タイムカプセル・パラドックス

宇佐見きゅう

第九十四幕《共感》

 第九十四幕《共感》                 八月九日 八時三分


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「おはよう、キナちゃん。起きているかい? 朝食、ドアの前に置いておくよ。ちゃんと食べるんだよ。仕事に行ってくるから、留守番よろしく。予報じゃ晴れになってたけど、夕立が来たらベランダの洗濯物取り込んでおいてね」


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「あと昨日のおかずの残りが冷蔵庫のタッパーに入ってるから、お昼に食べて。それと少しは運動しなね。運動をしていないと抵抗力が低くなっていって、体調を崩しやすくなるんだから。寝たきりになっちゃ駄目だよ。とりあえず、今日伝えることはこのくらいかな」


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「……これは、保護者としてあまり言うべきことじゃないんだろうけど、引き篭もりたいのなら好きなだけ引き篭もっていていいよ。心が弱ったときや悩みを抱えたとき、自分の殻に閉じ篭ることは、誰にも許された権利だと思う。当人の心を無視して、無理やり引きずり出すのはしちゃいけないことだ。今回の場合、僕が原因だろうしね」


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「……そうだな。少し、僕の話をさせてくれ」


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「僕には、君が何に傷ついて、何に思い悩んでいるのか分からない。僕が傷つけたと予想することはできるけど、どう悪かったのかと具体的に想像することはできない。できるのは向き合う『振り』くらいで、そこから理解したり、共感したりすることは僕には不可能だ。嘘をつけって思うだろ? でも本当なんだ。僕には他人の痛みが、よく分からない。そういう冷たい人間なんだ――そして、それが人間の正体だと思っている」


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「これは言い訳なんだろうな。僕には君の痛みが分からない。だから、君を慰めることはできません。ごめんなさいって。だからと言って、反省したりもしないけどね」


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「朝から変な話をしてすまない。何が言いたいかっていうと、それでも僕は、君と顔を合わせて話がしたいんだ。君の思っていることは分からなくて、だけどできることなら知りたいと願っているから。……まあ、今は気が済むまではそうしているといい」


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「っと、長話が過ぎたか。じゃ、行ってきます」



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