タイムカプセル・パラドックス

宇佐見きゅう

第六十四幕《偽善》

 第六十四幕《偽善》




「……んもう、しつこいな。そんなに私の話が聞きたいの?」


「すごく聞いてほしそうにしていたからね。ほら? 話してごらん」


「ううむ、見透かされているにゃあ……。……んーと、うちに、ボランティア部ってのがあってさ、その部員が赤い羽根募金のために校門前に立ってたんだよ。で、そのことでクラスメイトと口論になっちゃって……」


「口論? 募金活動が原因で?」


「詳しくは話したくないから話さないけど、要約すると、ボランティアって自己満足だよねって言ったクラスメイトの女子に、私が噛み付いた。そんな感じ」


「……ははあ。それはまた」


「何それ? それはまた、って」


「単なる感嘆符。それで、偽善や道徳が引っかかっているわけか」


「まー、そんなとこー。条件反射で噛み付いたけど、でもそれって、自分でも少しそう思ったからなんだよね。同属嫌悪だったんだ。んで、苛立たしいことにその女子が、『良い子ちゃんたちを庇って、ポイント稼ぎ?』なんて言ってきやがって。いやあ、そんときは頭に血が昇ってやばかったわ。うっかりリアル噛み付きそうになったわ。周りのクラスメイトに羽交い絞めにされて、寸前で思い留まったけど」


「うん、まったく思い留まれていないね、それ」


「だってムカついたんだもーん。あたし激おこ!」


「まあまあ……。結局、その喧嘩収拾付いたの? かなり白熱したみたいだけど」


「んーん。付くわけないじゃん。もう完全にこじれて、ブルドックチンパンジーの仲よ」


「ちょっと微笑ましい仲だと思ってしまった。犬猿の仲、ね」


「そういうわけでキナちゃんはずううっと、もやもやしていたのでした。何が善で、何が偽善かなんて、どう考えたって結論は出ないけどねー」


「君がどう考えようが、ボランティア部の人たちには関係ないよ」


「そりゃそうだけど……。お父さん、冷たくない? 他人事だと思って」


「他人事だからね。少なくとも、彼らのために怒っているだなんて思い始めたら、その喧嘩は本当に終わらなくなるよ。それに、善と偽善を区別する必要もないと思うけどね」


「その心は?」


「行動していることには変わりがないから。大切なのは心情じゃなくて行動だよ。キナちゃんも他人に何と言われようが、毅然と胸を張っていればいいのさ」


「ほほう。つまり、私は悪くない。奴が全面的に悪い! ってことですね」


「いや、だから……。喧嘩は止めなさいって。本当に」



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