消えない思い

樹木緑

第173話 やって来たリクルーター

水曜日が来て、
僕はリクルーターに会った。

リクルーターの名前は橋本由麻さんと言って、
橋本さんは、美術関係の総合会社でインテリアアートの
アーチストのリクルートを担当していると言う事だった。

僕の事は展示会を回っている時に知り、
僕の使う水彩の色と、タッチが今回の企画に合うと
狙いを定めて尋ねて来てくれたみたいだ。

その企画とは、キャンバス画は勿論のこと、
インテリアに関する色を持つもの、
例えばソファー、カーテン、ラグ、キッチン用品、
小物などの色んなもののデザインや、
色彩を水彩画風で取り入れると言うことだった。

会社概要や、彼女が探している分野の資料などを提示された。

内容としては面白そうで、
やりがいがありそうだ。

提示されたお給料も申し分無い。
これだと、陽一に少しの贅沢をさせてあげることが出来る。

ただ一つネックになったのが、
東京に住まなければいけないと言うことだった。

僕はその場で返事をすることが出来なかった。
暫く考えさせてくれと言って、
そこは名刺を頂き、
僕の連絡先を渡して別れた。

僕は何度も、何度も考えたけど、
東京に住む姿が思い浮かべなかった。

もし僕が東京に帰っている事が先輩のお父さんに知れたら?
もし僕が陽一を隠して産んでいる事を知ったら?

恐らく陽一はΩだ。

そんな子は知らない、
家とは関係ないと言われるだけだったら問題ない。
でも、もし陽一を拐われて
二度と会えないところに連れて行かれたら……

そんな事をグルグルと考えていると、
中々決心がつかない。

それに先輩に会う確率は?

生活圏内は東京都内という面では同じかも知れないけど、
狭いボックスの中で生活する訳では無い。
東京都内と言っても、誰かと偶然に会うには広い。
校区内にいる友達でさえも、
学生の頃は学校にでも行かない限り街中で偶然に会ったりしなかった。
また、先輩とは生活レベルがガラリと違うので訪れる場所も違うだろう。

そんな中で僕たちがもう一度偶然に出会うと言うことは……?

恐らく、まず無いだろう……

そうすると、先輩のお父さんに会う確率もないかも知れない。

あれから既に5年が経っている。
卒業してから日本へ行くとすると、6年。

多分僕が帰国しても、僕に監視が付くことはないだろう。

でも全ての確率はゼロでは無い。

もしかしたら結局は断り来れなくて、
長瀬先輩と既に結婚しているかもしれない。
いや、長瀬先輩と結婚してなくても、
違う人と結婚したかもしれない。

又は、先輩には新しい恋人がいるかも知れない。

先輩はすごくモテた。
結婚していなくても、
6年間もシングルでいるとは考えられない。

今はまだメディアで
先輩の政界進出のニュースを目にする事は無いけど、
もしメディアに出て来るようになって、
先輩の状況を少しでも知ってしまったら、
僕は耐えられるのだろうか?

ダメだ。
僕は先輩と再会することは疎か、
まだ先輩の事を耳にする覚悟さえも出来ていない。

あの夏、僕の中に芽生えた感情はどうしても消えてくれない。

新しく舞い込んできたチャンスはとても魅力的だけど、
僕にはどうしても東京に戻る勇気が無かった。

それで今回は残念だけれども、
お断りをさせて頂くことにした。

リクルーターの橋本さんはとても残念がっていたけど、
無理強いは出来ないからと、
僕の出した答えを受け入れてくれた。

僕は毎年、春、夏と授業を取っていたので、
夏前には卒業に必要な単位が全て取れた。

そこで、早く社会に出ようと、
エキストラの単位は取らずに、
夏前の卒業を決めた。

これからは、24時間絵を描くことに集中できる。
アトリエは無いけれども、
絵を描くのは大好きだったので、
せまいリビングで絵を描くことは苦にはならなかった。

ポールの事務所でのバイトも、
卒業で一応終わらせることにしておいた。
新しい雑務の子と引き継ぎをして、
僕は完全に独り立ちした。

勿論親からの援助も断った。

これまで貯めた貯金を切り崩しながら、
画家として、軌道に乗るのを待たなくてはいけない。
少し不安はあったけど、
自分の足で立っていけると言うことに希望を持った。

そんな夏も近い卒業まじかの頃、
僕は一通の電子メールを受け取った。

橋本さんからだった。

色々と絵画展を回ってみたけど、
僕以上の色とタッチに出会えなかったと言うことだった。
それで、どうしてもやっぱり僕の色が欲しくて
考え直してくれないか?と連絡していると言うことだった。

僕は、僕の才能が認めてもらえる事がすごく嬉しかった。

でも、やっぱり僕の考えは変わらないと、お断りをした。

そうしたら、期間限定で僕の色を売ってみないかと言う事で、
今回はフランスからでも構わないと言う事で、
果たして自分の色が世間に認めてもらえるのか度胸試しがしたくて
今回限りに於いて、受け入れた。

橋本さんは、僕に何パターンかの
涼しげな夏を連想させる色合いを要求して来た。

とりあえず、卒業に必要な
全ての重要な試験や提出物はすんでいたので、
橋本さんのリクエストに全力投球する事ができた。

提出期限は2週間だった。

僕の色彩はカーテンになるようだった。

2週間いっぱいを使って、
僕は僕なりの色とパターンを提供した。

そして提出をしたあと、割と素早く商品化できた。
恐らく、すべての企画が揃えられて、
僕の色を受け取るだけになっていたのだろう。

僕が出した色彩のカーテンは反響が良かったようだ。

一人暮らしの若い女性や、
ティーンの女の子の部屋のカーテンとして、
割と高い需要があったようだ。

橋本さんは、僕のカラーとタッチは
若い世代の女性に人気が出ると踏んでいたようだ。

そして彼女が思った様な結果が出た。

夏が過ぎて、秋も半ばになった頃、
橋本さんの方から
僕のデザインしたカーテンの需要統計が送られてきた。

マーケティングに関する資料と、
消費者のアンケートなども細かく取られていて、
全てが上手くまとめられていた。

今回の期間限定の販売が成功と終ったので、
橋本さんからは、四季を通して
シリーズ化したいとの打診もあった。

確かに、僕の色が
日本では売れそうだと言うこともわかった。
もしかしたら、ソロでやるとしても、
フランスよりは日本の方がいいかも知れない。

恐らく僕の色彩感覚は
日本人の好きな色彩感覚に近いかも知れない。

でもやっぱり先輩の事を考えると、
どうしても決められない。

僕はあの時の先輩のお父さんの顔が今でも忘れられない。
今思い出しても背筋が凍る思いだ。

そんな関係に陽一を巻き込みたく無い。

凄く心苦しかったけど、僕はやはり断ることにした。

そんな中、僕の悩みを最初に気付いてくれたのがリョウさんだった。

「どうしたの?
最近浮かない顔してるけど、
何かあったの?」

僕は、日本からリクルートされてる事をリョウさんに話した。
そして、期間限定で商品化して、反響がよかった事も話した。
でも、先輩の事や先輩の両親の事を考えると、
どうしてもいい返事ができないとも話した。

でも、僕自身はチャレンジしてみたい気持ちもある。

リョウさんは、

「要君が1人で戦わないといけないと思ってるからダメなんだよ。
要君は1人じゃ無いんだよ。
人は一人では生きられないんだよ?

佐々木先輩は今はどうなってるかわからないけど、
彼の事で一人で悩まなくても良いんだよ?

要君にはあんなに立派な両親もいる。
彼等は惜しみなく要君をサポートしてくれる。
大人だからと、母親だからと、
何でも一人でやってしまわなくっても良いんだよ?

甘えは罪じゃ無いんだよ?

それに僕たちが居る事も忘れないで! 

戦う事を恐れないで。

要君には守るべき人がいるでしょう?
その人を一番に考えて。
逃げる事だけがその人を守る事にはならないんだよ。
僕はその事を要君に教えてもらったんだよ」

と言ってくれた。

「それにね、僕はαの社会に居たから情報が流れて来たんだけど、
今、日本ではね、水面下でΩ革命が起きようとしてるんだって」

とも教えてくれた。

なんでも、大きな団体が立ち上がり、
今の日本におけるΩの扱いを変えようと、
そういう働きが出ているみたいだ。

第二次性の差別をなくし、全てを平等化し、
Ωだからとかの理由を持って扱ったものは
法的に罰を受ける様法改正も呼びかけているみたいだ。

又、Ωに関する医療なども国がほとんどを負担するとか、
医療に対しての働きも出ている様だ。

Ωに対する扱いが、
日本でも変わりつつある。

αの家系が~ 云々の世代が変わる……

僕はリョウさんの情報を聞いた時に、
何かがストーンと落ちた様な気がした。

そんな時に、橋本さんからもう一度メールが来た。

彼女は、会社のオーナーさんと社長に直談判に行き、
僕の作品を掛け合い、
もっと条件を良くしてはどうだ?
ということで話し合いをしたらしい。

僕としては、条件でお断りをしていた訳では無かったけど、
新しく提示を受けた条件はぐうの音も出ないようなものだった。

内容としては、給料の引き上げとベネフィット、
アトリエの提供や時間の融通など……

どれをとっても、身に余る待遇だったけど、
東京での就業だけは免れないようだった。

それで会社の社長さんが、
さらなる説明をしたいと、
わざわざ日本から僕に会いに来たいと言う事だった。

橋本さんからはそのメールが来た頃には、
条件の云々は横に置いといても、
自分の為にも、陽一のためにも、
前向きに考えてみようと思い始めた頃だった。

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