姫探し

ゆき丸

絹代の友達、ひかり





「きぬちゃん、遅れてごめんね!?」

「いいよ、いいよ全然!私も今来たばっかりだし」

本当は約束忘れてたけど…。ごめん、ひかり。

そう心の中で謝っていると、
ひかりは向かいのソファーに座った。

この待ち合わせ場所は、市内では地元の人たちで賑わうカフェ。
『つばめカフェ』だ。
ここ最近のひかりとの待ち合わせはいつもこのカフェだ。
照明がそんなに明るくないウッドスタイルの店内。
軽快なジャズがBGMで、居心地がいい。
少し早めの昼食を取る女性客がまばらに居る。
カウンターにはサラリーマン風のおじさんも居た。
ひかりより5分ほど早く着いた私は、入ってすぐ正面の窓際のソファー席に座っていた。
今日は天気が良い。
窓からは歩道に並ぶ街路樹と、町を往来する人たちが見える。
いつもの休日。そう。私の隣に平安貴族の青年がいる事を除けば。

平安貴族の青年は、母だけでなく私以外の人間には見えないようだ。
この貴族、ついて来るなと言ったのに、なぜかご機嫌でついてきやがった。

「さっきね、道がすごく混んでたんだ」

そう言ってリュックを下ろしているひかりの顔の真横に、
平安貴族の青年の横顔があった。
ひかりの臭いを「クンクン」と鼻を動かして嗅いでいる。
私はとっさにお店のメニューを手に取り、投げつけた。

「きゃあ!」

ひかりがおったまげて悲鳴を上げたため、我に返った。
投げたメニューがさっきまで平安貴族が居た場所に突き刺さっている。
ソファーの間に刺さったのだ。

「きぬちゃん、どうしたの?」

大きくて真ん丸な目が恐怖に震えている。
そのひかりが座っているソファーのすぐ隣で
平安貴族の青年は両腕を抱きかかえている。
ひかりよりも明確に、全身がガクガクと震えていた。

「ごめんね、ひかり。便所バエが飛んでたから…」

ひかりはその言葉でおびえた表情がとけ、

「そうなの!?ありがとう、きぬちゃん!」

と、天使のような笑顔でそう言った。
高校を卒業してから変わらない、金髪ボブがサラサラと揺れた。
金髪なのにみずみずしいひかりの髪。綺麗に天使の輪ができている。
まじでひかりは天使なんじゃないか。
ひかりが笑うと、周りは花が咲いたように明るくなる。
そして大きな目は開いている時の半分だけ細くなる。
そのひかりの笑顔が可愛くって大好きだ。
天真爛漫とはひかりのために作られた四字熟語なんじゃないだろうか。

平安貴族の青年はまん丸くした目を涙目にしてこちらに近寄ってきた。
そんな様子をチラ見しながら、

「お前ら、後で除霊依頼してやっから」

と呟いた。じいさんと仲良くまとめて成仏じゃい。
平安貴族の青年は涙をダバダバと流し、
隣の空いているテーブルの上にあがった。
テーブルの上で三角座りをし、膝小僧に顔をうずめている。

無視してひかりの方へ向き直す。
ひかりはソファーの間に刺さったメニューを引き抜き、
こちらから文字が見えるように差し出してくれた。

「今日もハンバーグ定食にする?」

「うん、ハンバーグ最高!」

急にテンション上がってきた。
なぜなら、ここのハンバーグ定食は美味しいからだ。
私は店員さんを呼びハンバーグ定食を2つ頼んだ。

「なんか久しぶりだねー」

ひかりがニコニコしながら言う。
私もつられてニコニコする。

「うん。お互い休みが合わないからねー」

「ごめんね。」

「ううん!」

ひかりは某ショッピングモール内のアパレルショップ勤務だ。
私の休みは水曜日と日曜日なのだが、ひかりはシフト制で中々休みが合わなかった。
仕方がないではないか。そんなつもりはなかったのだが、
私が「休み合わない」とか言ったからひかりは謝った。
自分の第一声に反省しながら話を続けた。

久しぶりの再会のため、お互いの近況報告から始まった。
ひかりは相変わらず忙しい。日曜日休みは今回久しぶりに取れたそうだ。

「貴重な日曜休みに私に会ってくれてありがとうね」

「えー、きぬちゃんと遊ぶために日曜に休み申請してるんだから。」

「ありがとー!」

ふと平安貴族の青年が気になって隣のテーブルを見た。
青年はテーブルの上であぐらをかき、ぼーっと壁に掛けてある風景画を眺めていた。
どこかの湿地帯をぼんやりとしたタッチで描いた油絵だ。

「…きぬちゃん、聞いてる?」

「えっ!?ごめん、ぼーっとしてた!何の話してた?」

「米ぬかおやじの話」

ガタンッ
頭がクラクラする。
どうやら私は動揺してテーブルに頭を打ち付けてしまったようだ。

「きっ、きぬちゃん!大丈夫?」

焦るひかりの声。
私はテーブルに両手をつき、ゆっくりと頭を上げてひかりを見た。
一瞬ひかりがビクッと体を震わせた。
びっくりするような顔をしていたのだろう。
ごめんよ、ひかり。

「大丈夫、大丈夫。ちょっと気分がね。」

「本当に大丈夫?無理してない?」

ひかりが心配そうに顔を覗き込んでくる。

「平気だよ!それより、米ぬかおやじがどうって…?」

横目でちらっと平安時代の青年を確認する。
ソファーに座ってメニューを熱心に見ていた。

目線をひかりに戻す。

「米ぬかおやじの話なんだけど…。」

ひかりが真剣な顔になった。

「きぬちゃんは知っているよね?米ぬかおやじ。私の友達のお姉さんがね、
米ぬかおやじの被害に遭ったんだって。」

「へ、へぇー」
私も昨日被害に遭ったよ☆
とはもちろん言えない。だって。

「婚約中の彼氏とデート中に被害に遭ってね。それで、化粧が取れた彼女の顔を見て、
彼氏が逃げちゃったんだって!それで彼女は婚約破棄されちゃったんだって。」

婚約者置いて逃げるほどのすっぴん…よほどだな。
どんだけ化粧した顔とすっぴんの落差があるんだよ。
いや、彼女を置いて逃げる男も最低だけども!

「でね。きぬちゃんは、米ぬかおやじが何でここまで巷で有名になったか知ってる?」

「うん。目撃者が1人もいないんでしょ?」

「そうなの。でもね…じゃあ、なんで"米ぬかおやじ"って名前がついたと思う?」

「…?」

確かに。目撃者が1人もいないのに、なぜ性別が男だと分かるんだろう。

「実はね、米ぬかおやじを見た人はいるの」

「えっ…」

「お待たせいたしましたー。ハンバーグ定食でございます」

きた。めっちゃ美味しそう。
鉄板に乗ったハンバーグの上には
チーズ、トマトソースが乗っている。
トマトソースには1センチほどの賽の目状に
切られたトマトが入っている。
付け合わせはニンジンのバターソテーと茹でたブロッコリーだ。
サラダ、たまごスープ、白ご飯を盛ったお皿を置いてから店員さんは言った。

「食後はコーヒーか紅茶、どちらになさいますか?」

「私、コーヒーで」

続いてひかりが答える。

「私は紅茶で」

これでランチ1,000円である。
ボリュームのある肉の塊をナイフとフォークで
一口サイズに切り分け、頬張った。

「おいしいー」

ひかりもハンバーグを頬張り、笑顔でうなずいている。

「久しぶりに食べたわーここのハンバーグ!」

「やっぱ美味しいよね」

「うん、絶品やでえ」

しばらく2人でハンバーグをむさぼった後。
ひかりがふと言った。

「…なんの話してたっけ?」

眉毛を八の字にしてこちらを見ている。
フォークをくわえていて口元は分からないが、
目は笑っている。
困った時や自虐的な気分の時、ひかりがよくする表情だ。

「確か、米ぬかおやじの…」

「あ!そうそう、米ぬかおやじの話!」

「目撃者が1人だけいるって…」

「そう!目撃者なんだけどね。」

フォークとナイフを置いて固唾を呑んだ。

「ある被害者が言うには、突然目の前に"手だけ"が現れて米ぬかを塗りたくってきたんだって。
抵抗しようとして米ぬかおやじの手をつかもうとしたんだけど、つかめなかったんだって。」

「それって」

「ド〇クエのマ〇ハンドみたいだよね。マ〇ハンドの幽霊バージョン。」

うん、間違ってない。あのじいさんめっちゃ大声で仲間(平安貴族の青年)を呼んだし。

「水を掛けられてから目を開けると、そこには誰もいなかった。」

「うん」

"手だけ"を目撃した人が居る事は初めて聞いた。
目を開けると誰もいなかったという所は、
今まで聞いてきた巷の話と同じだ。

「でね、その時。"また違った…"という男の悲しげな声が聞こえたんだってー」

「へえええ」

米ぬかおやじの声を聞いたという話も初めて聞く。
相槌を打ちながら、隣の席を確認してみる。
いつの間にか平安貴族の青年は席を移動し、
私たちが座っているテーブルの斜め後ろに移動していた。
女性3人と赤ちゃんが食事をしている席で、
赤ちゃんの隣に座っていた。
柔らかい大福もちのような笑顔で
お母さんからご飯を食べさせてもらっている赤ちゃんを見ている。

正面に顔を戻す。
ひかりはお茶を飲んでいた。

「何それ、めっちゃこわいやん」

「でしょ?でね。そんな話を警察の人に言っても信じてくれるわけもなく」

「うんうん」

「その人と、婚約破棄された女の人がね。除霊屋さんに除霊を頼んだんだって」

「そうなの?」

何だ。手間が省けた。
にやにやしていると、ひかりがまた心配そうな顔でこちらを見ていた。

慌ててブロッコリーを食べ、「やっぱ美味しいわここのハンバーグ」
等と言いながらごまかした。
ひかりはふふっと笑い、お皿に盛られた白ご飯を食べ始めた。

2人ともハンバーグ定食を食べ終わった。
店員さんに食器を下げてもらい、
コーヒーと紅茶を待っている間。
再び近況報告の続きを話していた。
話にひと段落ついて会話が途切れた。
カウンターに座っていたおじさんが会計を済ませている。
ひかり越しにぼんやりとその様子を眺めていると、
ひかりはふと不安げな表情になった。

「きぬちゃん、今日無理してない?」

「え?何で?大丈夫だよ。」

「ならいいけど…」

「え?何で、何で?」

「…何となく、いつもと様子が違うから。」

「そんな事ないよ。」

笑って見せたが、ひかりにはばれている。
でも、ひかりは詮索しない。

「大丈夫じゃなくなったら、いつでも言ってね?」

そう言って、笑った。

「ありがとう。でも、大丈夫」

私もほっとして笑った。
ひかりは不思議な子。
ひかりがこんな風に笑うと、ほっとする。


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