タイムカプセル・パラドックス

宇佐見きゅう

第九十幕《問答》

 第九十幕《問答》


「……あなたは、どちら様ですか? 警察の方とは雰囲気が違うようですけど」


「僕は、善良な一般市民の協力者ってとこです。怪しい者ではありませんので、ご安心ください。ええと、それでいくつか質問してもよろしいでしょうか? すでに何度も警察に聞かれているとは思いますが、あなたの名前を教えてください」


「私は……、分かりません。自分の名前を覚えていないんです。私は、誰なんですか?」


「記憶喪失、ですか。ええ、あなたが誰なのかを知るために現在、警察の方で調べて回っています。もちろん、僕もそのためにここへ来ました」 


「……あの、あなたは私のことを知っているんですか?」


「さあ。今の段階では判断しかねます。外見的には僕のよく知っている女性に似ていますが、その人があなただと決め付けるには違和感が多い。質問の続きです。何でもいいので覚えていることはありませんか? 何日前までのことを思い出せますか?」


「覚えていること……。上手く、思い出せません。三、四日前のことを思い出そうとすると、頭にもやが掛かって、何も見えなくなるんです。覚えているのは、ずっと山の中を歩いていたことと、あそこに戻らなきゃと考えていたこと、です」


「あそこ? あそことはどこですか? 近くの場所ですか?」


「いいえ、遠くて……暗いところ。私はそこで、人と会う約束をしていた気がします」


「今からでもそこに行きたいと思いますか?」


「相手を裏切ってはいけないので、私はそこに行かなければいけないと思います」


「……なるほど。どうやら記憶以外の脳機能に支障は出ていないようですね。体力の回復も順調のようですし、この調子ならばすぐに社会復帰できることでしょう」


「はあ……。だといいのですけど。何だかお医者さんみたいなことを言うのね」


「昔に医者を目指していた時期があったので。なので、何となく分かってしまうんですよね。自殺に失敗した人特有の雰囲気ってのが」


「え……? 自殺とおっしゃいました?」


「行かなければいけない暗い場所とは、自殺志願者が口にするあの世の隠喩。会う約束した人というのは故人のことか、あるいは集団自殺するはずだった相手。だけどあなたは何らかの理由で自殺に失敗し、軽度の記憶障害を負った。その記憶喪失は心の防衛機能が働いた結果かもしれません。自殺に至ったまでの記憶なんて覚えてたくはありませんからね」


「……じ、さつ? わたしが?」


「でも、これではっきりとしました。僕の知っている彼女は、自殺のような真似は絶対にしません。あなたは彼女ではない。残念ですが、これ以上あなたの正体を知る助けにはなれないようです。どうか一度は救えたその命、大事にしてください」



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