消えない思い

樹木緑

第157話 フランスのクリスマス

あれ? ここ……
美術部部室?

僕は部室の床に座り、
何時ものように床に寝そべる佐々木先輩に寄り添い、
本を読んでいた。

僕、今フランスに居るんじゃなかったっけ?

確か先輩と別れを決めて……

それに僕のお腹の中には……

「要? 何ボーっとしてるんだ?

起きてるか?
夢見ているみたいな顔だな」

そう言って佐々木先輩は僕の顔を覗き込んだ。

「僕…… フランスに行ったはずなんだけど……」

「フランス?
お前、何寝ぼけてるんだ?
俺たちはずっとここに一緒にいるだろう?」

そう言って先輩は僕の瞳を見つめてきた。

先輩から見つめられる瞳、
それにつられて高鳴る僕の心。

いつもと同じだ……
フランスへ行ったのが夢だった?

先輩に見つめられると、
キュンと搾り取られるようで、
凄く切なかった。

お腹の奥から湧き上がってくる
苦しい感情に、本当に現実なのかと、
何度も、何度も先輩の顔を覗き込んだ。

爽やかに笑った彼からは
痛いほど、愛してると言う感情が
流れてきた。

僕は彼に愛されている。

息が苦しいくらいに切なくて、
涙が出そうな程に大切で、
離したくないくらいに愛おしくて、
僕の瞳からは大粒の涙が流れた。

「何をそんなに泣くことがあるんだ?
ほら、帰るぞ!」

そう言って先輩は手を差し伸べた。

ハッとして先輩を見上げると、
そこに先輩の姿はもう無かった。

あれ?
先輩?

僕はキョロキョロと周りを見回した。

「佐々木先輩!」

そう叫んで目覚めた僕の瞳からは
涙が流れていた。

両腕を伸ばして、
何かを掴むように結んだり、
開いたりしたけど、
僕の居る場所は間違いなく
フランスの僕の部屋だった。

つい数秒前まで彼とあんなに笑い合って、
胸を焦がして、
キュンとなって、
切なくて、
苦しくて、
泣きたくて、
愛おしくて、
あんなに愛し合っていたのに、
彼はここに居ない……

僕の見た夢は、
僕が今いる現状を再確認させるだけだった。

「要君? 大丈夫?
今叫んだような声が聞こえたんだけど……」

そう言って部屋にやって来たのはポールだった。

「あ、ごめんなさい……
ちょっと嫌な夢見ちゃって……」

そう言って僕は起き上がった。

ポールはデスクの上に飾った写真を見ながら、

「ねえ、佐々木先輩って言ってたけど、
それが要君のベビーのパパ?

そしてこのどちらかが佐々木先輩?」

と尋ねた。

僕のデスクには、
先輩達の卒業式に一緒に撮った写真が飾ってある。

僕は何も言えなくて、
只うつ向いていた。

「これ、要君、泣いた後だよね。
目が赤くなってちょっと腫れてる。
色が白いから、目の腫れが目立つよね」

そう言ってポールはその写真を撫でた。

「ねえ、今日はイブだからさ、
あとでイルミネーションを見に行かない?
ホワイトクリスマス宜しく、昨夜から雪が降り出して
今朝は雪が積もってるんだよ!」

そう言ってポールが部屋のカーテンを開けた。

ベッドに座ったまま外を眺めると、
雪はまだ降り続いている。

「本当だ~
だからちょっと寒いって思ったんだ~」

そう言って僕は起き上がると、
窓の所に立って、外の雪景色を眺めた。

窓辺に立つ僕の後ろにポールが歩み寄ると、
僕の肩に腕を回して、
僕の頭上に自分の顎を乗せた。

「要君さ~
苦しい事があったら一人で悩まなくても良いんだからね~
僕と言う見方も居るんだから、
何でも話して!
絶対心が軽くなるから!」

ポールの気使いが嬉しくて、
僕はポロポロと涙をこぼした。

うん、うんと頷くと、

「要君は僕の事、
フランスでのお兄ちゃんと思っても良いんだからね。
遠くても血は繋がってるし、
要君の事は、おむつしてた時から知ってるんだから!」

そう彼が言うと、
僕は少しおかしくなって
クスクスと笑った。

「そう言えば、ポール、僕が赤ちゃんだった時、
僕の顔にペンでバカって書いたことあるんだってね~!」

そう言うと、彼は明後日の方を見ながら、

「え~! そんなの覚えて無いよ!」

とまたまた白々しい。

あの顔は絶対覚えてる顔だ。

「そんな大昔の事より、
今夜のイルミネーション忘れないでね。

あ、それと、優兄が朝食出来てるから
早く食べにおいでって!

司兄は既に食べて明日のクリスマスディナーの準備に取り掛かってるよ!」

「分かった。
じゃあ、着替えたらそっちに行くからそうお母さんに伝えて」

「了解~!」

そう言ってポールは僕の寝室から出て行った。

一日を何となく過ごし、
夕方になると、雪も降りやみ、
日が落ちたせいか気温も段々と下がって来た。

「要く~ん、準備できた?
もう日も落ちたからソロソロイルミネーション、
見に行こっか?」

「お~ いいね。
寒くないようにしていくんだよ。
それに道路は凍ってると思うから、
滑らない様に気を付けて!」

お母さんがそう言うと、ポールが

「優兄、大丈夫だよ!
僕がちゃんとエスコートするからね!」

と言いながら、僕にマフラーをグルグルと巻き付けた。

「え? お母さん達は行かないの?」

「ダメだよ。
今日は僕と要君のデートだよ」

そう言ってポールは僕の手を取った。

「たまにはイヤな事忘れて、
若者同士、パーッと遊んでおいで」

お母さんがそう言うと、
ポールは親指を立てていた。

僕達はバスに乗り込むと、
8区にあるシャンゼリゼ通りと言う所まで来た。

既に遠くから街の明かりがキラキラと
見えてきていた。

バスから降りると、僕はうわ~っと上を見上げた。
その通りは建物から街路樹まで、全てライトで出来てるんではないか?
というくらいキラキラとしていた。

「ではお嬢様、ちょっと歩きましょうか?」

そうポールは僕に言うと、僕の手を取って、
自分の腕に絡ませた。

レディーファーストでは無いけど、
そう言う所は佐々木先輩に似ている。

時々ポールといると、
否応なしに先輩を思い出してしまう。

1年前の今日、僕は初めて先輩と結ばれた。

クリスマスライトを眺めて歩きながら、

布団の上で先輩と正座して向かい合い、
バカみたいな挨拶をしたことを思い出した。

お互い初めての経験で、凄く緊張していた。

そう言えば先輩、変なアイテム持ってきてたな~

僕は思い出して少しプっと笑った。

そして空を見た。

バカみたいなスタートだったけど、
僕達にはお互いしかいなかった。

あんなに好きだったのに、
あんなに離れられないと思ったのに、
彼が居なければ生きていけないと思ったのに、
僕はこうして今でも息をして、
ちゃんと自分の足で地を踏みしめている。

でも忘れられない……

先輩のはにかんだ笑顔と僕を見つめるその瞳

風になびく柔らかそうな黒髪

僕の髪をかき上げるその長い指

僕の頬をやさしく包むその大きな手

頬をなぞりながらそっとくれるキス

彼の唇から愛してるとそっと漏れる吐息

隠れて何度も何度もキスをした。

忘れられない。

彼の記憶は僕から消えてくれない!

そして僕のこの思いも!

「要君、大丈夫?
佐々木先輩の事思い出した?」

僕はポールを見上げた。

空からはまた雪が降り始めていた。

「おいで」

そう言ってポールは僕を自分の胸に抱きしめてくれた。

彼が好きだった。

凄く、凄く、凄く好きだった。

彼は僕の世界の全てだった。

そう思ったフランスで初めてのクリスマスだった。












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