同僚マネージャーとヒミツの恋、担当アイドルにバレてはいけない……
第11話 契約、就職
『あの容器ディスペンサーって言うんだ。知らんかった』
『鉢山さんからメッセージあるとか聞いてない! 録画してないよ……』
『カリヤンまた伝説を打ち立てたな』
『カリヤンは一周回って天才だから……』
『アイドルの子、頭良いんだね~』
『母屋岸見マジ母屋岸見』
クイズ番組の評判はなかなかに良かった。
シュンくんはどうやらクイズ番組に適性があったらしい。優等生的活躍をしていた。
そしてクイズ番組を見るのに集中していた刑事ドラマファンが『刑事藤野の初恋』のアカウント炎上に気づき始めた。
『アイドルファン陰湿~』
『普通に考えたらスタッフでしょ。怖っ』
『道城プロデューサーの笑顔好き』
『分かる』
『謎の女ってなんかミステリーぽいね』
『というかドラマのあらすじまんまじゃん? ウケる』
刑事ドラマファンの間では謎の女……私の存在はあんまり取り沙汰されてなかった。
よかった……普段交流している人たちにまで叩かれたりしたら、もうSNSアカウント消すかもだった。
そしてバラエティー開始直後、トライアングルアルファのSNSアカウントには以下の文が投稿されていた。
『トライアングルアルファチームの新マネージャーが決まりました! 今後はSNSアカウントの投稿なども担当していくかも! 自分共々よろしくお願いします! (マネージャーS)』
マネージャーS。瀬川さんのことだろう。
同時に三角アイドル事務所のSNSアカウントにも投稿があった。
『昨晩はトライアングルアルファの3人とマネージャーSくん、そして新人マネージャーのTくんと我が家で焼き肉をいただきました。妻に感謝(三角)』
庭で乾かされている網の写真が添付されている。
三角アイドル事務所のSNSアカウントは基本的に三角社長が運営しているようで、多くの投稿の〆の言葉が『妻に感謝』となっている。
この網の写真も絵里子さんが自宅から撮って三角社長に送ったものじゃないだろうか。
それらの投稿を境に、ヒートアップしていたトライアングルアルファのファンの投稿は徐々に落ち着いてきた。
『アイドルの彼女かもしれない謎の女』という敵への攻撃が、『新しいマネージャーさん』という身内への攻撃になったことで、ファン同士の争いに移行していった感じだ。
「よかった……のかな……?」
私が首をかしげていると電話が入った。
瀬川さんからだった。
「も、もしもし……」
『トライアングルアルファのSNSと三角アイドル事務所のSNS見てください』
「あ、見ました。ありがとうございます」
『いえいえ。というわけでフライング気味に紹介させてもらいました。あとドラマの関係者の方への謝罪もしておきました。万事抜かりありません』
「お疲れ様です……」
『いいえ、写真のことは僕の不手際ですから。顔が写ってなくて本当によかったです……』
「そうですね……」
『本当にご心労をおかけしました。それでは明日よろしくお願いします……あ、そうだ、お迎えに上がります。事務所ちょっと分かりづらいところにあるので』
「え、悪いです……」
『僕がそうしたいので。それでは明日朝お迎えに上がります。時間はメッセージで送りますね』
瀬川さんはそう言うと、電話を切った。
強引だ。
これに慣れちゃダメだ。色々なし崩しにされる気がする。
いや、もう散々されているかもしれない。主にベッドの上で。
諸々を思い出し、私の顔が赤く染まる。
「…………あ、聞きそびれた」
前の女性マネージャーさんのこと。
でも私は聞きたいんだろうか。知って良いんだろうか。
知ったら落ち込まないだろうか。
考えすぎだろうか。
「……不毛」
考えるだけ不毛だ。そう思って私は立ち上がった。
お風呂の用意をして寝よう。明日も早い。
お風呂に入ると、体には赤い痕がたくさんついていた。
瀬川さんに付けられたものだ。
そう思うと、ナカがきゅっと締まる。
でも、ここに瀬川さんはいない。
私の様子を見て、嬉しそうに笑いながら私をかき混ぜてくれる人はいない。
「……やだ」
想像、していた。
瀬川さんに突かれるところを、セックスをするところを、自然と想像してしまっていた。
「……バカバカ」
慌てて頭を振って、体をきれいに洗い流す。
帰ってから寝てしまったせいか、寝付きはあまり良くなかった。
ただ、瀬川さんの顔が浮かんで、私は悶々とした体を抱えて眠りについた。
朝ご飯を軽く食べ、スーツに袖を通す。マネージャーのかっこうは様々だが、三角アイドル事務所は基本スーツだそうだ。
用意していた荷物をビジネスバッグに押し込んだ。
「おはようございます、由香さん」
「お、おはようございます、瀬川さん」
「そろそろ名前で呼んでくれても良いんですよ?」
部屋の前まで迎えに来てくれた瀬川さんはニコッと笑ってそう言った。
酔っ払って深海さんと呼ばせてきたのは忘れているのだろうか?
「……ふ、ふ、ふか……ふか……み……さん」
「鱶みたい」
私の口はろくに回らなかった。あの晩はすぐに深海さんと呼べたのに。それに瀬川さんは苦笑する。
すっかり乗り慣れた車の助手席に乗る。
「本日、午前中は契約に使います。午後はトライアングルアルファの撮影に同行してもらいます」
車を走らせながら、瀬川さんがスケジュールを説明してくれる。
「車の免許はお持ちですか?」
「あ、はい」
「では社用車に空きがあるのでそれを今後はそれを高山さんの専用車にします」
「この車も社用車ですか?」
「一応。入社祝いに社長が好きな車を買ってくれました……高山さんもほしい車とかありますか?」
「いや……全然。CMで見るのが何となく分かるくらい……」
「では入社祝いはまた別のものになりますね。スタッフの中にはお高いゴルフクラブを買ってもらってた人もいます。あと一軒家の頭金とか」
「ふ、太っ腹……」
「三角社長は元演歌歌手でして」
「ああ、ネットで見ました」
「そのときの印税が毎年、入ってくるので左団扇なんですよね……それでトライアングルアルファのマネージャー代行してくれたりするから頭が下がります」
「なるほど……」
マネージャー『代行』。やはり前マネージャーさんがいたからこその言葉に聞こえる。
……聞いてみようか。別にためらうことないじゃないか。
ファンなら知っているんだ。調べれば出てくるようなことじゃないか。
……そう思うのに言葉にならない。喉元に言葉がつっかえる。
ただ女性の影が見えたってだけなのに。
私、こんなに嫉妬深い人間だったんだ……。
瀬川さんは昨日今日付き合い始めたばかりの人なのに……。
「…………」
「月曜日はさすがに混んでますね」
「え、あ、そうですね」
車道を見る。車で通勤したことがなくて、私はこんな混雑を初めて見た。
「ま、間に合いますかね?」
「余裕を持って出てきたのでそこは大丈夫ですよ」
「そうですか。それならいいです」
「昨日のクイズ番組見れました?」
「あ、はい。瀬川さんは……大変でしたよね?」
「あとで録画で見ました。どうでした?」
それはちょっと漠然とした質問だった。
「えっと……シュンくん頭良いんですね。あ、それともああいうの台本あるんですか?」
「台本はなかったですよ。シュンは頭良いですね。3人の中で唯一、大学進学も決まってます」
「へえ……」
「アイドルとドラマと大学と……大変ですけど、全力でフォローしていく所存です。高山さんもよろしくお願いしますね」
「はい、がんばります」
軽く頷いたけど、普通に考えてシュンくんは大変なんじゃないだろうか。
「……シュンくんがドラマの出演することになったのってなんか理由あるんですか?」
「うちの事務所の鉢山さんが『刑事藤野の初恋』に出演が決まって、出演者の枠が空いてるという話だったので3人とも送り込んで合格したのがシュンでした。鑑識という役どころですから童顔のリクは雰囲気的にまず無理だし……エイジはどちらかというと肉体派刑事っぽいですしね」
「なるほど……」
「シュンは大学もあるのでけっこう戸惑ってましたけど、がんばってますよ。あんなにがんばってるシュン初めて見るくらい」
瀬川さんはそう言って微笑んだ。
この人は、トライアングルアルファが大切なのだろう。
大事にしているのだろう。
その活躍を輝かしくも眩しい気持ちで見守っているのだろう。
それが心から伝わるそんな笑顔だった。
事務所に到着した。
三角アイドル事務所は小綺麗な地下1階地上5階建てのビルだった。
入り口には警備員さんが居て、瀬川さんは顔パスで通り、警備員さんに私を紹介してくれた。
エレベーターで一気に5階まで上がる。
「他の階の設備はあとで案内しますね」
5階に降りるとデスクが並んでいてわりと普通の会社っぽかった。
ただ、あちこちにポスターや円盤が置かれているのがいかにも芸能事務所って感じだった。
『刑事藤野の初恋』の番宣ポスターも貼ってある。一番小さくシュンくんの顔が写っている。
「おはようございます」
「おはようございます」
スタッフはやはりほぼ男性だった。
スタッフの方々が瀬川さんの挨拶に顔を上げて、私を見る。
ぱっと見、この中では私が一番年下のようだった。
ペコペコと頭を下げて瀬川さんの先導でデスクを通り抜ける。
デスクの並ぶ奥に、ガラス張りのスペースがあり、そこに三角社長が座って私達を待っていた。
「社長室です。丸見えですけど、一応カーテンはあります」
「オシャレですね……」
他にどう言って良いか分からず私はそう言っていた。
「そして声もかけやすい。失礼しまーす」
「はい、どうぞー」
瀬川さんの先導で社長室に入る。
「いらっしゃい、高山くん!」
「おはようございます、お邪魔します、三角社長」
「うん! さ、座って座って。印鑑とか持ってきてくれた?」
「はい。えーっと印鑑……年金手帳……離職票……」
山のように出てくる書類を瀬川さんがテキパキと整頓してくれる。
「うんうん。田中くーん」
田中と呼ばれた40くらいの男の人が社長室に入ってくる。
「高山くん、こちら人事担当の田中くん」
「おはようございます、高山さん。田中です」
「おはようございます、高山です」
人事担当、いるのか。いるか。いるのにその人を通さず私の就職が決まったのはいいのだろうか?
「じゃあ、細かいことは田中くんよろしく!」
「はい」
田中さんは私の出した書類と自分が持ってきた書類をまとめて、何やら作業を始めた。
書類作業は田中さんの「そこにはんこを押してください」が数回繰り返された。
その間、瀬川さんと三角社長は何か話し込んでいた。
「終わりました。これで高山さんは弊社社員です」
田中さんが書類をまとめながら、そう告げた。
「ご苦労! それでは改めて、我が三角アイドル事務所にようこそ、高山由香くん!」
「よろしくお願いします!」
私は深々と頭を下げた。私の再就職生活が始まった。
『鉢山さんからメッセージあるとか聞いてない! 録画してないよ……』
『カリヤンまた伝説を打ち立てたな』
『カリヤンは一周回って天才だから……』
『アイドルの子、頭良いんだね~』
『母屋岸見マジ母屋岸見』
クイズ番組の評判はなかなかに良かった。
シュンくんはどうやらクイズ番組に適性があったらしい。優等生的活躍をしていた。
そしてクイズ番組を見るのに集中していた刑事ドラマファンが『刑事藤野の初恋』のアカウント炎上に気づき始めた。
『アイドルファン陰湿~』
『普通に考えたらスタッフでしょ。怖っ』
『道城プロデューサーの笑顔好き』
『分かる』
『謎の女ってなんかミステリーぽいね』
『というかドラマのあらすじまんまじゃん? ウケる』
刑事ドラマファンの間では謎の女……私の存在はあんまり取り沙汰されてなかった。
よかった……普段交流している人たちにまで叩かれたりしたら、もうSNSアカウント消すかもだった。
そしてバラエティー開始直後、トライアングルアルファのSNSアカウントには以下の文が投稿されていた。
『トライアングルアルファチームの新マネージャーが決まりました! 今後はSNSアカウントの投稿なども担当していくかも! 自分共々よろしくお願いします! (マネージャーS)』
マネージャーS。瀬川さんのことだろう。
同時に三角アイドル事務所のSNSアカウントにも投稿があった。
『昨晩はトライアングルアルファの3人とマネージャーSくん、そして新人マネージャーのTくんと我が家で焼き肉をいただきました。妻に感謝(三角)』
庭で乾かされている網の写真が添付されている。
三角アイドル事務所のSNSアカウントは基本的に三角社長が運営しているようで、多くの投稿の〆の言葉が『妻に感謝』となっている。
この網の写真も絵里子さんが自宅から撮って三角社長に送ったものじゃないだろうか。
それらの投稿を境に、ヒートアップしていたトライアングルアルファのファンの投稿は徐々に落ち着いてきた。
『アイドルの彼女かもしれない謎の女』という敵への攻撃が、『新しいマネージャーさん』という身内への攻撃になったことで、ファン同士の争いに移行していった感じだ。
「よかった……のかな……?」
私が首をかしげていると電話が入った。
瀬川さんからだった。
「も、もしもし……」
『トライアングルアルファのSNSと三角アイドル事務所のSNS見てください』
「あ、見ました。ありがとうございます」
『いえいえ。というわけでフライング気味に紹介させてもらいました。あとドラマの関係者の方への謝罪もしておきました。万事抜かりありません』
「お疲れ様です……」
『いいえ、写真のことは僕の不手際ですから。顔が写ってなくて本当によかったです……』
「そうですね……」
『本当にご心労をおかけしました。それでは明日よろしくお願いします……あ、そうだ、お迎えに上がります。事務所ちょっと分かりづらいところにあるので』
「え、悪いです……」
『僕がそうしたいので。それでは明日朝お迎えに上がります。時間はメッセージで送りますね』
瀬川さんはそう言うと、電話を切った。
強引だ。
これに慣れちゃダメだ。色々なし崩しにされる気がする。
いや、もう散々されているかもしれない。主にベッドの上で。
諸々を思い出し、私の顔が赤く染まる。
「…………あ、聞きそびれた」
前の女性マネージャーさんのこと。
でも私は聞きたいんだろうか。知って良いんだろうか。
知ったら落ち込まないだろうか。
考えすぎだろうか。
「……不毛」
考えるだけ不毛だ。そう思って私は立ち上がった。
お風呂の用意をして寝よう。明日も早い。
お風呂に入ると、体には赤い痕がたくさんついていた。
瀬川さんに付けられたものだ。
そう思うと、ナカがきゅっと締まる。
でも、ここに瀬川さんはいない。
私の様子を見て、嬉しそうに笑いながら私をかき混ぜてくれる人はいない。
「……やだ」
想像、していた。
瀬川さんに突かれるところを、セックスをするところを、自然と想像してしまっていた。
「……バカバカ」
慌てて頭を振って、体をきれいに洗い流す。
帰ってから寝てしまったせいか、寝付きはあまり良くなかった。
ただ、瀬川さんの顔が浮かんで、私は悶々とした体を抱えて眠りについた。
朝ご飯を軽く食べ、スーツに袖を通す。マネージャーのかっこうは様々だが、三角アイドル事務所は基本スーツだそうだ。
用意していた荷物をビジネスバッグに押し込んだ。
「おはようございます、由香さん」
「お、おはようございます、瀬川さん」
「そろそろ名前で呼んでくれても良いんですよ?」
部屋の前まで迎えに来てくれた瀬川さんはニコッと笑ってそう言った。
酔っ払って深海さんと呼ばせてきたのは忘れているのだろうか?
「……ふ、ふ、ふか……ふか……み……さん」
「鱶みたい」
私の口はろくに回らなかった。あの晩はすぐに深海さんと呼べたのに。それに瀬川さんは苦笑する。
すっかり乗り慣れた車の助手席に乗る。
「本日、午前中は契約に使います。午後はトライアングルアルファの撮影に同行してもらいます」
車を走らせながら、瀬川さんがスケジュールを説明してくれる。
「車の免許はお持ちですか?」
「あ、はい」
「では社用車に空きがあるのでそれを今後はそれを高山さんの専用車にします」
「この車も社用車ですか?」
「一応。入社祝いに社長が好きな車を買ってくれました……高山さんもほしい車とかありますか?」
「いや……全然。CMで見るのが何となく分かるくらい……」
「では入社祝いはまた別のものになりますね。スタッフの中にはお高いゴルフクラブを買ってもらってた人もいます。あと一軒家の頭金とか」
「ふ、太っ腹……」
「三角社長は元演歌歌手でして」
「ああ、ネットで見ました」
「そのときの印税が毎年、入ってくるので左団扇なんですよね……それでトライアングルアルファのマネージャー代行してくれたりするから頭が下がります」
「なるほど……」
マネージャー『代行』。やはり前マネージャーさんがいたからこその言葉に聞こえる。
……聞いてみようか。別にためらうことないじゃないか。
ファンなら知っているんだ。調べれば出てくるようなことじゃないか。
……そう思うのに言葉にならない。喉元に言葉がつっかえる。
ただ女性の影が見えたってだけなのに。
私、こんなに嫉妬深い人間だったんだ……。
瀬川さんは昨日今日付き合い始めたばかりの人なのに……。
「…………」
「月曜日はさすがに混んでますね」
「え、あ、そうですね」
車道を見る。車で通勤したことがなくて、私はこんな混雑を初めて見た。
「ま、間に合いますかね?」
「余裕を持って出てきたのでそこは大丈夫ですよ」
「そうですか。それならいいです」
「昨日のクイズ番組見れました?」
「あ、はい。瀬川さんは……大変でしたよね?」
「あとで録画で見ました。どうでした?」
それはちょっと漠然とした質問だった。
「えっと……シュンくん頭良いんですね。あ、それともああいうの台本あるんですか?」
「台本はなかったですよ。シュンは頭良いですね。3人の中で唯一、大学進学も決まってます」
「へえ……」
「アイドルとドラマと大学と……大変ですけど、全力でフォローしていく所存です。高山さんもよろしくお願いしますね」
「はい、がんばります」
軽く頷いたけど、普通に考えてシュンくんは大変なんじゃないだろうか。
「……シュンくんがドラマの出演することになったのってなんか理由あるんですか?」
「うちの事務所の鉢山さんが『刑事藤野の初恋』に出演が決まって、出演者の枠が空いてるという話だったので3人とも送り込んで合格したのがシュンでした。鑑識という役どころですから童顔のリクは雰囲気的にまず無理だし……エイジはどちらかというと肉体派刑事っぽいですしね」
「なるほど……」
「シュンは大学もあるのでけっこう戸惑ってましたけど、がんばってますよ。あんなにがんばってるシュン初めて見るくらい」
瀬川さんはそう言って微笑んだ。
この人は、トライアングルアルファが大切なのだろう。
大事にしているのだろう。
その活躍を輝かしくも眩しい気持ちで見守っているのだろう。
それが心から伝わるそんな笑顔だった。
事務所に到着した。
三角アイドル事務所は小綺麗な地下1階地上5階建てのビルだった。
入り口には警備員さんが居て、瀬川さんは顔パスで通り、警備員さんに私を紹介してくれた。
エレベーターで一気に5階まで上がる。
「他の階の設備はあとで案内しますね」
5階に降りるとデスクが並んでいてわりと普通の会社っぽかった。
ただ、あちこちにポスターや円盤が置かれているのがいかにも芸能事務所って感じだった。
『刑事藤野の初恋』の番宣ポスターも貼ってある。一番小さくシュンくんの顔が写っている。
「おはようございます」
「おはようございます」
スタッフはやはりほぼ男性だった。
スタッフの方々が瀬川さんの挨拶に顔を上げて、私を見る。
ぱっと見、この中では私が一番年下のようだった。
ペコペコと頭を下げて瀬川さんの先導でデスクを通り抜ける。
デスクの並ぶ奥に、ガラス張りのスペースがあり、そこに三角社長が座って私達を待っていた。
「社長室です。丸見えですけど、一応カーテンはあります」
「オシャレですね……」
他にどう言って良いか分からず私はそう言っていた。
「そして声もかけやすい。失礼しまーす」
「はい、どうぞー」
瀬川さんの先導で社長室に入る。
「いらっしゃい、高山くん!」
「おはようございます、お邪魔します、三角社長」
「うん! さ、座って座って。印鑑とか持ってきてくれた?」
「はい。えーっと印鑑……年金手帳……離職票……」
山のように出てくる書類を瀬川さんがテキパキと整頓してくれる。
「うんうん。田中くーん」
田中と呼ばれた40くらいの男の人が社長室に入ってくる。
「高山くん、こちら人事担当の田中くん」
「おはようございます、高山さん。田中です」
「おはようございます、高山です」
人事担当、いるのか。いるか。いるのにその人を通さず私の就職が決まったのはいいのだろうか?
「じゃあ、細かいことは田中くんよろしく!」
「はい」
田中さんは私の出した書類と自分が持ってきた書類をまとめて、何やら作業を始めた。
書類作業は田中さんの「そこにはんこを押してください」が数回繰り返された。
その間、瀬川さんと三角社長は何か話し込んでいた。
「終わりました。これで高山さんは弊社社員です」
田中さんが書類をまとめながら、そう告げた。
「ご苦労! それでは改めて、我が三角アイドル事務所にようこそ、高山由香くん!」
「よろしくお願いします!」
私は深々と頭を下げた。私の再就職生活が始まった。
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