あなたが枯れてしまう前に

ノベルバユーザー456566

クロユリ

私がそう問えば、びゅおっと強い風が吹く。
彼の少し伸びた髪がゆらゆらと揺れる。


「そんなの、当たり前だろう!?」


彼は大きな声を出し私を見上げる。
その声に驚き少し肩を竦めればさっくんはごめん、と続かせた。


「さっくんはね、賢いから、長い夢を見ることにしたの。そうでしょう?」
「賢くなんかないよ、ただ……」


ズルかっただけだよ。
そう続く声にかぶせて私は再度、口を開く。


「私はね、さっくんが賢すぎるから、夢から醒めてしまうことを恐れていたの。」
「な、んで……?」


それは当然の疑問だろう。
だって醒めないままで居ていいはずなんてないのに。
きっと生前の私なら前を向いていて、なんて口に出していただろう。
私は視線を空に泳がせる
ああ、伝えるときが来てしまったのか。
私が傲慢で欲深くて自分が可愛いだけの奴か知られてしまう。
と、短く息を吐き彼を真っ直ぐ見据える。


「だって、その方が幸せでしょう?私も、あなたも」


固まったまま声を発せずにいる姿に私は少し微笑う。
驚くと直ぐに固まってしまうのは、初めて知り合った頃からの癖だ。
あんまりにも懐かしくて、視界がぼやける。


「私は、こうなることで全てを失ったの。」
「貴方との未来。貴方という存在。自由に動ける身体。生きるという事。」
「本当は、これからもっとさっくんと出かけたり、美味しいもの食べたり、笑い合ったり、そういう幸せ。全てを失ったの」


ポツリポツリと雨が降るように言葉を漏らす。
こんなこと聞かせたってどうしようも無いのに。
そんな無意味な声を漏らしてしまう。
さっくんだって一緒なのに。
全てを失ったのは一緒だし、なんならこれからそれを抱えて生きていかねばならない。のに。


「だったら、全てがある今に縋ったっていいでしょう?」


そう漏らし視線を落とせば。
ふふ、と優しく笑う声が聞こえた。


「結衣はいつだって、俺の事をいっぱい考えてくれるんだな。その優しくて、ちょっとワガママな所、出会った頃から変わらないんだな。」
「いいよ。なら。いっそのこと全てを捨ててここで永遠に囚われ続けようよ」


視線を上げれば知り合ったばっかりの頃のさっくんがそこにいたような気がした。
私の大好きな、優しくて、意地悪で、頭が良くて、行動力があって……。


こんな素敵な人、本当に独り占めしてていいの?
彼には未来があって生もある。
そんな人を私のエゴで一生ここに?




「2人で美味しいものを食べるのは、叶わないかもしれないけど。きっと、二人にしか楽しめない幸せがあると思うんだ。」


彼の声に思わず小さく横に頭を振る。
いやだ。うれしい。だめだ。でも。
そんな言葉が脳内をぐるぐると回る。
彼は優しく口角を上げ首を傾げる。


「ごめんなさい……。」


思わずそう漏らせば頬を温い何かが伝う。
本当はわかっていた。
生者を縛ってはいけないこと。
さっくんならこう言ってくれること。
それに甘えて一緒を誓えるほど、私に覚悟がないことも。
全部、わかっていた。
もう、終わりにしよう。


「ごめんなさい。私、貴方を縛るつもりも苦しめるつもりも無かったの。後追いまでさせてしまってごめんなさい。」
「いいんだ。俺が会いたくて望んだことだから。」
「ねえ、やっぱり貴方は、私に囚われずに生きて。」


『ずっと、笑って普通の幸せと共に生きて。
貴方が枯れてしまう前に』

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