消えない思い

樹木緑

第176話 東京再び

「当機は間も無く東京羽田空港に到着致します……
…………………お戻し下さい」

「う~ん……」

「お客様、お客様……」

「う……う〜ん」

「お客様……」

ちょっと目を薄っすらと開けると、
そこには僕に話しかけるフライトアテンダントがいた。

そうだ……
僕たちは今、東京へ帰る飛行機の中だった!

「あ、すみません……」

そう言って僕は、よだれを垂らして無かったか
口周りを手で拭った。

「大変申し訳ありませんが、
当機は間も無く着陸体制に入りますので、
お座席を元の位置にお戻し願えますか?」

僕は寝ぼける眼で陽一を見下ろした。

彼は未だにス〜ス〜と眠っている。
そしてハッとすると、

「あ、すみません、直ぐに戻します」

と慌てて言うと、フライトアテンダントは
ニッコリと微笑んで、会釈して進んでいった。

「陽ちゃん、陽ちゃん」

そう言って陽一をさすって起こそうとするけど、
う〜んと唸るだけで起きてくれない。

「陽ちゃん、もうすぐ東京だってよ。
起きないと置いてかれるよ」

そういうと、一応目は開けたけど、
また眠ってしまった。

“座席動かしたら起きるかも?”

仕方がないので、陽一は寝かせたまま
座席を元の位置に戻した。

それでも起きてくれないので、

“まっ、いっか。どうせ最後にならないと降りないし!”

と思い、そのままにしておいた。

陽一越しに窓のブラインドを開けると、
真っ青な空が広がり、
飛行機はだんだんと高度を下げながら、
まだ遠くに見える東京湾に向かって進んでいった。

下を覗くと、海の水がキラキラとして、
直ぐ近くに見える。
先を見ると、どんどんと東京の街が大きくなり始める。

「ついに……」

そう思って僕はまた目を閉じた。

飛行機は東京湾の上をゆっくりと大きく旋回をしながら、
羽田空港へと入って行った。

数分すると、機内の明かりが一斉にパッとついたので、
目を開けると、もう滑走路がそこに見えていた。

ヒュッという感覚と共に飛行機が着陸した。

“割と早かったな”

そう思っていると、

「うわ~ びっくりした~」

着陸と、ブレーキの振動で、
陽一がびっくりとして目を覚ました。

「陽ちゃん、東京に着いたよ」

僕がそう言うと、陽一は興奮したように、

「初めましてTOKYO!」

と大声で挨拶をしていたので、
僕はすごく恥ずかしかった。

周りをチラッと見ると、

近くにいた人々の声が聞こえてきた。

「あら〜 可愛いわね〜」

「元気なお坊ちゃんね〜」

等々。

僕は苦笑いしながら隣の列に座っていた人に
会釈した。

「当機は只今、東京羽田空港に着陸致しました。
ただいまの現地の時刻は……」

機内放送をバックグラウンドに、

「陽ちゃん、着いちゃったね。
大丈夫? もう目は覚めた?」

と尋ねると、陽一は数回瞬きをして

「うん! 僕は大丈夫だよ。
お祖父ちゃんとお祖母ちゃんちゃんと来てるかな?」

と完全に起きたようだ。

「大丈夫だよ。
ラインにもう来てるってメッセージ入ってたよ」

そう言うと、目をキラキラとさせて外を眺めた。

「これが東京か〜
あっという間についちゃったね」

「まあ、陽ちゃんは殆ど寝てたからね。
これでも12時間くらいかかってるんだよ?」

陽一は僕を見上げて、

「え〜 12時間ってどれくらい?
お祖父ちゃんの映画を見るくらい?」

と尋ねた。

そうか、時間の感覚はまだ分かんないか……

「そうだね、お祖父ちゃんの映画を6回見る様な感じかな?」

「う〜ん やっぱりわかんないや!
いっぱいってことだね」

と、やっぱりどれくらいの長さなのかは
良くわからないようだ。

「あ、ドアが開くみたいだよ。
僕たち荷物があるし、
っくりだからから最後の方に降りようね」

そう言うと、陽一がそわそわとした様に
行きゆく人たちを眺めた。

隣の列に座っていた老夫婦が、

「お利口に出来てたね~」

と陽一を褒めてくれたので、
陽一はエッヘンと言う様な感じだった。

少し人見知りがある僕とは違って、
陽一は人懐っこい。

そんなところは僕のお父さんに似ているのかもしれない。

後ろを振り向くと、
僕達と同じように、小さい子供の居る
数組の人たちを残して、殆どの人は先に行ってしまった。

僕たちの後ろに、ほとんど人が居なくなると、
フライトアテンダントの人が、

「お荷物は大丈夫ですか?
お手伝い致しましょうか?」

と声をかけてきてくれたけど、

「大丈夫です。
有難うございます」

とお礼を言い、陽一とドアに向かって歩いて行った。

陽一はきた時と同様、
走ってドアまでいこうとしたので、

「陽ちゃん!
走っちゃダメだよ!」

と叫ぶと、そこに立ち止まって、
ちょうどそこに立っていたフライトアテンダントさんに、

「ありがとうございました!」

と元気よく挨拶をしていた。
そこに居たフライトアテンダントさんは、

「僕、寝ちゃってたからこれ、
上げれなかったから、はいどうぞ」

と、おもちゃを渡してくれた。

それは、飛行機のプラモデルだった。

「うわ〜 かっこいい〜
お姉さん、ありがとう!」

そう言って、

ぶ〜んと飛行機を回しながらまた走って行った。

僕はヤレヤレと思いながら飛行機を降り、
陽一の手を取ると、
入国審査まで手を引いたまま歩いて行った。

途中、陽一がおトイレに立ち寄ったので、
僕たちが入国審査にたどり着いた頃には、
結構人も少なくなっていた。

何も問題なく入国審査を済ませると、
カートを取ってきて、
スーツケースの受け取り場までやってきた。

「陽ちゃん、ここで待っててね。
スーツケース持ってくるから」

そう言って、陽一を僕の立ち位置に近い
支柱の所に立たせると、
僕はベルトのところまで進み
自分達のスーツケースを待った。

暫くすると、無事に二つとも出てきた。

僕はスーツケースをカートに乗せると、
その他の手荷物も一緒に乗せ、
税関へ進んだ。

中にはスーツケースを開けたり、
違う場所に連れて行かれる人たちも居たけど、
僕達は普通に進むことができた。

税関を通り、ドアを潜ると、
向こう側では、沢山のお迎えが来ていた。

「お祖父ちゃん達どこだろうね〜」

そう言って見回すと、

「陽ちゃ〜ん! 要く〜ん!」

と、相変わらず危ない人みたいな変装をしたお父さんがそこに立っていた。

お父さんの変装を初めてみた陽一は一瞬怖がって引いていた。

「大丈夫だよ。
ちょっと変な人っぽいけど、
あれ、お祖父ちゃんだよ」

そう言うと、お父さんは陽一に顔を近づけて、
そっとサングラスを外すと、

「おかえり、陽ちゃん」

と一言声をかけた。

それで陽一も本当にお祖父ちゃんだと分かったようで、

「お祖父ちゃん、なぜそんな格好してるの?」

と不思議そうに尋ねていた。

陽一にはまだまだ難しくて理解し難いことが
沢山ありそうだ。

「お帰り要」

お母さんも後ろからそう言うと、
後ろから僕の肩を抱き抱えてくれた。

「じゃあ、懐かしい我が家へ帰りますか?」

お父さんの掛け声と共に、
僕達は家路へとついた。

家に帰ると、
僕の部屋はそのままとってあって、
僕の部屋に入り次第、6年も経ってるのに、
いままでフランスに居たのが嘘みたいな気がした。

「来て来て、陽ちゃんのお部屋もあるんだよ」

そう言って連れて行ってくれたのが、

妹か弟が出来た時のためのエキストラの寝室。

「きっとこの部屋は陽ちゃんの為だったんだね。
この時の為にに作っておくよう
お告げを受けたんだね」

とまた、訳の分からない事を言い出したお父さんについて
陽一の寝室に行ってみると、
もう、それはそれは沢山のおもちゃに囲まれた
玩具屋さんのような部屋と化していた。

ベッドの周りにはレールの上を走る電車が走り、
天井には飛行機がブンブン回りながら飛んで、
アニメに出ていたであろう様な合体ロボットのプラモや、
陽一よりも大きなぬいぐるみがベッドの上や床を占領し、
終いには、クローゼットにズラ〜っと並べられた
洋服達の山……

お父さんの陽一の可愛がりっぷりを見て
こうなることは分かってた筈なのに、
日本へ帰ることに気が張っていて
この事はすっぽりと自分から抜けていて、
お父さんに念を押すのを忘れていた。

でもこうなっては後の祭り。

陽一は目をキラキラとさせながら、
早速おもちゃで遊んでいる。

そんな陽一の遊ぶ姿をお父さんも
目を細めて眺めている。

陽一が一緒に住むことがすごく嬉しいのだろう。

ここは親孝行として、
暫くはたっぷりと陽一を甘やかす特権をあげようと思った。

そうしてようやく、
僕は帰ってきたんだな~
と実感した。


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