消えない思い

樹木緑

第179話 懐かしい人達

「どうしたの?
僕だよ?
もう忘れちゃった?」

「先…… 輩……?」

「アハハ 元気にしてた?
ずっと絵を描いてたんだね。
あれ? でも何でフランスなの?」

「本当に先輩……?」

「うん、要君は変わらないね!
あ、でもちょっと髪が伸びたかな?」

「本当に矢野先輩?」

「だからそうだって!
どうしたの?
そんなに僕が恋しかった?」

そう言って先輩は両手をいっぱいに広げた。

僕は周りに人が居たのも構わずに、
先輩に抱き着いた。

それを野口さんはびっくりした様に見ていた。

「先輩、僕、ずっと、ずっと……」

「うん、うん。
分かってるよ」

そう言って先輩は僕の肩をポンポンと叩いてくれた。

先輩の胸の中は相変わらずで、
凄く安心できた。

後ろで先輩の秘書の田中さんが、

“ゴホン”

と咳払いしたので、
そこでやっと、自分はオーナーに会いに
ここまでやって来たことを思い出した。

「あ、ごめんなさい、
僕取り乱しちゃって」

隣で呆然として見ていた野口さんが、

「オーナー補佐とは……?」

と遠慮がちに聞いてきた。

「あ、君は初めましてだね。
赤城さんの秘書さんだよね?
僕はオーナー補佐の矢野浩二と言います。

赤城さんとは高校の先輩・後輩だったんですよ」

と矢野先輩が説明する中、
僕はまだ夢を見ているようだった。

自分の目の前で先輩が話をしている事が信じられなかった。

「何? 僕の顔に何かついてる?
そんなにじっと見つめられると
テレちゃうよ~」

と先輩は相変わらずだ。
それが更に僕の安心感を煽る。

「本当に先輩なんだ……」

「ハハハ、何度も言ってるでしょう?
まだ信じられない?」

僕はコクコクコクと早く首を縦に振った。

「要君、絵、上手くなったね~
凄く洗練されてて驚いたよ。

実はね、橋本さんに要君の絵を見せてもらった時に、
あれ?っと思ったんだよ。
凄く要君の色とタッチに似てたから。

フランスで頑張ったんだね。

後で色々と話を聞かせてね」

僕はまたコクコクと頷いて返事をした。

声に出すと、涙が出てきそうだった。

「じゃあ、座って」

そう促され、僕達はソファーに腰かけた。
そこに先輩の秘書の田中さんがお茶とお菓子を運んできてくれた。

「まあ既に分かってると思うけど、
この会社のオーナーはうちの母親で、
今回の立ち上げに彼女が凄く要君の色を気に入ってね、
これだ!って。
絶対取って来いって橋本さんを押してね。
でも何度もことわられたって聞いて、
どうしてもこの色が欲しいって駄々こねちゃって。
最後には自分が会いに行く~とか言い出しちゃってさ。

まあ、最後には受け入れてもらえて、
凄く嬉しかったらしく、
直接会って労いの言葉を掛けたかったらしい。
ま、逃げられないようにする彼女の作戦なんだけどね」

そう言って先輩はウィンクした。

“あ~ 先輩のウィンクも久しぶりだ~
本当に先輩なんだ~”

何もかもが懐かしい!

そして先輩は続けて、

「僕は後で絵を見せられた口なんだけど、
要君の名前と絵の雰囲気が重なって、
凄く気になって、気になって……
僕も会ってみたいって駄々こねちゃって……
ハハハ こんなところは親子だよね」

と言って笑っていた。

僕はそっと目頭を押さえながら、
涙声で、

「ありがとうございます、
ありがとうございます」

と繰り返していた。
先輩は僕の頭をポンポンと叩くと、

「ねえ、この後、一緒にランチしようよ。
僕、良い所知ってるんだよ」

とのランチに誘ってくれた。
それに僕はうん、うんと頷いた。

先輩との劇的な再会の後、
僕達は先輩のお母さんも合流し、
彼女とも会って話すことが出来た。

先輩のお母さんも先輩みたいに凄く奇麗な人で、
とても気さくで優しかった。
先輩のお母さんに会った時に、
先輩のルーツはここなんだなと思った。
それくらい先輩のお母さんと先輩は雰囲気が似ていた。

僕は、思いがけないところで、
凄く心地の良い場所を見つけてしまった。

逆に今になって、
もし頑なにこのオファーを拒んでいたらと思うと、
ゾッとした。

まだまだ行き詰まってる状態たけど、
矢野先輩と再会できたことは、
この状況の中に居て、天国見たような気分だった。

そして先輩が連れて行ってくれたランチは、
またまた思いがけない泣きたくなるような所だった。

「ここは……」

「懐かしいでしょう?
絶対気に入ると思ったんだ!」

スペイン風な外観と花屋さんの様に
植えられた沢山の鉢植えの花や観葉植物。

外庭には小高い木々の下にテーブル、
丁度良い具合に出来た日陰。

小さなウィンドウから見た内側は、
明るい感じの柔らかい雰囲気。

僕はドアの前に立ち止まると、
また震えが出てきた。

「数日前から連絡とってたんだよ。
もし、今日本当に来るのが要君だったら
スタンバっててって!」

そう言いながら先輩がドアの取っ手に手を掛けた。

僕の心臓がまた早鐘の様になり出す。

ドアノブを回す先輩の手がスローモーションのように動いた。

ドアが開き中を見ると、見知った顔がすぐそこに在った。

中から流れて来る空気の匂いさえ懐かしい。

6年前と変わらない場所に、また涙が出そうになった。


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