タイムカプセル・パラドックス

宇佐見きゅう

第七十一幕《浪漫》

 第七十一幕《浪漫》              六月十八日 九時四十五分




「――といういざこざがあって、私のご機嫌取りのために、お父さんは私を植物園に連れていってくれたのでした。めでたしめでたし」


「妙に説明的な独り言はスルーするとして、本当に植物園でいいのか? 花があるだけだぞ。遊園地とかショッピングとかの方が、楽しめると思うんだが」


「チッチッチ。楽しいとこに行けば仲直りできるとは、浅はかだね。喧嘩の仲直りに、一面のバラを見に行く。ほうら、ロマンティックでしょう。遊園地とかショッピングじゃ、また喧嘩の種を産むだけだよ。人気のない落ち着いたところに行って、静かに二人の愛を見つめ直すんです。それが、ベストなんですよ」


「カップルの場合はね。まあ、キナちゃんがいいのなら、いいんだけど」


「それに、お父さんとお母さんがデートで行って、告白した植物園なんでしょ? 行きたいと思うに決まってるじゃん。ねえねえ、質問していい?」


「好きにすれば?」


「どっちから告白したの? 告白の台詞は?」


「さあ、どっちから告白したんだっけな。何となく僕からだった気がするけど、デートに誘ってきたのは彼女の方だったし」


「へーえ、付き合う前から両想いだったんだぁ……。っで、告白の台詞は?」


「うーん……、忘れた。ちっとも思い出せない。もう十五年以上前のことだから」


「ええー、残念。そこが一番楽しみだったのに」


「悪いね。でも大した言葉じゃなかったと思うよ。あなたが好きだ、とか、あなたと付き合いたいとか、単純な言葉だった気がする。だから忘れちゃったんじゃないかな」


「『百輪のバラより、君の方が美しい』とか言わなかったの? 『君は真っ赤なバラだ。僕の隣でずっと咲き誇っていてくれ』……キャー! ロマンティック!」


「普通の高校生が口にするにはハードルの高い台詞だね。言った後で、恥ずかしさのあまり、自殺を図りかねない破壊力だ」


「まー、リアルでそんな告白されたらどん引きだなー。百年の恋も冷めるよ」


「女子からしてもそうなんだ。どん引きしちゃうんだ」


「ロマンはロマン。リアルはリアルだよ。女子だって夢と現実の線引きはする」


「そんなものか。……キナちゃんは、どんな風に言われたい?」


「ん? んんー。『君さえいれば、他には何もいらない』、かなあ?」


「…………」


「ん? どったの変な顔して。腹痛?」


「いや……。ちょっと、十五年以上前のことを思い出しちゃっただけ」



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