消えない思い

樹木緑

第159話 初めまして赤ちゃん

「撮影大丈夫なの?!」

「心配無い、無い。
今は要君の方が大事!」

「え~ でも……!」

ポールの肩越しに撮影現場を見たけど、
その場は問題なさそうに進行していた。
心配いらないかな?
僕がソワソワとして撮影現場を見ていると、

「ほら、ジッとしてないと落っこちゃうよ!」

そう言ってポールが、僕を自分の胸に押さえつけた。

「ポール!
そんなぎゅうぎゅうしたら息できないよ。
でも、僕重くない?」

「何言ってるんだ!
要君は知らないかもしれないけど、
僕達モデルは体が資本だから何時も鍛えてるよ。
これくらい軽いもんさ」

僕を抱えて颯爽と歩くポールを見上げると、
流石モデルと言うか、
鎖骨から首、それから顎のラインへと、
凄く奇麗な形をしていたことに見とれた。

「表通りに出たらタクシー拾うから」

そう言うポールに、

「大丈夫かな?
破水した妊婦なんてちゃんと乗せてくれるかな?」

と尋ねると、ポールはあまり気にして無さそうだった。

通りに出ると、
直ぐにタクシーは見つかった。

心配していた乗車拒否も無く、
運転手は快く僕達をタクシーに乗せてくれた。

「最近孫が生まれたんだ!
君も頑張れよ!」

そう言って、逆に励ましてもらった。

タクシーから病院へは電話を入れておいたので、
説明された入り口にタクシーを付けてもらった。

タクシーの運転手に丁寧にお礼を言うと、
僕達はタクシーを降りた。

産婦人科へ行くと、
皆が

えっ?

と言うように僕達を見た。

でも、やはりここは病院なせいか、
皆チラチラと見るだけで、
黄色い声を出すことは無かった。

ここに居る人たちは
割と常識があるみたいだと思ったのも束の間。

僕達の撮影現場での行動の一部始終は
多くの人に写真に撮られていたみたいだった。

後でわかった事だけど、
その光景は直ぐにSNSに拡散されたらしい。
ポールに新恋人発覚?!
お相手は誰? 顔見えず残念!

等、顔が出なかった僕の正体に皆、興味津々の様だ。

またSNSはおろか、週刊誌でもすっぱ抜かれた。
撮影現場に来ていた記者に撮られたのだろう。

僕は良く知らなかったけど、
ポールはプレイボーイらしい。
今まで多くの有名人と浮名を流したようだ。
そして僕の事を新しい恋人と思われたようだ。

僕は、顔出しされて、
日本にまで拡散されたらどうしようと思っていたけど、
要らぬ心配だった。

不幸中の幸いか、
僕の顔はSNSにも週刊誌にも出なかった。

きっとこういう事に慣れていたポールが、
咄嗟に僕を隠してくれたんだろう。

病院では、写真こそ取る人は見受けられなかったけど、
やはりポールがガッチリと僕をガードしていてくれた。

待合室に座っていると、
名前が呼ばれた。

診察室に入って行くと、
バイタルなどのチェックが行われ、
何も問題が無かったので、
直ぐに手術をすることになった。

「お父さんも手術室に入られますか?」

ドクターの問いに、

「是非!」

とポールは答えていた。

「え? ご主人???
ポールはご主人じゃ無いでしょう?
そこはスル~?
ご主人と間違われたままでいいの?
多分ここのスタッフ、
モデルのポールだって気付いてるよ?」

そんな僕に、ポールはウィンクをして目配せをしていた。

まあ、ポールが間違えられても良いなら
それでも良いか~
やっぱりお祖父ちゃんなドクターにはポールの事分かんないんだな。

僕は手術台に横たわり、そんなことを考えていた。

もう直ぐ麻酔がうたれると言う所で、
お母さんが到着した。

ポールが緊急でスタジオに連絡し、
お母さんを呼び出したようだ。

良かった。
連絡が取れて……

僕一人だったら、ホントにどうしていいか分からなかった。

お母さんもポールも直ぐに手術付添用の防服に着替え、
手術室に入って来た。

その頃、僕は麻酔を打ち終わり、
ベッドの上で麻酔が効いてくるのを待っていた。

僕に使われたのは下半身のみの
脊椎に打たれる麻酔が使われた。

「気分はどう?」

お母さんが尋ねた。

「いよいよって感じではあるけど、
ドキドキの方が大きいかな?

帝王切開は少し怖いけど、
お母さんが来てくれて何とか落ち着いた。

それより、予定より出産早くなっちゃたけど、
赤ちゃん大丈夫かな?」

僕はそっちの方が心配だった。

ドクターによると、35週だと早産になるらしいけど、
赤ちゃんが普通に育つ確率はかなり高いらしい。

まだ肺が出来ていないから、
自家呼吸できないと、
保育器に入るらしい。

でも、心配はいらないと言われたので、
ここはドクターに頼ることにした。

「大丈夫だよ、僕もポールもずっと要に付いてるからね」

お母さんが僕の手を握る後ろで、
ポールがガッツポーズをしていた。

麻酔のドクターが麻酔の効きを確認しに来た。

「これ感じる?」

フルフルと首を振った。

「じゃあこれは?」

「いいえ」

「じゃあここは?」

「何も感じません」

「じゃあ、大丈夫なようだね」

麻酔医のその一言で僕の胸に下半身が見えなくなる
幕が引かれた。

そこにドクターが現れ、

「プレッシャーは感じると思うけど、
直ぐに終わるよ」

そう言われ、僕は静かに目を閉じた。

金具の音がすると、
いかにも切ってますというような感じを受け怖いので、
僕は外音が聞こえない様に神経を集中させて、
頭の中で歌を歌った。

お母さんとポールは僕の顔の方に居て、
ずっと僕を励ましてくれた。

いつ手術が始まったのかわからなかったけど、
ここ、あそこで、ちょおとお腹を引っ張られるような、
押されるような感覚はあったので、
恐らく手術は始まっていたのだろう。

そう思っていると、

「フギャ~」

という元気な声と共に、

「おめでとうございます。
男の子ですよ」

という声が聞こえた。

「え? もう生まれたの?
ちょっと早くない?」

僕はそう思ったけど、
帝王切開はこんな物らしい。

呆気に取られていると、

「お父さん、へその緒切りますか?」

と、またポールに尋ねている声が聞こえてきた。

え? 今度はお父さん?!

そう思ったのも束の間。

ポールは

「是非!」

と答え、ドクターから、
ハサミを渡され、切る場所などの説明を受けていた。

僕が あ~ あ~ と思っているうちに、
ポールによってへその緒が切られた。

へその緒の切られた赤ちゃんは、
直ぐに僕の胸の上に置かれた。

今まで散々押され、引っ張られ、
切られたりして大変だったのに、
赤ちゃんは大胆にも、もうスヤスヤと眠っていた。

まだ取り上げられて、
軽く拭かれたばかりの
グチャグチャの赤ちゃんだったけど、
凄く可愛かった。

凄く愛おしかった。

「初めまして……」

そっとそう言うと、
赤ちゃんはちょっとムニャッとしたような顔をして、
舌を出して唇をチュパチュパとしていた。

可愛い……

可愛い……

赤ちゃん……

これが僕と先輩の……

そう思うと、涙が止まらなかった。

お母さんが、

「ご苦労様。
よく頑張ったね。
大変なのはこれからだよ。
一緒にこの子を守って行こうね」

そう声を掛けてくれた。

赤ちゃんはまだどっちに似てるかは
分からないけど、
真っ黒な髪の毛の色をしているところは、
佐々木先輩と同じだった。

看護婦に、赤ちゃんを洗うからと連れていかれ、
体重や身長などが図られた。

体重は2160g
身長は41cm

周期に見合った大きさだと言われた。

でも、やっぱり早く生まれたので、
体温調節が旨く出来ず、
暫く保育器に入っている必要がありそうだった。

僕は後処理がされ、
回復室に移された。

麻酔の所為で吐き気が収まらず、
吐き気止めの薬を点滴の中に足してもらった。
そうすると、段々と吐き気も収まって行った。

赤ちゃんは保育器に入って、
新生児室で24時間監視された。

でも、面会は出来るようで、
お母さんは早速赤ちゃんの所に入りびたりだった。

僕が病室に移されると、ポールがそこで待っていてくれた。

「要君、お疲れ~。
赤ちゃん、凄く可愛い!
僕、彼のお父さんになりたい!」

「アハハ、ありがとう。
でも、お父さんはダメだよ!
それより、僕何時になったら赤ちゃんに会えるのかな?」

そう言うと、ポールがナースコールをして、
尋ねてくれた。
すると、今でも会えると言う事で、
僕は車いすに座り、
新生児室に向かった。

中に入ると、お母さんが赤ちゃんを抱いていた。

「少しだけ抱けるみたいだよ。
要、抱いてみる?」

そう言ってお母さんが僕に赤ちゃんを手渡ししてくれた。
赤ちゃんは小さくて、抱くのが凄く怖かったけど、
僕が抱っこする赤ちゃんを見て、

「僕、どっちが佐々木先輩か分かったよ」

そうポールが言った。

僕が、

「え?」

と言ってポールの方を見ると、

「この赤ちゃん、どちらかというと、
あの背の高い、黒髪の先輩に似てる……
当たりでしょう?」

そうポールが言った。

僕は抱いた赤ちゃんをジーっと見つめた。

抱いた赤ちゃんは凄く小さくて、
凄く軽くって、それでも一生懸命生きていた。

奇麗になった赤ちゃんは、ふんわりとした感じで、
色白で僕から見ると、僕に似ていると思った。

洗ったにもかかわらずべっとりと油が付いたような髪の毛は、
黒々と光、先輩の髪の色そのものだった。
恐らくポールは髪の色で判断したんだろう。

矢野先輩は僕程では無くても、
どちらかというと、明るめの髪の色だ。

赤ちゃんを眺めながらお母さんが、
僕が生まれた時も髪はこんな感じだったと言った。
色こそ赤ちゃんの時は今より薄い茶だったみたいだけど、
少ししたら、べっとり感は取れて、クリクリの髪になったと言った。
そして大きくなるにつれ、クリクリは無くなり、
ふんわりとした髪に変わったみたいだ。

抱いた瞬間に思った。
もしかしたらこの子はΩかもしれない。
ううん、この子はきっとΩだ。

Ωである母親の僕がそう感じ取った。

「この子は絶対先輩の家族には知られてはいけない」

それが、この子を抱いて僕の一番最初に思った事だった。

そして4月5日、僕は母親になった。





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