番外編:美術室の幸村さん「とある教師目線」

紡灯時園

喧嘩の後のテスト期間

喧嘩、と言ったらすこし違う気がするが、その後、特に二人が笑顔で和解するようなことも無く、普通の生活が流れていった。

そのうちにテスト期間に入り、数学の分からない所を聞きにくる生徒も普段より多くなる。

そんな中、俺が1年Yコースで教えている
数Aを聞きに来た女子生徒がいた。いつも幸村に引っ付いて歩いている中川美夏だ。
「いつも寝ているのにちゃんと聞きに来るんだな。」
と少し嫌味げに言う。
中川はえへへと笑っているが。
正直、ここまで聴きに来るくらいならちゃんと起きて授業を聴けばいいのだ。時間の無駄使いだろうに。
俺は最初の授業でもこのことを言ったが、どうしても優しい心が出てしまう。

「廊下で待ってろ。」

この学校は職員室の外の廊下に、長机と椅子があり、気軽に勉強を教えられるスペースができている。

俺は教科書とペンを持って廊下に出る。

ドアを開けた時だった。
そこには幸村も立っていたのだ。
「あら…」
つい驚きで声が出てしまった。慌てて言葉を繋げようとする。
「…幸村さんどうしたの?」
少しぎこちない気がしたが、何とかつなげられた。
「あ、付き添いです。」
とにこやかに返してくれた。それはもう、とってもにこやかに。

こいつはいつも自分の気持ちを表情で誤魔化そうとする所がある。
たぶんまだ幸村も少し気まずさが残っているのだろう。

「おお、そうか。いいぞ。」
と返し、椅子に座る。

なぜか分からないが、嬉しいという気持ち胸を満たしていて、それが顔に出そうだった。

中川は俺が教えた事に対し「?」が浮かんでいた。幸村は、問題の一つ一つを観察しているようだった。
少し難しい表情をしていたので、せっかく話せる機会というのもあり、聞いてみる。
「幸村さんは、分かりましたか?」
先程の表情は消え、ノートからこちらに目線を変え
「はい、なんとなくですけど…。」
と微笑む。

こんな時ではあるが、俺はどうしようもないくらい安心感で包まれた。
喧嘩をしてからずっと嫌われているのでは、と思いながらいた。
しかし彼女が微笑みながら言葉を返してくれただけでも、嬉しかったのだ。

「実は学校休んでて、ここの授業を聴けてなかったんですよね。たまたまですけど今日聴けて良かったです。最初はてなで頭がいっぱでしたけど。」

「うちのおかげやな!」

と中川が誇らしげな顔をする。確かに、ここに幸村を連れてきたのはこいつだったな。幸村は笑いながら「そうやな、ありがとー」と適当に返している。

「そういえばそうだったな。分からないところがあれば、また聞きに来いよ?」

「はい。ありがとうございます。」
微笑みながら礼儀正しくそう言った。
「うちもまた聞きに来よーっと。」
「アンタはまず普段から授業をちゃんと聴きなさい。」
と俺も笑いながら中川にツッコム。
えへへ、とまた笑って誤魔化すので、「えへへじゃないの」とちゃんとクギを指しておいた。

一通り聴き終えたのだろう、わかりましたー、と中川は何も言わず去ろうとしたが、幸村がそれを引き止めた。
そして小声で言っていた。
「ちゃんとお礼言って帰りなさいよ、先生時間さいてくれたんだから。」

ほぼ目の前で喋っているので、会話が聞こえる。なんか申し訳ないと思ったが…。

生徒と過ごしていると、そういうちゃんとした所を見落とすというか、見逃してしまっていたが、お礼は大切なことである。

しかし中川はというと

「先生は教えるのを仕事にしているから、教えてくれて当たり前だもんねー。」

と言っている。

全部聞こえているんだが…。少しその言葉は聞き捨てならない。

「お前が寝ずにちゃんと授業聴いとったらこの時間をワシもお前も先生ももっと有効に使えたのにね。」

と、幸村の少し冷めた声色に中川もふざけてられないと思ったのだろう。
ありがとうございましたー。
とこちらを振り返り、ぺこりとする。
幸村も微笑みながら、ありがとうございました。と言って帰っていった。


…オカンみたいだな。

小さくなっていく2人の背中をみながら思ったのだった。

久しぶりに幸村と話せた。
それがなんだか重かったモノを取っぱらってくれたようだった。


ーーーーーーーーーー
幸村の心の声
ーーーーーーーーーー
「ねえ、槻島先生のところに聞きにいこうよー」
と美夏が言う。
「えー。行きたいけどさー、私この前怒られたからちょっと気まずいんだよねー。」
「大丈夫!うちがいるから!」

と、押され、仕方なくついて行く。

わたしは数学が得意な方なので、いつもなら聞かれれば、教えてあげているのだが…。

よりによって聞いてきたところは授業休んだ日のところだ、しかもまだそこまで勉強していない…。

美夏は先生を呼びに職員室に入り、わたしは廊下でまつ。久しぶりに授業以外で会うので、心臓がバグバクする。まだ怒っているかな…。怒っているのなら会いたくはないな…。

少しすると美夏が出てきたが、先生は出てこない。

あれ?もしかしていつも美夏は寝ているからって断られたのかな?

と少しホッとした時だった。
ガラガラと扉が開き、顔を出したのは槻島先生だった。

ぐふっ…!!!

少し油断していて一瞬心臓が止まりかけた。

先生は私がいることを意外そうにどうしたの?と聞いてきたので、そのまま返した。
「あ、付き添いです!!」
今までのことをもう忘れてますよ、と言いたい気持ちが顔と声に出ているはずだ。

先生は私の気も知らず、笑顔で、そうか、と言いながら椅子に向かう。

よかった…。怒ってはないらしい。
今までの緊張もとけていった。

そしてなにより、笑顔で話せたことが嬉しい。


一通り聴き終えた後。美夏はお礼も言わずに去ろうとした、
え、うそやろ?と思ったので、引き止める。

時間というものは常に動き続けている。先生はそんな時間を、私たちに分けてくらたのだ。
たしかに、美夏の言い分もわかる。

数学の教師という職業をしている身として、生徒に教えるのは当たり前だ。

だが逆にもとらえる事が出来る。  

私たちは学校というところに行って、わざわざ先生に教えさせている。

教えて貰えるというのが当たり前ではない。
学校に通う、と言った以上、このことも忘れてはいけない。

持ちつ持たれつの関係だからこそ。感謝は必要だ。

つい冷たい嫌味を言ったが、感謝は大切なことである。
いつか美夏にもこのことが分かってくれるだろう。

そう思っての言葉だ。感謝出来るだけで、周りからの評価も上がるし…。
と少し悪い考えもでたが、事実である。
しかも感謝をしていると、自分もポジティブになれる。
「ありがとう」とは、素敵な言葉なのだ。


とりあえず、話せたことが嬉しくて、帰ってもなおあの微笑みを思い出しニヤける幸村さんであった。




「学園」の人気作品

コメント

コメントを書く