タイムカプセル・パラドックス

宇佐見きゅう

第九十二幕《意思》

 第九十二幕《意志》


「……うーん、でもさあ。実際のところ、どうなの?」


「何がだい? 実際のところって」


「うん。話は戻るんだけど、お母さんの捜索への期待というか、希望はまだ持っているのか、というか。それだけ振り回されてても、まだお母さんのことを本気で探したいと思えているのかな、って。だって普通ならどこかで嫌になっちゃうでしょ?」


「今の僕が惰性で彼女を探しているんじゃないかって?」


「そんなこと言ってるわけじゃないけど。……でも、今のお父さんを動かしているのが何かってのは純粋に気になるんだ。愛情だとしても、お母さんが消息を絶ってからもう十六年経っているんだよ? 人を忘れるには十分な長さだと思う」


「…………」


「……私もさ、『お母さん』だなんて呼んでいるけど、写真でしか知らない相手だから正直なところ、実感はないんだよね。『お母さん』っていう名前の赤の他人を呼んでいる気分」


「……まあ、だろうね。物心付く前に捨てられたんだったら」


「だから、もし私のことを気にして、お母さんのことをまだ大事にしているんだったら、やめて欲しい。お父さんがそうする必要はないんだよ。探すのを諦めてしまってもいい。新しい恋を始めてもいい。お母さんのことを忘れてしまっても構わない。そんなことより、お父さんが過去に縛られて幸せになれないままの方が、私は嫌だ」


「惰性じゃないよ」


「……え?」


「僕の、この気持ちは惰性なんかじゃない。彼女のことを忘れたことはない。僕は己の意思で今の仕事を続けているし、彼女を見つけ出したいと強く願っている。この気持ちは最初に抱いたときから、麻痺していない」


「で、でもそれって……」


「キナちゃんがそういう顔をするのも分かるよ。うん、これは依存と呼ばれるものなのかもしれない。単なる未練なのかもしれない。自分でも自分がおかしいことをしているのは分かっているんだ。じゃあ何で続けているのか聞かれたら、そうしたいからとしか言えないな。そうすると、自分の意思で決めたから。だから、たとえ一生見つからなかったとしても、僕は彼女の残像をずっと追い続けるんだと思う」


「お父さんが一生を賭けて探し出すだけの価値、『お母さん』にはないよ」


「価値も意義も求めてないよ。既にこれが、僕の生き甲斐だ」


「……あっそう。今日ほど、お父さんが理解できないと思ったことはない」


「ありがとう。それは、嬉しいね」



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