境界の教会/キョウカイ×キョウカイ

宇佐見きゅう

密室/物語の始まり

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 告解室から出てきた金髪の神父と、扉前に佇んでいるメイド服の女性が視線を合わせた瞬間、見えない火花が弾けたのを阿誰あすい鳳子おおとりこは感じ取った。


 隣の大舘おおたち美玲みれいも不穏な気配を感じたのか、こちらの肘を不安そうに掴んできた。その手を上から押さえて、阿誰は安心させようと微笑んだ。


「そろそろ行きましょう。ね?」
「う、うん。そうだね、そうしよう」美玲は強がるように笑い返した。いつもは安心感を与えてくれる柔らかな顔が、すっかり青褪めていた。


 阿誰らが聖インテグラ教会に足を運んだのは、大学のフィールドワークのためだった。学問研究に来て、トラブルに巻き込まれるのはごめんだった。


「タルボット博士。お話の途中で恐縮ですが、私たちはそろそろ失礼させていただきます。今日はお話できて光栄でした」


 阿誰は会話中だった着流しの老人に頭を下げた。和装の物理学者、ガラッサ・タルボットは気さくに笑い、流暢な日本語で返してくる。


「こちらこそ素敵な時間を過ごさせてもらった。若い女性とこのような場所で、まさか私の専門分野の談義ができるとは思わなかったよ。もっとも、神のおわす場所で交わす内容ではなかったかもしれないがね」
「神はいません。それを信じ、真実に変える人間がいるだけです」


 阿誰はもう一度頭を下げ、タルボットの前から立ち去ろうとする。するとこちらの左腕を掴んでいた美玲が引っ張ってきて、阿誰はつんのめる。
 美玲は立ち止まってメイドの方を見ていた。


鳳子ほうこ、何か、おかしいみたいだよ」
「何が?」阿誰は同じ方向を向いた。


 神父と視線で牽制し合っていたメイドの女性が、後ずさりながら、後ろ手に巨大な扉を開けようとしていた。それが上手くいっていないようだ。古めかしい門扉にはドアノブはなく、リングの金具が付いているだけである。外側へ観音開きになる仕様だから、押せば開くはずなのだが、メイドはそれだけのことに手こずっている。


 メイドは不審がり、扉に向き直って、正面から両手で開けようとする。メイドが前傾になって体重を掛けるが、扉はビクとも動かなかった。


「何だか様子がおかしいわね。さっき見た感じでは、閂のようなものは見当たらなかったけど……」阿誰は呟いた。


 背後の神父の視線を気にしながら奮闘するメイドに、焦りが見え始めた。
 奇妙な緊張の最中、座席の中頃で一つの動きが起こる。


 よれたスーツを着た黒帽子が、のっそりと長椅子から立ち上がって、メイドのいる扉の方に近付いていく。長椅子の陰に隠れていたから分かりにくかったが、立ったときの体格から、黒帽子の性別が女性であることを阿誰は見抜いた。
 黒帽子の女は巨大な扉を見上げながら、投げやりに言った。


「自演だろ? 見てて呆れるぜ、ペテン師め」


 無気力に放り出されたその言葉が、自分に向けての質問だと気付いたメイドは、慌てて首を振った。


「ちょっと、マジ違うって。疑うんなら自分で試してみなよ」
「じゃがあしい」


 黒帽子の女は両手をポケットに突っ込んだまま、扉を蹴りつけた。扉の荘厳さや神の見ている前での不埒など、まったく気にしていない動作だった。
 しかし、扉は不埒者の攻撃にもビクともしなかった。木材の鈍い打撃音がしてそれきりだ。黒帽子は自分の足と扉を見比べて、怪訝そうに首を傾げた。


「おいメイド。あんた、ナイフ隠し持っているだろ。それ、突き刺してみろ」扉を見つめながら黒帽子が言った。


 尊大な命令だったが、メイドは即座に従った。エプロンドレスのスカート下からペティナイフのような刃物を取り出して、逆手に持ち直し、躊躇なく刃先を扉に突き立てた。歴史的文化的価値のある建造物への暴力行為に、阿誰は悲鳴を上げそうになった。
 阿誰は、今すぐにでも駆け寄って、彼女らの暴挙を止めねばと駆られたが、こちらの心を読んだかのように美玲が腕を掴んだ。


「あっ、危ないよ、鳳子」
「心配はいらないみたいだ。見たまえ」タルボットが扉を示した。


 メイドが振り下ろしたナイフは、扉に突き刺さることなく、その直前で食い止められていた。偶然や狙う箇所が悪かったのではない証拠に、メイドはその後も四度ナイフでの攻撃を試みたが、そのどれもが上手くいかなかった。


 メイドは一旦攻撃の手を止め、ナイフを手品のようにどこかへ仕舞い、フィギアスケートのスピンのようにその場で回転して、鋭い回し蹴りを扉に放った。
 激しい打撃音が響いたが、結果は同じだった。


 メイドはニ撃目を行わなかった。彼女がゆっくり足を下ろした瞬間、巨大な扉がいきなり光を発したためだった。


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