タイムカプセル・パラドックス

宇佐見きゅう

第九十一幕《帰宅》

 第九十一幕《帰宅》




「――っていうやり取りが警察に保護された女性との間にあったと思うのだけど、実際のところどうでしたかお父さん。哀れな自殺未遂者の魂は救えた?」


「君はいったい何の話をしているんだい? 期待させてしまったところ申し訳ないけれど、隣県の山奥で保護された女性は彼女と同姓同名の別人で、近くの老人ホームから抜け出してきたアルツハイマーの老女だったよ。服に名札が付いていてね、それでこちらに連絡が来たんだ。連絡を受けたときに、年齢を確認していなかったのがミスだったな。そういうわけで保護された老女をガラス越しに確認しただけで、直接会ってない」


「え? マジで。何それー、つまんなーいのー。せっかくお留守番している間に妄想豊かに膨らませていたのに、まるきり大外れかよ。ちぇー」


「いやはや。しかし、キナちゃんの妄想を聞いていたら、それが本当にあった出来事のように思えてきたよ。僕の頭の中には、自殺未遂の女性の顔がありありと浮かんでいる。一つだけその妄想に大人気ないツッコミを入れるとしたら、別に僕、医者を目指したことなんか一度もないからね? 何その本人も知らない過去設定」


「結局、空振りだったってことだね。私、割と本気目にお母さんが発見されたのかと思って、一日中ドキマギしていたよ。え、まさか、こんなあっさり?って」


「年に一度はああいう誤報が届くんだ。本人かもしれないから念のため、毎回、現場まで足を運ぶんだけどね。身元不明の死体を確認しに行くときが一番心臓に悪いよ。キナちゃんの言ったような記憶喪失の人と会ったこともある。空振りしてばっかだから、期待とか失望とかの感覚もとっくに麻痺しちゃったよ」


「そうなんだ。それは、ちょっと嫌だね。感情が麻痺するなんて」


「傷付きまくるよりはマシだって、自分を納得させてる」


「そして喜ぶこともできなくなって感情が化石化していき、現在の鉄面皮に落ち着いたというわけか。落ち着いたというか、落ちるところまで落ちたというか」


「僕の感情がすでに絶滅しているみたいに言わないでくれ。大人になれば嫌でも落ち着くことになるんだよ。無駄にキャハキャハ笑っている女子高生とは違うんだ」


「JKへのディスひどっ! 笑顔には牽制の意味もあるんだって。笑顔は武器なのだ」


「その点は否定しないけど、それを考慮してもキナちゃんって年齢の割りに落ち着きがないように見えるよ。感情多寡って言うべきかな。君には躁の気がある」


「『ソウ』? 漢字が思い浮かばないな。一般用語じゃないよね」


「気にしないでいいよ。僕の勝手な感想だから」


「そういうお父さんには欝の気があるように見えるのですが、どうでしょう」


「何だよ。ちゃんと意味が分かっているじゃないか」



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