同僚マネージャーとヒミツの恋、担当アイドルにバレてはいけない……

新月蕾

第22話 次の展開

「黄色い太陽あなたに煌めく! リクでーす!」
「青い風が心を奪う。シュンです」
「緑の木陰に癒やされて! エイジです」
「3人合わせてー」
「トライアングルアルファ!!!」

 バラエティーの3人の出番はそのお決まりのあいさつから始まった。

 司会の芸能人がうまいこと回してくれて、3人が次々に『春空の色』のセールスポイントを喋っていく。
 そしてシュンくんにはもちろん、ドラマの話。

「もう明後日ということですが、緊張されます?」
「明後日放映分の撮影は終わっているのでそこまで……。あ、でも『telepathy rhythm』がどう流れるかは楽しみにしています」
「『刑事藤野の初恋』! 月曜9時からご覧のチャンネルで! お願いしまーす! それじゃあ、そろそろ歌ってもらいますか!」

 カンペに目を配りながら司会者がよどみなくトークを回す。
 3人は定位置に着く。

 今日歌うのは『春空の色』の方だ。
『telepathy rhythm』はドラマでお楽しみください、と締める予定なのだ。

 最初に出会ったとき以来の『春空の色』。
 卒業シーズンの歌。少し、旬を過ぎた歌。
 3人はなんだか、とても楽しそうだった。

 大勢のスタッフさんの後ろで、私達はそれを見守る。

 ちらりと隣の深海さんを見る。
 深海さんは相変わらず「そこの振り付けはもうちょっと……ああ、音が……」などとぶつぶつ呟いていた。



 生放送は特に大きな問題も無く終わった。

「うあー疲れたー!」

 リクくんが控え室の畳に転がる。

「衣装!」

 深海さんから即座にお叱りの声が飛ぶ。

「はあい……ぐあー生放送はやっぱ緊張するなあ……」
「リクくんこないだの音楽番組でも緊張してたね」
「俺? 俺いつもしてるよ、ライブとかでも緊張~全部緊張~」

 リクくんは服を脱ぎながら答えた。
 私は、そろそろ、慣れてきたようで、反射的に目をそらすこともなかった。
 リクくんが脱いだ衣装を受け取り、畳む。

「緊張するよ、うん」

 リクくんは噛み締めるようにそう言った。

「よし、着替えたら帰るぞー。今日はもう直帰な。明日は休み。しっかり休めよ。特にシュン! 明日逃すともう休みほぼないからな! 寝ろ! 休め! 動くな! 飯は出前取れ!」
「はい」

 シュンくんはうなずいた。

 3人が着替え終わり、帰りの準備をする。

「今日も司会の方にあいさつとかしないんですね」
「生放送の一部分なので仕方ないんです」

 トライアングルアルファの出番の前後も番組は続いている。あいさつする暇はなかった。



 車に乗り込むと、リクくんがだらりと手を挙げた。

「フカミン、月曜からのスケジュール~」
「はいはい。高山さん、読み上げお願いします」
「はい! ええと……」

 月曜日:午前中ダンスレッスン。夜はシュンくんのドラマ放送。
 火曜日:午後からボイストレーニング。
 水曜日:シュンくん野外でドラマ撮影。
 木曜日:シュンくんスタジオでドラマ撮影。リクくんCM打ち合わせ。
 金曜日:エイジくん、スポーツバラエティー撮影。
 土曜日:ミニイベントのリハーサル。
 日曜日:ショッピングモールでミニイベント。

「……盛りだくさんです!」

 何もない日がない! 今週の週休二日は温情だったようだ……。

「それと今日の深夜、こないだの音楽番組あるけど、遅くまで起きているなよ。特にシュンな」
「うん」

 シュンくんは頷いて、目を閉じた。一眠りするようだ。

「木曜はフカミンと由香ちゃんバラバラ?」
「そうなるな。そのためのマネージャー複数人体制だ」
「どっちがどっち?」
「CM打ち合わせは高山さんが初めて行く場所で、シュンの撮影はいつものテレビ局なので、高山さんにシュンに付き添ってもらおうと思っている。いいですか?」
「はい! お任せください!」

 私は胸を張った。

「ふぁあ~」

 リクくんが思いっきり欠伸をした。
 連日の疲れが出たのか、気付けば3人とも互いに体を預けて眠りについてしまった。

「こうして見るとなんだか幼く見えますねえ」

 信号待ち、振り返ってしみじみと後部座席を見る。
 そんな私の頬に何かが触れた。

「!?」

 声を押し殺して、瀬川さんをにらみつけると彼は涼しい顔で青に変わった信号を見つめ車を発進させた。

「……瀬川さん!」

 小声で怒鳴りつけると、手が私の太ももに乗っかった。

「せーがーわーさーん!」
「大声出したら起きちゃいますよ、3人が」
「起きちゃいますよ、じゃなくて……もー!」

 顔が真っ赤になる私に対して瀬川さんはそれはそれは嬉しそうにしていた。
 からかわれている。反撃したいが運転中の人にちょっかいなどかけられない。ずるい。

 そんな会話をしていると、トライアングルアルファのマンションにはすぐに着いた。

「はい起きて起きてー、いいか、今寝たからって油断せずちゃんと休めよ!」
「は~い」
「はい」
「はい!」

 深海さんは何度も念を押した。

「……深海さん、過保護」

 私はちょっと笑った。

「……そうでしょうか……」
「私にも、前、過保護でしたよね。ほら、居酒屋に送ってくれたとき、まさかいるとは思いませんでしたよ」
「あー……」

 あれはトライアングルアルファが音楽番組の撮影をしに行った日の帰りのことだ。
 常連仲間のお姉さんに報告に行った私を、深海さんは待ち続けていた。忠犬ハチ公のごとく。

「思えばあの日って翌日、早い日だったじゃないですか。深海さんこそ休むべきだったのに……よくないと思います。ああいうの」
「……由香さんが心配だったから……」
「それはありがたいですけど……心配かけまくってる気がしますけど……」

 事務所に着く。車を停車する。

「あ、モラル藤原さんから連絡入っています。僕、原稿取りに行きますね。由香さんは先にデスクに戻っておいてください」
「あ……モラル藤原さんに会いに行っても良いですか?」
「……藤原さんに、何か?」

 ……深海さんの目に嫉妬の色が宿った気がするのは気のせいだろうか?

「ええと、飲み屋のあのお姉さんモラル藤原さんのファンなんですよ。私が動画配信思い付いたのも、お姉さんがモラル藤原さんの動画見ているって話を聞いたからで……」
「あ、そうだったんですか」

 深海さんはすぐに笑顔になった。

「それはモラル藤原さん、喜びますよ」
「そ、そうですね……」

 私は深海さんの変わりようにちょっと苦笑いをしながら、いっしょにエレベーターに乗り込んだ。

 食堂に着けば、待ち構えていたモラル藤原さんが大きく手を振って迎え入れてくれた。

「おお、瀬川くん! いやあ、君も無茶言うな! 半日で原稿上げろって! どんな極道入稿だ!」
「すみません……って今日出せるよ! って言ってくれたのモラル藤原さんじゃないですか!」
「うん、ツッコミが弱い!」
「あはは……」
「とりあえず、3人にあて書きしてみた。と言ってもそこまで交流ないからなあ……とりあえず今度飲みにでも……あ、まだ、未成年か」
「はい。でも、企画が通ったら是非お食事会でも」
「うん、そうしよう。高山さんもお疲れ様。君の発案だって?」
「い、いえ、発案なんて大した物じゃ……あ、えっとモラル藤原さんのおかげみたいな所もあって……」
「そうなの?」
「はい、実は……」

 私は飲み屋のお姉さんの話を掻い摘まんでする。
 主に彼氏さんのところをカットした。

「うわ、嬉しいなあ、そんなファンがいるなんて……今度、サイン渡したいから、名前聞いておいてよ」
「あ、はい。ありがとうございます」

 お姉さんの名前、実は知らない。
 お姉さんもこないだの深海さんとの電話で私の下の名前を知っただろう。
 飲み屋の常連なんてそういう関係だ。でも、そろそろお名前を聞いても良い頃合いなのかもしれない。

「ま、ガンバレよ。社長はやりたいって言ったことには優しいが……それがマイナスをはらむ危険性があれば即座にノーを出せる人だ。俺が動画配信したいって言ったときは何度も原稿書き直しした!」
「はい……がんばります」

 深海さんが凜々しい顔でそう言った。かっこいいな、なんて思ってしまう。

「提案してくれた高山さんのためにも、これから羽ばたくトライアングルアルファのためにも、原稿を仕上げてくれたモラル藤原さんのためにも、なんとしてもこの企画通して見せます」
「その意気だ! ガンバレ!」

 モラル藤原さんに見送られ、私達は食堂を出た。

 デスクに戻る。
 深海さんがモラル藤原の原稿と企画書を確認し、3部、印刷する。

「……よし!」

 深海さんは小さく気合を入れた。

「社長! 今、よろしいでしょうか!」
「いいよ~」

 社長室に迎え入れられる。
 三角社長自ら社長室にあるコーヒーセットでコーヒーを煎れてくれた。

「何何? なんか企画?」
「はい、まずはこれをご覧ください」
「ふむふむ……『トライアングルアルファによる動画配信サイトを使った活動の企画書』……なるほどね」

 企画書のタイトルを読み上げ、三角社長は顎をこする。

「動画配信。それ自体は便利なものだ。我が事務所でもそっちでがんばってる芸能人はいる。ただ、問題も多い。クリアすべき倫理感……面白さの担保……クオリティー……そういうある程度テレビ番組側に押しつてしまえていたものを、事務所単体で成立させる必要がある。まあ、がっつり製作会社と組んで、という手もなくはないが、今のトライアングルアルファにそんな予算は組めない。ということは新人の高山くんはともかく、瀬川くんは分かっているね?」
「はい。それでも、3人が3人で活躍できる場面を増やすには、これが一番だと判断しました」
「うん、その意気は分かる……で、どうする?」
「こちらに原稿があります。モラル藤原さんが仕上げてくれたものです」
「ふむ」

 モラル藤原さんの原稿、私もまだチェックし切れていない。
 それを三角社長はめくった。

「あっはっはっは!」

 すぐに、爆笑した。

「いやあ、やっぱ藤原くんは面白いなあ! 彼、地方の小劇場にいるのを拾ってきたんだよねえ、あれはもう何十年前……ってそれはいいや。うーん、でもこれ完全にコントの台本だよね?」
「そうですね……あて書きとはいえ、コントです」

 そうなのか。

「コントかあ……リクは行けるな」
「はい。子役時代のノウハウでいけます」
「後の二人がなあ……シュンは演技めきめき上がっているけどコントは……うん、撮影中にコントはまだ早いな。演技が混ざる。道城くんに怒られる」

 道城プロデューサー。確か三角社長より年下だったようだが、それでも怒られたりするのか。

「道城くん、本気で怒ると本当に怖いから……絵里子の次に怖い……」

 三角社長は遠い目をした。昔、何かやらかしたのかもしれない。
 三角アイドル事務所の俳優の多さを考えれば他の現場で一緒になっていてもおかしくはない。

「で、エイジ……あいつに演技はたぶん無理……と。まあ、あて書きだから一番らしくなってるけどね。モラル藤原くん、よく見てるなあトライアングルアルファ」
「僕が色々話してましたからね……」
「あ、瀬川くんの新人の時ってモラル藤原くんだっけ、担当」
「はい。お世話になりました」
「そっかそっか……うん、この原稿は……うーん微妙!」

 三角社長はきっぱり言い切った。

「ただし熟考の余地あり! オーケー! この企画動かす方向で行こう! トライアングルアルファにも伝えていいよ! しかしよく思い付いてくれた! 瀬川くん!」
「あ、いや、企画書をすべて見ていただければ分かりますが、発案は高山さんです」
「お、そうなのか」

 三角社長は、今までで一番穏やかな笑顔を浮かべた。

「高山くんも『らしく』なってきたね……ああ、そうだ、そういえばまだ高山くんにプレゼントをしていなかったなあ。うちは入社祝いでプレゼントをするのが慣例なんだ……ほしいものとか、ある?」
「う、うーん」

 突然のことに私は悩む。
 ほしいものは色々ある。夏服とかコスメとかアクセとかいろいろ。でも入社祝いで、と言われるとピンと来ない。

「予算は100万くらいね」
「ひゃっ……」

 素直にビビる。
 しかし半分仕事用とはいえ、深海さんには車を買ってくれたという三角社長のことだ。100万はあながち嘘でもないだろう。
 というかあの車普通に100万越えてる気がする。プレゼントとして100万、残りは経費なのだろうか……?
 車は仕事に使うものだ。そう考えると私も仕事に使うものがいいだろう。
 一瞬、赤井アルファさんのピンヒールが頭に浮かんだけど、あんなものは私には履きこなせない。

「えっと……じゃあ、あの、時計で……あ、なんか仕事中に使えるシンプルな奴で」

 今付けている奴は前の会社の就活の時から付けているシンプルかつお安めのものだ。
 そろそろボロボロになりつつある。

「時計か。いいね。好きな色とか嫌いな色とかある? ない、そう。じゃあ絵里子にいっしょに選んでもらうか。オーケー」

 三角社長はうなずいた。

「これからもトライアングルアルファをよろしく。解散!」
「ありがとうございました」
「あ、ありがとうございました!」

 私と深海さんは社長室を辞した。

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