魔物に好かれるフェロモンが止まらない私、魔王様に求愛されてますっ

絹澤どら

プロローグ-不幸すぎる社長令嬢、闇の力の素質があるようです。

 私の人生は、間違いなく大きく変わってしまった――


 目覚めた私がベッドにしていたのは、きらきら発光したような、宝石のような、美しい光沢のある"何か"。

「綺麗…なんの石かしら」

 まだぼーっとする頭で起き上がり、そっと手で触れるとツルツルと触り心地が気持ちいい。家の床をこの石で埋め尽くしたら最高の気分になれそうね。などとまだ夢心地のような頭で考えていると、触れた部分が光りだし石の床全体が眩く輝きだす。
 そして

 ズズズズズ…!

 石は動き始めた。

「えっえっちょっと待って! 待って! 何、なんなの!?」

 訳も分からず石に必死にしがみつくと、頭の中に直接響くような声が聞こえた。

 《ご安心なされよ。落としはしない》

「え? この声……誰?」

 《3万年の眠りから我を目覚めさせてくれた娘。礼を言う》

 礼!? 目覚め…? 私に話しかけてるの? ようやく顔をあげると、大きな大きな、もうとんでもなく大きな爬虫類の頭があった。

「――――――――――――!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 声にならない悲鳴があがる。驚きと恐怖と訳がわからない感情に支配されて体は硬直状態。たぶん、ものすごい顔になっていると思う。

 《そなた程の高貴なる闇の力を持った人間は見たことがない》

 ねえちょっと待って。頭が追い付かない。この爬虫類、何言っちゃってるの?
 巨大爬虫類の頭がさらに私の目の前に近づく。どうやら私はこの生き物の体の一部に乗っかっているようだ。

 《そなたを主として、永久に仕えよう―――――》

 そう言い、巨大爬虫類はまるで頭を垂れるように私の足元へ頭を下げたのだった。
 この爬虫類もとい、邪竜との出会いが
 私の異世界での運命を変えた――。








 少し前、まだ私が現代にいた頃に遡る。
 高級車の後部座席で足を組みながら分厚い資料を読んでいると、ちらほらおかしい数字が飛び込んでくる。はあ、また本部長を問い詰めなければ。

「どうかされましたか?」

 神妙な顔でため息をつく西園寺瑠璃さいおんじるりに、運転席から秘書の松丸雄介まつまるゆうすけがバックミラーごしに話しかける。

「今日の会議、憂鬱だなと思って」
「お嬢様はいつも詰め込みすぎです。あまり睡眠時間も取られてないのでは? 1日くらいお休みしても…」
「お嬢様って呼ばないで! 社長、でしょ」
「すみません、昔からの癖でつい、もう10年来お仕えしておりますからね」
「ふふ、味方なのは松丸だけね」

 申し訳なさそうな顔をする松丸に瑠璃が微笑む。

「大丈夫よ。憂鬱なのは私を排除することしか頭にない無能な役員たちとやりあうのが嫌なだけ。これっぽっちも疲れてないわ」
「社長…」
「お父様とお母様が亡くなって会社が自分たちのものになると思ったのに、私が引き継ぐなんて言い出したから、どうにか私を引きずり下ろしたいのよ」

 瑠璃はスマホのホーム画面になっている両親と瑠璃が微笑む写真をぼんやり眺め、ぐっと握りしめつぶやく。

「会社は絶対に渡さない…」







 港区の駅にほど近い場所に建つこの巨大な建物が、一大企業『西園寺商事』の自社ビルだ。
 瑠璃と松丸が役員会議室に入ると、大きな円形の机に会社の役員十数人が一堂に会して座り、異様な空気が漂っている。

「今日は本部長との予算会議のはずでは? 井上副社長、どういうことなの」

 異様な空気感を察知し、瑠璃は副社長の井上に問いかける。井上はあろうことか瑠璃がいつも座っている社長席に腰をかけていた。井上はニヤリと笑い

「先ほど取締役会の決議が行われました。そこで西園寺社長の代表取締役の解任が決定いたしました」
「なんですって?」

 井上の言葉に青ざめる瑠璃。他の役員たちを見回すがニヤニヤと下卑た笑みを瑠璃に向ける。

「こんなこと、許されないわ!!」
「まだあなたが代表を務めるには早かったのです。後は私めにお任せください」
「井上っ―――!!」

 瑠璃は井上に掴みかかる。

「お父様とお母様がどんなに苦労してこの会社を守って来たか…! あなたは資産を食いつぶすことしかしてこなかった…!」
「満場一致で私が新代表を務めることは決定しています。瑠璃お嬢様、あとは私めに任せてゆっくりお屋敷で過ごされてください。ご両親の膨大な遺産で食うに困ることはないでしょう」
「このっ…!」

 井上は殴ろうとする瑠璃を突き飛ばす。力では適わず瑠璃は尻餅をついた。

「それでは、お元気で」

 ひと際下卑た笑いで瑠璃を煽ると、井上を先頭にして役員たちが部屋を出ていく。瑠璃は力なくその場に突っ伏しぶるぶる震えながら

「何で…こんなことって…!」

 シーンとした部屋に瑠璃は叫び声が響く。涙がこぼれ落ちそうになるのをぐっとこらえ、松丸を見上げる。

「……松丸、あなたは知っていたの?」
「お嬢さま…それは…その…」
「裏切者…!!」

 言い淀む松丸に怒りが爆発する瑠璃。松丸を睨みつける。

「信じてたのに…!!!!」

 俯いていた松丸がくっくっく…と堪えきれないといったように笑いを漏らしはじめた。突然様子が変わった松丸に瑠璃は怪訝な表情を浮かべる。

「……だって、お嬢様が悪いんですよ」
「え…?」
「せっかく社長と奥様が亡くなられて、ようやく私を頼ってくださると思ったのに…愛し合えると思ったのに…! 社長業だなんて、そんな重荷を抱え込んで私のことなど見てくれはしない」
「ま…松丸…? 何を言ってるの?」

 松丸はゆっくり一歩ずつ瑠璃に近づく。瑠璃はゾクッとしたものを感じ、へたり込んだままお尻で後ずさる。

「こんなにもお嬢様のことを愛してるのに」
「やめて…来ないで」
「でもこれからは大丈夫です。僕が根回しして社長をやらなくてもいいようにしましたから。これからは私と一緒にあの屋敷でずっと暮らしましょう。死ぬまで幸せにします」
「今回のこと…あなたが裏で手を回していたの?」

 松丸はにっこりと微笑む。ようやく瑠璃の目の前に到着すると、しゃがみこみ瑠璃に視線を合わせる。

「全部僕がやりました。お嬢様を愛してますから」

 不気味な笑みをたたえ、瑠璃の肩を押して床に押し倒した。慌てて抵抗しようとする瑠璃の腕をつかみ、床に縫い付ける。

「何するのよ! やめて! 人を呼ぶわよ!」
「心配しなくても大丈夫ですよ。ここは役員の重要な会議をする部屋ですから、完全防音です。鍵も閉めました。だから…ね?」

 井上は、はあはあと興奮したように息があがっている。ぞわっと鳥肌が立ち、瑠璃は必死で手足をばたつかせるがびくともしない。

「自由になったことですし、子供をつくって、一緒に育てましょう。お嬢様にはそれが似合う。私とお嬢様の子供なら絶対にかわいい」
「なっ!? やめて、やめてお願い!! いやっ…!」

 瑠璃は井上がこれから何をしようとしているのかがわかり、恐怖で涙が出てくる。泣きながら暴れる瑠璃をぐっと押さえつけながら松丸は瑠璃のブラウスを破いた、中から下着と白い肌が見える。

「ああ、想像以上だ。きれいだ…初めてはこんなところになっちゃいましたけど、次はちゃんとしたところで愛して差し上げるので…ね?」

 松丸は瑠璃の白い肌に顔を寄せる。

「ひいっ…!」
(どうしようどうしよう…こんなの絶対嫌、死んでも嫌…! 気持ち悪い!)

 瑠璃の肌に興奮した様子の松丸は夢中になり、瑠璃を抑える腕を緩めていた。

 (今だ…!)

 瑠璃は松丸の腕から片手を抜け出し、自分の髪に差していたヘアピンを取り、松丸のおでこに突き刺した!

「ギャ、ギャアアアアア!!!!!」

 おでこを抑え、飛びのく松丸。瑠璃は覆いかぶさっていた松丸の下から抜け出すことができた。必死に窓際に逃げる。松丸は額から血を流しながらも、逃げた瑠璃にじりじりと近づく。

「お嬢様…痛いじゃあないですか? まったくお転婆ですね…。ふふふ、でも逃げられませんよ。ほら、鬼ごっこしますか?」
「ふざけないで! 死んでもあんたのモノになんかならない!」

 両親の死後、両親が大切にしてきた会社を守りたいと必死に必死に頑張ってきた。業績も上がり、下がっていた株価も上昇の兆しが見えてきて、これからだった。これからだったのに……!
 10年前から世話役として傍にいた…一番信頼していた松丸に裏切られた。会社からもいらないと言われた。もうこれから誰を信じていいのかわからない。これから何を頑張ればいいのかもわからない。瑠璃は涙が止まらなかった。

 松丸は血を流したことで、更に興奮状態が増しているようだった。捕まったら最後、もう逃げられないかもしれない。今度こそ犯されて、子供を産まされるかもしれない。絶対に嫌、嫌、嫌、嫌…!
 追い詰められた瑠璃は窓を開け、そこによじ登る。窓枠に座り、手を離せばいつでも落ちられる体勢をとる。ちら、と背後に視線を向けるとざわっと一気に鳥肌が立った。いけない、下を見てしまった。20階の高さに慄く。落ちたら確実に死んでしまうと、恐怖が瑠璃の思考を支配する。突然のショッキングな出来事の数々に色んな神経がマヒしてはいるものの、死を感じさせるこの状況はとんでもなく怖い。松丸は瑠璃の決死の姿を見てまずいと思ったのか急に焦りだした。

「お嬢様…! なっ何をしているんですか! そんなところ…危ない!」
「あなたに捕まるよりマシよ。私に死んでほしくなかったら警察に電話させて。あんたを強姦未遂で逮捕してやる」
「お嬢様、なんでわかってくださらないのですか! こんなに愛してるのに!!」
「何が愛よ! わかりたくなんか――――」

 カッとなった拍子に手をすべらせてしまった。すべてがスローモーションに感じる。落ちていく。
 お嬢様!!!――とうるさい松丸の叫び声がかすかに聞こえる。
 色んな思いが瑠璃の頭をよぎった。

 あーあ、死ぬのは最終手段だったのに…。せめて松丸を1000発殴ってから死にたかった。いや、このまま死んだらお父様とお母様に会えるから、これでよかったのかも? ううん、違う。会社を取られて、みっともなく負けて、2人に合わせる顔なんてない…! こんな情けない娘で、今頃天国で悲しんでいるかもしれない。ごめんなさい。ごめんなさい。
 申し訳ない気持ちがこみあげてきてしょうがない。瑠璃の心は後悔と悲しみと、怒りとに包まれた。

 悔しい、もっともっと、強くなりたかった――――。
 もし来世があるなら、絶対負けないから。何をしてでも、勝って見せるから…!

 ブツン―――

 恐らく地面に直撃したであろう瞬間、瑠璃の視界は真っ黒に染まった。そして真っ暗闇の中、瑠璃の体が浮かんでいる様子が見える。

 瑠璃は不思議な感覚に陥っていた。自分の体を上から眺めてるような感覚。これは幽体離脱というやつだろうか。瑠璃の体は何か黒いモヤのようなものに絡めとられ、更に深い闇の中へ引きずり込まれていく。見下ろす自分の体が、ゆっくりゆっくり闇の中に溶けていくのになぜか心地よく感じる。私はこれからどこに行くのだろう?

 《ルリ、あなたには闇の力の素質がある。あなたをこのまま異世界へ連れていきます》

 えっちょっと待って、今何か聞き捨てならない言葉が聞こえたような? 瑠璃は薄れゆく意識の中で謎の声になんとかツッコミをいれる。ああだめ、意識がもう…溶けていく…ええい、もうどうにでもなれ! 瑠璃が開き直ったところで、完全に瑠璃の心と体は闇に溶けてなくなった――








 次に瑠璃が目覚めると、そこは森の中だった。

「あれ、私死んだはずじゃ…」

 松丸とやりあった最後を思い返す。死んで、そのあと意識がなくなって…その後変な声が聞こえたわよね。異世界に連れていくとかなんとか。もしかしてここ、異世界!? いやいやまさか、そんなファンタジーなことあるわけないわよね…。
 そんなことを一人でグルグル考えながらも辺りを見回すと、木陰から白い狼がこちらを覗いていた。大きさ的に屋敷にいたゴールデンレトリバーを思い出す。いや、ただの狼じゃない、あれは…!だって、だって…頭に角が生えているんだもの!

 モンスターってやつ?ってことは…やっぱり異世界!?

 って、ちょっと待って。狼だろうがモンスターだろうが、こんな森の中で出くわしたら襲われるしかないんじゃないかしら!? どうしよう、私、もう一回死ぬの?
 さらにグルグルグルグル瑠璃が目まぐるしく頭の中を回転させていると、角を生やした白狼の見つめる視線に違和感を感じる。敵意じゃない…? むしろ…キラキラした目をしてこっちを見てる!?

 い、一体どういうこと!?


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