消えない思い

樹木緑

第156話 ポールの正体

僕の妊娠初期は、
車酔いの様なムカムカと言う様な
不愉快な症状はあったけど、
吐き戻すこともそこまでなく、
幸いつわりはそこまでひどくなかった。

好きな物が食べれなくなった事には驚いたけど、
今ではまた食べられるようになってきた。

逆に、不思議と、
今まで食べれなかった物が食べれる様にもなった。

まだ少し眩暈がしたりはするけど、
何とか持ちこたえている。

そういう訳で、僕の妊娠初期は順調に進んで、
もう流産の心配は無いだろうと言う
13週目に入っていた。

学校は心配したけど、何とか退学せずに済み、
2年生は無事に終わらせることが出来そうだった。

でも、3年生になるのと当時に出産が待っていたので、
僕は3年生の新学期は、特別な授業体制が取られ、
赤ちゃんが生まれた後の夏休みで、
課外授業により、単位を調整させると言う事になった。

先ずは、高校は卒業できるようで、胸を撫で下ろした。

少なくとも、将来の為に高校位は卒業しておきたかった。
まだどこに行くかは決めて無いけど、出来れば大学にも行きたい。
そうなると、恐らく大学はフランスの大学になるだろう。

フランス語はまだまだ苦手だけど、
少なくとも、産婦人科での
簡単な定期検診のやり取りは出来るようになった。

又、ポールとのフランス語での会話も、
簡単な日常会話だとできるようになった。

それを見届けるかのように、
僕の安定期が訪れると、
お母さんは日本へ帰って行った。

でも日本へ帰った後で、スケジュールを調整させて、
来年一年は、こちらの楽団に所属することに決めたらしい。

そうすれば、僕の出産や、
赤ちゃんのお世話のお手伝いが出来るから。

本当に両親には頭が上がらなかった。
そして、お母さんと1年離れて暮らしてくれるお父さんに
とても済まない気持ちがした。

でも時間は瞬く間に過ぎて、
世間ではクリスマスのシーズンがやって来ていた。

それと同時に、
お父さんとお母さんがフランスへやって来た。

お父さんはお正月が終われば日本へ帰ってしまうけど、
お母さんはそのまま残ってくれる。

クリスマスの頃は僕も4か月を過ぎていて、
お腹は目立たなかったけど、
胎動は感じるようになっていた。

初めて感じた時は、
お腹でガスがはじけているのかな?
みたいな感じだった。

でもそれが段々強くなるに従い、
胎動だと気付いた。

病院では、性別がもう分かると言われたけど、
誕生までの楽しみに取っておくことにした。

お腹の上から手を当てても、
胎動はまだ分からないようで、
お父さんやお母さんに触らせても、
まだ感じることは出来なかった。

でも、もう一度エコーを取った時に、
お父さんも赤ちゃんの動くさまを見ることが出来、
凄く感動していた。

その頃の赤ちゃんは、もうちゃんと、
人間の姿をしていた。

羊水の中でゆっくりと動いていたらしく、
ちょうどエコーに映った手が、
僕達に手を振っている様だった。

それが凄く可愛いくて、
お父さんもお母さんも、
メロメロと言う感じだった。

そんな時のお母さんの一言で僕はハッとした。

「この子、Ωって言う可能性もあるんだよな~」

そうだ、僕がΩって事はこのもΩって言う可能性もあるんだ。

Ωとαの子供は、αの遺伝子が強いと聞く。
αである可能性は高い。

僕はΩとαの子でのΩだった。

でも僕は、Ωが産まれても、αが生まれても、
しっかりと愛情を注いで育てようと決めた。

クリスマス前に、
これからどんどん大きくなるお腹の為に、
妊婦服を買いに行こうと言う事で、
Ωの男性用妊婦の妊婦服の専門店があるショッピング街へと、
お父さんとお母さんが僕を連れ出してくれた。

ほとんど学校とアパート以外行かない僕は、
初めてパリのショッピング街にやって来て、
少し心躍る気持ちだった。

最近は先輩に赤ちゃんの事を言えない罪悪感で
塞ぎがちになっていたけど、
気分転換にちょっと出てみようと思った。

街まで来ると、そこは創世の世界だった。
ショッピングセンターはきらびやかで、
美術館に居るような、ここ宮殿?と言う様な所に居るような、
斬新な建物がずっと並んでいた。

所々にあるカフェもオシャレで、
歩きながら、

“奥野さんを連れてきたいな~” 

等と思っていた。

ショッピング街の歩道を歩いている時、
目の前に迫って来たビルの外壁に、
大きな広告塔があるのに気付いた。

そこに飾ってあった、
凄くイケメンのモデルのポスターが目に入った。

僕はそのモデルを見て、

あれ?

っと思った。

「ポール、モデルやってる時って違うだろ?
これが家だとあんなだからな」

そうお母さんが言うと、

「ま~ 俺たちは鼻水垂らしてる時から知ってるからな」

とお父さんも後追いするように言った。

僕は

「?????」

と言う様な顔をすると、

「あれ? ポール、要には言って無いの?」

とお母さんが言った。

「もしかしてポールってモデル?」

僕はびっくりして目が飛び出た。

確かにポールからは何の仕事をしてるのか聞いたことが無かった
と言うか、あまり興味が無かった。
僕の頭の中は、これからの事や学校のこと、
佐々木先輩の事などで一杯で、
他の事を気にしている余裕が無かった。

「だから空港ではあんな格好して迎えに来てたんだ!」

やっとパズルのピースが繋がったようだった。

この時初めて、遠い親族でも、
お世話になるからには、
彼等の事をもっと知っておくべきだったと後悔した。

「ポールはね、凄いんだよ。
モデルって言っても、
ファッション雑誌を飾るようなんじゃなくてね、
まあ、こんな広告塔に乗るようなのもあるけど、
基本的には生身が勝負のランウェイモデルだからね」

とお母さんが教えてくれて、

「え~!」

と再度びっくりした。

確かにスラッと長身で、
シュッとした顔つきに、
シャキっとした姿勢は、
ランウェイをあるく訓練をした賜物かもしれない。

「彼、有名なの?」

「そりゃあ、世界的に有名なデザイナーの秘蔵っ子だからね。
色んなビジネス界ではうちのモデルにと引っ張りだこだよ。」

「え~ 本当にモデル?
何時も面倒くさそうに部屋着はジャージだよ?
お腹ポリポリ掻いてる時あるし……」

「彼の着た服はどんな値段がついても売り切れるって言うからね」

「ヒャ~!
そんな凄い人?! を、僕は家では顎でこき使ってたよ!」

「ポールは良いんだよ。
何時も僕の家来だったからね。
司兄~ 置いて行かないで~
ってべそ書いて何時も僕の後追いかけてきてたんだよ。

まあ、優君が現れて以来は優君にべったりだったけど、
要君が産まれた時はそりゃあ要君に嫉妬してね、
優君を取られたと、ヘソ曲げて
家出したこともあったんだよ。

要君の顔にペンでバカって書いた事もあったし。
そう言えば髭を書いた事もあったよね~
今はその付けを払う時が来たんだな、ハハハ」

とお父さんが笑うと、

「そう言えばそう言う事もあったね~ ハハハ」

とお母さんも大笑いしていた。

僕はそこ場に立ち尽してポールのポスターに見入っていた。

凄い、凄い。
凄くカッコ良い!

こんなカッコイイ人は見た事無いかもしれない。
いや、佐々木先輩もカッコいいけど、
やっぱり佐々木先輩とちょっと違い、
洗練され、磨き抜かれたカッコよさがポールにはある。
何だか彫刻の様で、少し怖いとさえ思えるポスターだった。

でも良く見て見ると、街のあちこちにそのポスターが貼ってある。
いままで気付かなかった。

買い物に行ったデパートまでも、
至る所に貼ってあり、
それはまるで、色んな角度から僕を見ているようだった。

何だか、

「帰ってきたら覚えてろよ!」

とでも言わんばかりに……

でも今のところ、ポールは僕に凄く優しい。
まあ、ヤキモチやいたのも、
お母さんが好きすぎての事もあるんだろう。

いやはや、知らないって怖いってこの事なんだなと、
また僕は一つ賢くなった。

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