消えない思い

樹木緑

第170話 走る要

僕はリョウさんが去ってから、
30分位カフェでグルグルとしていた。

一端時計を見て時間を確認すると、
午後は授業があるのにもかかわらず、
事務所に向かって走った。

“夕方の便……
何時くらいだろう……”

事務所に着き、勢いよくドアをバーンと開けると、
今日のポールの予定表を見た。

“ポールは……
今日は……
良かった、今日は広告のスチール撮りだけだ
あ、でもちょっと遠いや……
どうしよう……
今行けば、間に合わないことも無いけど……“

その時ルイの部屋のドアが開いた。

「あれ? カナメ、今日は早いね?
まだ入る時間じゃないでしょう?」

「ちょっとチェックしたい事があったので確認しに来たんですが、
あの、僕の今日の割り当ては……?」

「う~ん 今日はね、
アンケートの集計をして欲しいんだけど、
良いかな?」

「はい、あの……
それって今日提出でないといけませんか?」

「いや、別に今日中って訳じゃないけど何か急用が入った?」

「急用って程ではないんですけど、
ちょっとポールに伝言があって……」

「それって電話では出来ないの?」

「多分、会って話した方が……」

「分かった、今日はポールはスタジオBにいるから行っておいで。
気をつけてね」

「ありがとうございます!」

お礼を言い、僕は急いで事務所を出て、地下鉄へ向けて走った。

地下鉄を使うと、30分ほどで着ける。

地上に出て、今日の東京行きの夕方の便を探してみたら
一つあった。

“多分これだ……
18:30 OX便 東京羽田……
今いけばギリギリか?“

そう思いながら、携帯を握りしめて、
スタジオBまで走った。

地下鉄の出口からそう遠くはない。

スタジオまで来ると、お掃除をしているおばちゃんがいたので、
ポールはどこのスタジオを使っているか聞いたら、
ポール達の班は場所を移したと言われた。

“え? こんな時に限って……
いったいどこに……”

おばちゃんはちょっと待ってと言うと、
受付に行って聞いて来てくれた。

どうやらスタジオの離れの庭にいるようだ。

離れはここからそんなに離れていない。
でも、時間のロスは出て来る。

僕は少し焦りだした。

国際線の搭乗は出発の45分前と早めに始まる。

僕は時間を逆算してみた。

込んでいる場合を考えて……
チェックインに1時間ほど掛かるとして、
セキュリティーも…… 
そうだな、1時間ほどみていた方がいいかもしれない。
それからゲートまで長くて15分として……
3時半には空港に着いていないと、
リョウさんに会える確率は減っていく。

今は2時……

ポールが素直に空港まで行ってくれれば
ギリギリで3時半に間に合うはず。

離れに着くと、ポール達の御一行が
撮影をしている現場が見えた。

僕は近くまで行きポールを探すと、
椅子に座り、メイクチェックをしているポールを見つけた。

「あれ〜 カナメ?
どうしたの? 今日の現場はここ?」

最初に気ついたのはアデルだった。

僕はアデルに手を振ると、
ポールの方を指差した。

アデルがボールの肩をトントンとたたき、
耳打ちすると、僕の方を指差した。

ポールが指を僕に向けておいでと合図すると、

「どうしたの? そんな血相変えて?」

と声をかけてきた。

「ちょっとこっち来てもらえる?
大きな声ではちょっと……」

そう言うと、

「もう私のパートは終わったから良いわよ」

そうアデルに言われ、ポールが僕について、
現場の隅に来てくれた。

「長く掛かる?
次は僕の出番なんだけど……」

「ごめん、邪魔しちゃって……
撮影押してるとは思ったけど、
さっきリョウさんと会って少し話して……」

「え? リョウ、また要君の所に来たの?」

「う~ん、来たと言うか、いや、来たんだけど、
無理やり捕まえて……」

「捕まえて? 何話したの?」

「リョウ、ポールに会いに来たんだって。
でも今日の夕方の便で日本へ帰るって……
ねえ、リョウさんに会ってあげてよ!
今いけば、きっと間に合うよ。
僕、それ伝えたくて……」

ポールは深呼吸して、

「あのね、要君、
僕たちはもう終わったって言ったでしょう?
それに僕はまだ撮影が残ってるし、
どっちにしろ行けないんだよ?」

と言った。

「でもポール……
まだ彼の事好きなんでしょう?
僕には隠しても分かるんだよ?」

「要君、本当に僕達は終わったんだ。
もう彼の事は忘れた。
僕は先に進んでいるんだ。

それに今は陽ちゃんのパパになりたい!」

「ポール!
ずっと良くしてくれたことは凄く感謝している。
ポールが居てくれなかったら、
僕達はフランスでここまでうまく暮らしていけなかったと思う。
本当にポールには感謝している。

でも、自分の問題を僕達を言い訳にしてすり替えないで!」

僕には、ポールがまだリョウさんの事を思っていると言う
絶対的な確信があった。

「ポール!
話は終わったのかな?
君が必要なんだけど!」

向こうからカメラマンが呼んでいる。

僕は、負けずとポールを見つめた。

「ポール!」

カメラマンの2度目の呼び声と共に、
ポールは撮影現場へと戻って行った。

“どうして?
どうして?
まだ好きなんでしょう?
戻れるチャンスがあるんだったら、
何故そのチャンスをものにしないの?

もし僕にそのチャンスがあるんだったら……”

泣きそうなるのを堪えながら、
僕は撮影現場から走り出した。

“僕だけでもリョウさんに会いに行こう!”

そして僕は、今来た道をまた戻った。

地下鉄に乗って、ダウンタウンまで行き、
そこからバスに乗り換えた。

空港に到着したのは3:30丁度。

僕は急いでリョウさんをさがした。

まだ来てないかもしれない……

暫くOX空港のチケットカウンターの前で待ってみたけど、
リョウさんは一向に現れない。

3:35 まだ来ない……

3:40 まだ……

3:45 もうセキュリティー通過したのかな?
もうちょっとだけ……

4:00になった。

どうしよう……
そう思った時、遂にそこにリョウさんが現れた。

「リョウさん!」

僕は大声で呼びかけると、
大きく手を振った。

「要君! どうしたの?
空港に何か用があったの?
偶然だね!」

心なしかリョウさんの目が赤く腫れている。
多分今まで泣いていたんだろう。

「リョウさん待ってたんですよ!
荷物一つ持ちますよ」

そういって、彼のキャリーケースを受け取り引いた。

「あの…… 実はリョウさんと話をしてから
ポールの撮影現場まで行ってリョウさんの事を伝えたんです。
でも撮影があるから抜けられないって……」

ホントに頑固なんだから!
そう言って僕は握りこぶしを作った。

リョウさんは静かにクスッと笑って、

「大丈夫だよ。
僕の為にわざわざ撮影現場まで行ってくれたんだね。
ありがとう。
ポールの事はもう吹っ切ることが出来たから良いんだよ。
こうやってフランスまできて行動を起こせただけ、
自分をほめてあげるよ。
ずっとモヤモヤしてたから、
これでやっとケリが付けられるよ」

と少しすっきりしたような雰囲気も出して見せた。
こういうことは本人達に任せるべきなんだろうけど、
僕はまだ納得していない。

「でも、僕、絶対ポールはまだリョウさんの事を……」

「もう僕達は10年前に終わってたんだよ。
それを再確認できただけ儲けものだよ。
これからは僕も前をむいて歩いて行けそうだ。
要君にここで会えたこと、凄く嬉しかったよ。
日本に来たら是非ここを訪ねて。
絶対また会おうね」

そう言ってリョウさんは僕に名刺をくれた。

リョウさんはカウンターにスーツケースを預けると、
チケットとスーツケースの引換券をもらい、
セキュリティーへと進んでいった。

「ねえ、もうちょっとしたら、もしかしたらポールが来るかも……」

リョウさんは時計をチラッと見ると、

「実を言うとね、僕も最初はそう言う期待があって、
ゆっくりとチケットカウンターに進んだんだけど……

もう本当にセキュリティー通過しないと、
そろそろやばいんだよ」

と言った。

そう言われて時計を見ると、
もう5:45分になっていた。

「そんな……」

空港内アナウンスでは、
もう直ぐ搭乗が始まる案内もされている。

「ここまでだね。
色々と本当にありがとう!」

そう言うと、リョウさんはニッコリ笑って
大手を振って先に進んでいった。

僕は凄くポールに腹が立っていた。

もしこれが佐々木先輩だったら、
僕が変わって欲しかった!
二人には何の障害も無いのに、
こんなにリョウさんが勇気を出して会いに来てくれたのに!

どんなに望んでも、
どんなに後悔しても、
僕はもう佐々木先輩に会う事さえできない。

僕達も、もうあれから4年が経ってしまった。

僕には佐々木先輩が今でも
僕の事を思ってくれてるのかさえも分からない。

もしかしたら、長瀬先輩と既に結婚しているかもしれない。

僕の思いは今でもここにあるのに、
何時になってもこの思いは浄化することが出来ない。

ポールの煮え切れない態度が凄く腹立たしかった。

八つ当たりなのは分かっている。

でも、佐々木先輩と僕の事を比べた時、
どうしようもない怒りが込み上げてきた。

僕はリョウさんがセキュリティーのラインに並んで
進んでいく姿をすっと見送っていた。
そうしてリョウさんがその人ごみの中に消えていくのを確認した。

凄くじれったかった。
納得できなかった。
でも僕にはどうしようも出来なかった。

リョウさんの力になれなかったのが悔しかった。

そして返ろうと出発フロアーのドアを潜った時、

「リョウ!」

と後ろの方から、小さくポールの叫ぶ声が聞こえてきた。

“え? ポールの声?”

「リョウ! リョウ!」

その声が段々大きくなって近ずいてきた。

僕が振り返ると、

ポールがそう叫びながらセキュリティー目掛けて
走って来るのが見えた。

人々はポールに注目し、周りはポールに気付だした。
空港がざわざわとし始め、彼の周りに人だかりが出来始めている。

「ポール! ここだよ!」

僕は精一杯大声を出してポールを呼んだ。

「要君……
リョウは?
リョウは?」

ポールは凄く慌てていた。

人ごみをかき分けながら、僕のところまで来ると、
僕はポールに向かって捲し立てた。

「遅いよ!
もうセキュリティー潜っちゃったから聞こえないよ!
どうしてもっと早く来なかったの!

搭乗の案内もあってたから
今頃はもう飛行機の中かもしれない……

折角有休取って、はるばる日本から会いに来てくれたのに!」

そう言うと、ポールは僕をギュッと強く抱きしめた。

そして、

「ごめん」

と一言言った。

僕がえっ?としたようにポールを見上げると、

「次の便で追いかける」

そう言って、チケットとパスポートを僕に見せると、
ポールは大きく笑って、
また僕に大きくハグをして、
セキュリティーの中へと消えて行った。


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