幼馴染みが婚約者になった

名無しの夜

第21話 火王国の悩み

「それでホリー、先日の件はどうなった?」

部屋に入ってきた栗色の髪の美女、妾の剣の師匠でもある彼女は一度首を垂れると、その美貌に沈痛の色を浮かべた。

「全滅のようです。これで少なくても当確ダンジョンが危険度Aに分類されることが判明しました」
「そうか、厄介よの。父上は?」
「王は魔族を追って国中を駆け回っております」
「父上の力をもってしてもまだ全て討伐しきれんか」
「はい。今年に入ってから魔族の目撃情報は数倍に跳ね上がっており、議会では聖王国に救援を求めるべきではないかと言う声も上がっております」
「自国の警備を真っ先に他国に委ねようとするとは、なんともまぁ情けのない話よな」

しかし現実問題魔族の脅威は放ってはおけない。

「……ふむ。ここ最近の魔族の猛威はやはり金王国が滅ぼされたことと無関係ではないのじゃろうな」
「恐らくは」
「七大王国の一つが滅ぼされるとは、まさに人類の黄昏だな」
「姫」
「すまん、仮にも王女のいう言葉ではなかったな」

そうは言っても最早人類の劣勢は誰の目にも明らかだ。今までは個としての能力は劣っていても種としての総力は数で勝る人類が勝っていた。だが魔族がダンジョンを世界各地に作り始めてから徐々に事情が変わり始めた。どれだけ人類がダンジョンを潰すことに注力しても、この広い世界の全てに手が回るわけもなく、人知れず育ったダンジョンから溢れ返った魔物に多くの国が滅ぼされたのだ。

「このような世情にも関わらず未だ我が国に多くの者が観光に来るのは聖王国に近い立地も関係しておるのだろうな」
「我らの王の偉大さは疑うべくもなく、しかしかの王はまた事情が異ります故」
「人類の守護者。神の血を引く男……か。ひょっとすればこのような時期にあの剣聖と術聖の弟子がやってきたのは偶然ではないのかもしれんの」

父上が国中を駆け回っているその最中に発見された大型ダンジョン。発見当初から既に魔物の地上進出が確認されたそこに精鋭で編成された調査隊を送り込んでみたが、誰一人として帰ることはなかった。

(父上が動けぬ以上、妾が行くしかないと思っていたが、これはまさか聖王国に借りができたか?)

「ホリー。昨日会った二人はどのダンジョンを選んだ?」
「それが、その……カジノ、に向かったようです」
「なるほどの、カジノか。それは中々良いチョイ……ん? んんっ? えっ? カジノ?」
「はい。リラザイア嬢と共に、朝食を取るなりカジノへ向かったと報告が」
「リラザイアまで。いや、あ奴はそう言う奴じゃな。だがティナやサーラは……いや、サーラはよく分からんがティナもそういうことしそうじゃな。あ奴の剣筋は強く基本に忠実でありながら、それを崩すことを恐れない自由があった」
「あれはよき勝負でした」

剣については世辞を口にせぬホリーに褒められて、少しだけ誇らしい気持ちになる。

「……ふう。やれやれ仕方あるまい。ダンジョンには妾が当たる。即刻火炎騎士団を召集せよ」
「御意に」
「しかしカジノか、妾も久しぶりに一勝負したくなるな」
「ダンジョンを潰し終えた後、友人の方々を誘えば良いかと」
「それは良いな。剣では遅れをとったがそちらでは負けん。ティナの奴めに吠え面をかかせてやろうぞ」

新しくできた友が妾に負けて悔しがる姿を想像し、思わず口元がニヤけた。



「赤の16です」
「うおっしゃああああ!! 見た!? 見たアロス。来た! 来たわよ!」
「うっそっ!? え? ……えっ!? 凄い! ティナ凄い!」
「だから言ったじゃない。私は勝利の女神に愛された女、ギャンブルなんて気合いでどうとでもなるのよ」
「いや、それはないけど、でも本当に逆転するなんてすごいよ」

カジノに来て早々ビギナーズラックでちょっとしたお金を得たティナ。それで調子に乗ったのがいけなかったのか、そこから怒涛の20連敗が襲い、あっという間に持ち金を失うことに。絶対返すと空手形を発行して俺から奪い取ったお金で最後の一勝負、かと思いきやまさかの逆転勝利を見せてくれた。

「ふふん。私にかかればこんなものよ」
「また調子に乗る前に俺が貸したお金返してよね」
「はいはい。分かってるわよ。でもこのまま私に預けてた方が増えると思わない?」
「いや、それはないからね」
「では私にならどうですの」
「あっ、リラザイアさん。どうですか? 勝ててます……か? あ、あの、リラザイアさん? 後ろにいる黒服の方々は?」
「彼らは私の負け分を取り立てに来られているカジノの方々ですわ」
「……え? あの、それってつまり?」
「誰でもいいのでお金を貸してくださいなですわ」

両腕を組んで自信満々にそう言い放つリラザイアさん。優雅ささえ感じ取れるその態度はいっそ清々しくさえあった。

「……いくらよ?」
「あれ? 貸してあげるんだ」

ティナのことだからてっきり「ふざけんな」とか言って怒鳴りつけるかと思った。

「せっかく楽しくやってるのにケチ臭いこと言って台無しにしたくないでしょ」
「流石はティナ様ですわ。なに、たったの百万ゴールドですわ」
「なるほどね。たったのひゃく、百?」
「百万ゴールドですわ」
「よし、アロス。この奴隷を売り払うわよ」
「ちょっ、ちょっと? 止めてくださいまし、冗談になっていませんわ」

恥も外聞もなくティナの腰にしがみつくリラザイアさん。

「あの、上限は一人三十万までって決めてましたよね。何で手持ちの額の三倍以上の借金が生まれているんですか?」

カジノで遊ぶ際、サーラは上限として当初十万までと主張したが、それだけではカジノを楽しめないとティナとリラザイアさんが猛抗議。一時間近い話し合いの結果、カジノで遊ぶのは今日のみという条件で当初の三倍の額である三十万で手を打ったのだ。

「ふふ。このカジノには顔見知りも多いのでお金を借りるくらい分けないことですわ」
「威張ってんじゃないわよ。どうすんのよ、これ」
「あの、お客様?」
「タイム、ちょっとタイム!」

話しかけてきた黒服にティナが掌を向ける。

「あんたら集合」

俺達は周囲の視線などものともせずにスクラムを組んだ。

「アロス、あんた手持ちいくらよ?」
「五万。ティナは?」
「あんたに返す分も入れて七十万」
「あら、足りませんわね」
「「…………」」
「お、お手数おかけしますわ」

俺とティナの冷たい視線を受けて、さすがのリラザイアさんも小さくなる。

「てか、アンタ本当によく今まで無事でいられたわね。カジノに来たのも初めてじゃないとか言ってなかった?」
「そうですわよ。私これでも色々なものに挑むチャレンジ精神旺盛なレディですので。賭け事も人並みに嗜んでおりますわ」
「カジノで大負けしたことはないんですか?」
「それは……ほら、賭け事というのは負けてナンボという側面がありますから」
「その時はどうやって支払っていたのよ。……ああ、そうか。どうせシュウ商会のお金を使っていたんでしょ、このお嬢様が」

ティナも聖王国では結構なお嬢様なのだが、ここで突っ込むと話が剃れそうだったので余計なことは言わないでおいた。

「むっ、お言葉ですがティナ様、そんなことで商会の力を使ったことは一度たりともありませんわ。普段はーー」
「お嬢様、こちらにいらっしゃったのですか」
「あらリリラ、それにサーラ様も」

黒い髪の美女が二人、カジノに合わせたドレスコードを優雅に着こなした足取りでこちらにやってくる。

「アロスさん、これは何の騒ぎですか?」

サーラが遠巻きにこちらを見ている黒服へと視線を向けた。

「いや。ちょっとリラザイアさんが大負けして、サーラの手持ちはいくら?」
「五十万ですね」
「すごい、買ってるじゃないか」
「ふふん。私は七十万よ」
「それ、俺の分も入ってるでしょ。……でもよかった。これならリラザイアさんの負け分を支払うことができそうだね」
「ったく、感謝しなさいよ」
「心から感謝いたしますわ」
「そんなわけでサーラ、悪いけどお金貸してくれないかな? 俺とティナだけじゃあリラザイアさんの負け分を支払えないんだ」
「それは構いませんけど、多分その必要はありませんよ?」
「え?」

どういうことかと聞くよりも先に、リリラさんが一つ百万のとんでもコインを幾つもリラザイアさんに手渡した。

「お嬢様、こちらをお使いください」
「あら、リリラ。このお金は?」
「私の勝ち分です」
「すご、ちょっ!? アンタ、これいくらあんのよ?」
「一千万と少しです」
「いっ!? え? なに? どういうこと?」
「彼女、凄くギャンブルが強いんです。なんていうかこう、魔術レベルで」
「魔術レベルって、まさか……イカサマ?」
「いえ、専用の監視員が何人もついていましたし、私も近くでずっと見ていましたからそれはない……と思うんですが、すみません。ちょっと自信ないです」

仮にも術聖様に師事しているサーラが見破れなかったとなると本当に魔術なしのラッキーなのか、それともリリラさんは魔術師としてサーラの遥か上にいるのか。どちらにしろ、彼女がただ者でない事だけは確かだった。

(本当、何者なんだろ?)

黒髪ショートカットに隠れたリリラさんの横顔を俺がそれとなく見つめていると、瞳を輝かせたティナがリラザイアさんの手を握り締めた。

「リラザイア、私とアンタは一蓮托生よね?」
「勿論ですわ、ティナ様。それにアロス様にサーラ様も。カジノの醍醐味を味わうのはまだまだこれからですわよ」
「よっしゃ、そう来なくっちゃね。見てなさい、この一千万を倍にして見せるわ」
「オーホッホッホ! では私は三倍! 三倍にしてみせますわ」


人のお金ではしゃぎ出すお嬢様二人。そのまま平民なら数年は余裕で暮らせるお金を湯水のように使い続けーー



「……ねぇ、アロス」
「なに?」
「ギャンブルって怖いわね」

大きなねぎを背負った鴨専用の個室でカード片手にテーブルに突っ伏す二人の姿があった。

「満足しましたか?」

音もなくお茶をすするサーラの言葉に、二つの金髪が微かに上下する。

「では明日からまた堅実な方法で稼ぎたいと思いますが、よろしいですね?」

返事の代わりに二人の手から落ちたカードがテーブルの上で乾いた音を立てるのだった。

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