が開いて、金髪の神父が出てきた。体格のいい西洋人の男性。顔立ちは整っているが、果たして言葉が通じるのか分からない。普段の美玲なら、恐くて近付かないタイプの人間だ。


 だけどもう遅い。すべてが手遅れなのだ。


 神父は眩しそうに目を細めていて、真横から急接近する美玲に気付いていない。美玲は神父の脇腹にバッグから取り出したそれを、ぐりっと押し付けた。


「……がッ!」


 バチッ、と青い火花が走った。
 美玲は二十秒をゆっくり数えて、スタンガンの電極針を突き刺し続ける。違法改造済みのスタンガンでも、気絶させるには時間が掛かるのだ。


 抵抗した神父が腕を振って、美玲を殴り飛ばした。しかし、神父は高圧電流のダメージのせいで膝を着き、そのまま動けないでいる。


 美玲は痛みを堪えて起き上がり、再度スタンガンを構えて飛びかかった。丁度いい高さに降りてきた神父の首筋に電極針を押し付け、通電リスタート。
 今度は抵抗できずに、神父は床に這い蹲った。芋虫のようにぷるぷる震えている。まだ息があるようなので、倒れたあとも執拗にスタンガンを押し付け続けた。


「……ッッ、……ァ、……が……」


 だいぶ静かになってくれた。思い描いていたような気絶はしてくれなかったが、行動不能に陥らせられたのでこれでよしとする。美玲は転がったショルダーバッグを取りに戻り、中から麻縄を出して神父の拘束に掛かった。手足をまとめて縛ろうとするも、どうも一人では上手く行かない。神父が重すぎるのだ。


 顔を上げたとき、聖堂にいる全員が唖然としながらこちらを見ていることに気付いた。美玲はその中から一番遠くにいるメイドの女性を呼んだ。


「一之瀬さーん、ちょっとこの人をふんじばるの、手伝ってくれない?」


 名指しされたメイドの一之瀬は、肩を跳ねさせる。


「ええっ、あ、あたし? ってゆうか、何であたしの名前知っているのさ」
「流石に人の名前を忘れたりしないよ。それより手伝って」
「へえ? ああ、うん、いいけど」


 一之瀬は有無を言わせぬ口調に流されて寄ってくると、手を貸してくれた。


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