境界の教会/キョウカイ×キョウカイ

宇佐見きゅう

神父・シスターとの接触

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 右往左往とうろたえるシスターを、鬼無きなししとどは侮蔑の目で眺めていた。 
 恐いならさっさと逃げりゃいいのに、いったいいつまで案山子をやっているつもりだ。うじうじして行動しない奴ほど愚劣な人間はいない。見ていて不愉快だ。


 その女に限った話でなく、鬼無にとって、どの人間も侮蔑の対象だった。


 タルボットという老人も、棚田という胡散臭い中年も、安全地帯で見守っているだけの女どもも、全員気に食わなかった。それは、彼らに欠点があるというわけでなく、単純に鬼無が、他人を信頼できない性分のためであった。


 鬼無しとどは、猜疑心の塊だ。そして私立探偵でもあった。
 身辺調査の依頼を受けて、棚田を追跡していたら、奇妙な事態に巻き込まれた。その時点で鬼無の不機嫌メーターはかなり傾いていた。
 そこへ追い討ちを掛けるように、金髪神父のこの応対だ。


「状況を理解したようだな劣等種。死ぬ覚悟はできたか? 生憎、異教徒の祈りを聞いてやる慈悲は我にはない。今すぐ地獄へ落ちろ」


 鬼無が声を掛けようとしたときに飛んできたのが、この言葉だった。


 胸糞悪さで、ばっちり目が覚めた。協力させるという以前に、神父は完全に主犯者側の人間だったのだ。こうなってくると、責任追及のつもりで話を聞こうと言い出したのが、まったくの阿呆のようだ。とはいえ、話が早いのは嫌いじゃない。
 鬼無は、どう出たものか探りながら、険を強めて言った。


「……おいおい、神父さんよお。勝手に人閉じ込めておいて、地獄に落ちろってのはねえだろ。きっちり説明しろよ。何なんだ、あの扉は」
「聞こえなかったのか、哀れな娘。その答えも地獄へ落ちろ、だ」
「落ちろ、じゃねえよボケ。開け方知ってんだろ。それを早く教えろ」
「鬼無君。そんな喧嘩腰では向こうも素直に答えられないよ」


 タルボットが横から口を挟んできた。


「血気盛んに申し立ててすまない、神の僕よ。どうもただならぬ事態が起きているようだ。我々はそちらの都合に合わせよう。だからせめて、現在何が起きているのか教えてくれないかね?」


 神父は嘆願するタルボットをじっくりと見つめる。
 しばらく無言が続いたが、神父がゆっくり口を開いた。


「――黙れ豚ども。シャラップ、シャラップだ。人間の言葉が分かるか? 家畜のくせに分かるのか。分かるのならさっさとその汚らしい口を永遠に閉ざせ」


 無表情のまま悪意をぶつけてきた。その返答には、冷静を保っていたタルボットも棚田も表情を強張らせた。神父は恨みや怒りで罵詈雑言を口にしているわけでなく、ただ淡々と当然のように言ってくるのだ。その罵倒には感情が篭もっていないため、人形と会話しているような薄気味悪さを感じる。


 否、人形というより狂信者、か。


 鬼無はこの男から話を聞き出すことを諦めた。きっと百回挑戦しても、百回ともすべて同じ返答をしてくるだろう。挑戦するだけ時間の無駄だ。


「こいつじゃ話にならねえ。他に誰かいねえのか?」
「確か、鷲尾という神父がここの司祭だったはずだ。ここへ来たときに一度挨拶をしたのだが……。棚田君、さっき外を回ったとき、彼を見なかったかね?」
「いいえ、見かけませんでしたね」
「あ、あのう……」


 シスターが近付いてきて話しかけてきた。鬼無たちが振り向くと彼女はさっと目を逸らす。


「鷲尾神父は、その、ええと……」


 語を濁したシスターが盗み見たのは、告解室の扉だった。
 ピンと来るものを感じ取った鬼無は、足早に告解室に近付き、木製の扉を開けた。異臭がこぼれ出てきた。鬼無は瞬時に鼻を押さえ、薄暗い内側を覗き込んだ。
 暗闇に目が慣れてきて、そこで、異臭の発生源を見つける。


「マジかよ……」鬼無は思わず呟いていた。


 初老の男性が壁にもたれて木の椅子に座っていた。神父服を着た日本人だ。安らかな顔付きはまるで眠っているよう。首元から滴り落ちる鮮血がなければ、本当に眠っているように見えただろう。
半畳ほどの個室に充満した、据えた臭いが鬼無の鼻を苛立たせる。


 死体の右手には血に塗れたナイフ。返り血は鬼無が開けた扉の内側にまで飛んでいた。ぷしゅぷしゅりと噴き出る血液が、脈動の余韻を見せる。
 近付いてきた棚田も告解室内の死体に気付き、凍りつく。


「……何と。これは、ちょっと、予想外ですね」
 鬼無は告解室を離れ、シスターに詰め寄った。
 肩を震わせて涙ぐんでいる彼女の眼前に、指を突きつけた。


「おい、イカしたクソッ垂れ。いったいどういうことだ。いいか? オレが聞きたいのはたった一つだけだ。こいつはいったいどういうことだ? てめえが知っていること一から百まで洗いざらい吐け」
「……あ、せ、説明します。説明しますのでお許しください……」


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