タイムカプセル・パラドックス

宇佐見きゅう

第四幕《敗北》

 第四幕《敗北》              




娘「そうそう。そうやって最初から素直に私を自宅に案内すればよかったんだよ。手間を掛けさせちゃってくれて、まったくもう」


「いや、いつまでも深夜の高校のグラウンドをうろうろしていたら、警察に通報されると思ったから移動したまでだよ。別に、君の父親だと認めたわけじゃない」


娘「でも自宅に向かっているんでしょ? ねえねえ、どんなとこに住んでいるの? ボロアパート? 家賃三万程度で、ワンルームで、片付けもできてない、燃えるゴミの袋と生乾きの洗濯物と丸められたティッシュが転がっているような独身男性のお城? 生ゴミと酸っぱい汗と、栗の花の臭いがミックスされて、毎朝最悪の気分で目覚めるのね! だって独身男性の一人暮らしですものね!」


「よくも見てもいない部屋をそこまでボロクソに言えるね……。残念だけど、まあ、ちっとも残念じゃないんだけど、ちゃんと健康的に人が住める部屋になっているよ。しかもアパートじゃなくてマンション。3LDKだ」


娘「え? トゥリーリビングス、エーンド、ダイニン、エーンド、キッティン?」


「何で発音よく言ったのか分からないけど、多分それで合っている」


娘「3LDKパパン様……!」


「心の方はそんなに広くないけどね」


娘「驚いた……。お父さんって甲斐性があったんだ。どうやって老人を騙したの?」


「騙すか! 最初に詐欺を疑うんじゃない。君は自分の父親を何だと思っているんだ」


娘「それじゃあ、お父さんは正当な仕事の報酬で、それだけ稼いだの?」


「健全に勤め続けて、貯金していれば、普通だよ」


娘「エリートサラリーマンだったのね……」


「エリートかどうかは知らないけど、ま、元はね」


娘「ふうん? 今は?」


「今は無職」


娘「どうして?」


「人員整理のためのリストラクチャリング」


娘「クビになったのね?」


「つい、一週間前に。十年間勤めてきたけど、辞めるときはあっという間だ」


娘「クビになったのね」


「どうして二回言った?」


娘「でもさ、お父さんが若いって、素敵なことだよね。友達に自慢できちゃう!」


「分かりやすく話をすり替えて誤魔化してきたぞ、こいつ!」



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