姫探し

ゆき丸

経緯


「何をするのですか!?」

青年は私に殴られた頬を手でおさえながら
そう言った。

「いきなり手を握るんじゃねえ!!夢のくせに触らないで!!」

「だから、こうやって触れるんだから夢じゃないって…」

また手を握ってきた。
絹代、生涯2度目のパンチ。
25年生きてきて、僅か数秒の間に新記録更新である。

その時、青年の隣に昨晩私に米ぬかをこすりつけた
老人が現れた。
昨晩の青年のように、瞬間移動してきたみたいに現れるもんだから
また気を失いそうになった。

「清彦様、紫乃姫様は我々を覚えておいででないですじゃ!」

目を見開いて清彦様という青年に
眼前5センチのあたりでそう叫ぶ。

よくその距離で叫ばれて普通の顔していられるな。
清彦様という青年は、老人の言葉にうなだれている。

「しかし、やっと出逢えたのじゃ…」

青年はそう呟くと悲しそうな顔をした。
その青年が落ち込んでいるのを見ると、
胸がチクリと痛んだ。
同情しているのかも知れない。
可哀想に思った。

その表情には年相応の哀愁があるのだが、
お菓子をもらえなかった子供みたいなあどけなさもある。
何歳なんだろう?私よりも年下だろうか。

「きぬよ殿、少し、お話させてくださいませんか?」

はっとして、反射的にコクリとうなずいてしまった。

そして、3人はベッドの前の円卓に向かい合って座った。

「私の名は清彦。昨晩は大変な無礼をはたらき、申し訳ありませんでした」

隣の老人も座ったまま一緒に頭をさげる。
きれいな直角のお辞儀だったため烏帽子がこちらに向かって
刺さらないかヒヤッとしたが、ギリギリ大丈夫だった。

「なんであんな事を…」

2人は頭を上げた。

「実は、私たちは紫乃姫というお方を探しに、平安時代からやって来たのです」

「はぁ…」

「我は清彦様の家人(けにん)として清彦様が物心つく頃から学問、武術などを教えておりました」

"けにん"ってなんだ。後でググろう。
(家来って意味でした)

「清彦様はスクスクと成長されました。そして、紫乃姫という方に恋をされたのです。
2人は逢瀬を重ね、その愛を深めていきました。そしていよいよ婚礼の儀を行おうとした夜。
姫は…ご逝去されたのです。」

「私はそれから毎日、神社へお参りに行きました。
"姫ともう1度会い、言いたい事がある。
どうか、1度だけでもいいから姫に会わせて下さい。"
そう願いました。雨の日も、風の日も、雪の日も願い続けました。
そうしてお参りを続けて千日目。私たちに不思議な事が起こりました。
いつものように願い事をお伝えし、目を開けると
目の前に女童(めのわらわ)が居て、こちらを見ているのです。
女童は何かを言っていましたが、私もじいやも何を言っているのか
分からなかった。困っていると、女童はどこかへ行ってしまった。
その帰り道。小さな白いウサギが居ました。
毛艶がよく、どこか神々しさを感じた私たちはウサギを
追いかけました。と言っても、遠くからウサギの行く先に
ついて行くだけです。
ウサギは時々私たちを振り返りながら道を行きました。
まるで私たちがついてきているのを確認するようでした。
ウサギは、山の中に入っていきました。
ついて行くか迷った末、山の中へウサギの後を追う事にしました。
しばらく山を上っていると、ウサギの足が止まりました。
目の前に、大きな杉の木がありました。」

「そこから、我と清彦様は現代への道をくぐり抜けてきたのじゃ」

「はぁ」

不思議な話だ。ドッキリにしても、いたずらにしても、
目的が謎だ。わざわざ面識のない、ごく平凡な家庭の、お金も持っていないような若い女性に
こんな嘘をついて家に転がり込んで。

「そして、私はこの世界にやって来た。ここが我らが生活していた頃より
約1100年後の世界であると知った。それから、この町にたどり着き、ここに
紫乃姫が居るとお告げを聞いた。だから、若い女性の顔を見て、紫乃姫の
面影を探していたのじゃ。」

なるほど。でも、なんで米ぬかを夜な夜な
塗りたくってたんだ?
あ、そっか。現代女性は整形に等しい化粧技術を持っているから
化粧を落とさないと紫乃姫の面影を探せなかったのね。
確か、平安時代は米ぬかをクレンジングとして
使っていたと中学の時授業で先生が言ってた気がする。

「この世界の女性は、文字通り化粧で顔が化けるゆえ、
はじめはどうしようかと思ったがのぅ…」

清彦という青年は目を三日月型にし、右手の袖で口元を隠してにんまり笑っている。
あっ、これこれ、ザ・平安貴族の笑い方。

母にはこの2人の姿は見えていなかった。
目の前の青年は嘘をついているようには思えない。
となると、言っている事は本当かも知れない。

「あの、私はあなた達がお探しの"しのひめ"ではありません。」

「いや、私には分かるんだ。」

「違いますって」

「あなたは紫乃姫の生まれ変わりですじゃ」

はー?

「オホン。まずは、出逢えた事を神に感謝…」

何言ってんだこの人。

「では改めて、私の自己紹介をします。」

そう言うと、清彦という青年は不自然に肩を揺らし始めた。

「歳は19。趣味は蹴鞠。やんごとなき人は大体友達。
好きなタイプは紫乃姫ーつまり君さ!」

そう言って指をさされた。
自分でも理由はよく分からないが、不快な気分になった。
黙って清彦という青年を睨んでいると、
不穏な空気に気づいた青年は気まずそうな顔をし、
袖で口元を隠しながら目をそらした。


ラップのつもりだろうか。というか本当に
平安時代の人なのか?現代語ペラッペラじゃないか。

そこで私はとんでもない事に気づく。

「スマホは!?」

「え」

青年はカクカクとロボットダンスのような動きで私のスマホを袂から出した。
先ほどの、ラップなのか壊れた電池式ロボットなのかよく分からない動きが
名残りを残しているんだろう。名残るな。

「ありがとう!」
そう言うと、
青年はほっとしたような、嬉しそうな顔をした。

私はスマホを受け取ると、
時間を確認した。
11:06。
集合時間は12:30だ。
急げばギリギリ間に合う。

私は出かける準備を始めた。














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