境界の教会/キョウカイ×キョウカイ

宇佐見きゅう

当教会は、監禁用安全設計です

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 阿誰たちの真後ろに、眼鏡をかけた中年の男性が立っていた。
 足音が一切聞こえなかったので、阿誰は飛び上がった。


「おっと、驚かせてすみません」中年の男は目を細めて謝罪した。「そう、出口ならなかったですよ。さっき廊下を一周しましたけど、窓さえ見当たらなかった」


 男の証言に、タルボットが顎に手を当てた。


「そういえば、私も資料室に行ったとき、途中で窓を見かけなかったな」
「窓がないって……、それは本当ですか」


 阿誰は顔を強張らせた。


「ちなみに、電波も遮断されているから救援も呼べない」


 タルボットは携帯端末を取り出し、こちらに見せた。阿誰と美玲が慌ててそれぞれの携帯を確認すると、アンテナのマークがあるところに圏外が表示されていた。この段階になってやっと、阿誰は、自分たちの置かれている状況の危険性を認識した。


「つまり、初めからこの聖堂は監禁用に設計されているというわけだ」


 タルボットの結論に、ほぼ全員が絶句した。


「ええ、その通りです。ミスター……」男は言いよどんで苦笑する。互いに名乗ってなかったことを思い出したようだ。「失礼。僕は棚田たなだと言います」
「ガロッサ・タルボット。ミスターは結構だ。こちらは阿誰あすい君と大舘おおたち君」
「こんにちは。阿誰です」


 阿誰は小さく頭を下げた。美玲はこちらの背に隠れて、無言で会釈した。


「ええ、こんにちは。そちらのご婦人方も、お名前を窺っても?」
「あたしは一之瀬。よろしく、棚田さん」メイドが気さくに名乗った。
鬼無きなしだ」黒帽子の女は、欠伸をしながら言い捨てる。


 とりあえず六人の自己紹介が済み、発言が棚田に戻った。


「しかし、変なことに巻き込まれてしまいましたねえ。『悪魔を探せ』だなんて、無辜の市民に何をさせるつもりなんでしょうか。恐いなあ」
「……チッ、言うことがいちいち胡散くせえんだよ、おっさん」


 黒帽子の鬼無は毒づいて、長椅子にどっかりともたれかかった。


「つーか、それを議論すんのなら、あそこの二人も呼ぶべきだろ」


 姿勢の悪い座り方のまま、鬼無は顎で前をしゃくった。二人とは、仁王立ちする神父と、チラチラとこちらを気にしているシスターのことだ。
 確かに、あの神父は有益な情報を持っていそうだ。ただし神父の威圧的な視線からは明らかに敵意を感じる。あの神父に関わってはいけないと思ったから、阿誰は意図的に神父のことを話題に上げてこなかったのである。


 その意味では、鬼無の提案は阿誰の意に沿わないものだった。美玲とメイドの一之瀬も顔をしかめて、いい反応をしなかった。
 それに反して、タルボットと棚田は賛成した。


「もっともな意見だ。教会の者なら何かを知っているだろう」
「それに、同じ密室に閉じ込められた運命共同体ということなら、彼らとも助け合わないとですねえ。優しいじゃないですか、『探偵』さん」
「……チッ、やっぱオレの尾行に気付いてたんかよ。いけすかねえ野郎だな」


 鬼無は悪態をついてから立ち上がった。阿誰は彼らを止めようと思ったが、説得の言葉が思いつかない。明確な理由があるわけでもないのだ。
 そして賛成派の三人は、神父とシスターの方に向かっていった。


 残った阿誰たちは不安な顔を見合わせ、改めて挨拶した。


「阿誰鳳子と言います。こっちは大舘美玲。二人とも大学生です」
「鳳子ちゃんに、美玲ちゃんね。あたしは一之瀬瞳よ。よろしくね」


 メイドの一之瀬は、軽く笑った。


「まあ、さっきはごめんね、美玲ちゃん。状況が状況なもんだから、ちょっと気が立っちゃって」


 謝られた美玲の方は、何のことかという風にきょとんとした。自分の行動に無自覚な彼女は、過ぎたことは忘れる性格だ。


「謝ることはないですよ、一之瀬さん。さっきのは美玲が悪いですから」
「え、何のこと?」美玲が不思議そうに首を傾げた。


 鈍感極まりない友人を無視して、阿誰は会話を進めた。


「一之瀬さんは、今日はどうしてこちらへ?」
「ええまあ、ちょっと仕事で」
「お仕事ですか? 教会に?」


 メイドとカトリック教会がどう関係するのか想像も付かなかった。さらに踏み込んだ質問をしていいものか、逡巡する阿誰の気も知らずに、美玲が突っ込んでいった。


「ねえ、一之瀬さんって本物のメイドさんなんですか?」


 またこの子は聞きにくいことを、と友人の無邪気な好奇心に阿誰は慄いた。一之瀬の表情を窺うと、メイドは苦笑を浮かべていた。


「あはははっ。その『本物』ってのがどういうものを想像しているか知らないけれど、主人に仕えているという意味なら、ノーだよ。メイド喫茶で給仕もやってないし、一流ホテルでハウスキーパーもやっていないし、家政婦も乳母もやったことないわ。この格好は恥ずかしながら、あたしの個人的な趣味」
「趣味ですか。でも、今日は仕事だって……」
「そこはね、個人業だから、服装を咎められることはないの。まあ個人業っていっても、家業を継いだだけなんだけどね」
「へえ。じゃあ、メイドさんの本当のお仕事って?」美玲が訊ねた。


 一之瀬は若干躊躇いを見せてから、さっぱりと答えた。


「霊媒師。いや、あたしのは除霊師って言った方が正確かな。いわゆる『ゴーストバスターズ』とか『エクソシスト』。映画、観たことある?」
「一応は。ええと、それってつまり……」


 聞いておきながら、あまり続きを聞きたくないと阿誰は思った。
 一之瀬は少し恥ずかしそうに言った。


「実はね、ここの悪魔退治の依頼を受けて来たのよ、あたし」
「すっごーい!」


 美玲が目を輝かせて無邪気にはしゃいだ。相変わらず琴線に触れるポイントが読めない子だ。美玲の素直な感性が、今ばかりは羨ましかった。
 ますます混沌化してきた状況に、阿誰は嘆息した。


「……っと。阿誰ちゃん、あっちの方、ちょーっとヤバイ空気になってるよ」


 一之瀬の言葉で振り返ると、タルボットら三名と神父とが睨み合っていた。両者の間でシスターが息苦しそうに立っていた。


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