消えない思い

樹木緑

第127話 矢野先輩の不満

僕はドキッとした。

いや、分かってる。
僕はちゃんと理解している。
先輩は浮気している訳では無い。

でもやっぱりそういう先輩を見るのは面白くない。
多分僕の顔は鬼の形相と言うまではいかなくても、
顔面蒼白くらいにはなっていたかもしれない。

青木君が佐々木先輩に挨拶をしている中、

「要君、大丈夫?」

と、矢野先輩の囁く声が聞こえ、ハッとした。

「エへへ、大丈夫ですよ。
まさかここで佐々木先輩に会うなんて
思ってもいませんでした……」

「よう!」

佐々木先輩は一言そう僕達に挨拶した。

「ねえ、浩二~
裕也、クリスマスに何してたか教えてくれないの~
貴方だったら知ってる?」

僕はドキッとした。
少し肩が震えて、
長瀬先輩の顔を見ることが出来なかった。

彼女は僕の事を疑ってるのかもしれない。
佐々木先輩も前にそのような事を言っていた。

止まれ、止まれ……
バレてしまう!
僕は肩の震えが止まるよう自分に言い聞かせた。

そんな僕を気使ってか、
矢野先輩は僕の手を取るとギュッと握りしめ、

「僕は裕也のベビーシッターじゃないんだから、
裕也の行動を一々知るわけ無いでしょう?
君たち、今夜はデート?」

と尋ねた。

「そうよ!
世の恋人たちのクリスマスだと言うのに、
裕也ったらその日、行方不明で潰されたのよ。
信じられる?
クリスマスよ?
私、プレゼントや料理を準備して裕也が来るのを待ってたのよ?
まさかその日に居ないなんて、思いもしなかったわよ!
だから今日はその埋め合わせ。
うちの親も裕也の親も親族同士集まってるんだけど、
是非二人だけで初詣に行って来いって、
大手を振って送り出してくれたわよ~」

え? クリスマスって恋人の日?
違うよ?
イエスキリストの誕生を祝う日だよ。

僕はイライラとしながらそんな事を考えていた。

「じゃあ、用が無ければ、
僕達Wデートの最中だから!
要君、行こう!
ほら、青木君と奥野さんも。
これからお汁粉食べに行くんでしょう?」

そう言って矢野先輩は僕の手を引いて、
その場を颯爽と立ち去った。

「あ~ もう!
裕也の優香の前では何も言えない関係、
スッゴイ腹が立つ!」

矢野先輩は地団駄を踏んで凄く怒っていた。

「先輩、仕方ありませんよ。
僕が佐々木先輩の立場でも、
きっと同じことすると思いますので……」

僕がそう言うと矢野先輩は僕の肩を掴んで、

「要君は本当に良い子だよね。
何故、裕也が要君の運命なんだろう?
僕は納得がいかない!
不公平だよね。
こんないい子にあんな優柔不断な関係の運命が居るなんて!」

「先輩、僕は本当に大丈夫ですから、
落ち着いてくださいよ~」
 
「何言ってるの〜
あんあ顔面蒼白で肩を震わせていたくせに……
全く裕也のヤツ!
ハラワタ煮え繰り返っても気が治らな〜い!!!!!」

「ハハハ、先輩、大好きですよ」

「僕は凄く理不尽に感じる!
凄く不公平だ~
なぜ僕が要君の運命じゃないんだろう。
僕が裕也だったら、長瀬家との関係なんて
親子の縁を切ってでも捨ててやるのに!」

「ありがとうございます。
でも先輩がこうして怒ってくれるから、
僕も救われている面もあるんですよ。
それに青木君や、奥野さんも
変わらず僕と友達でいてくれるから、
僕はそれだけでも凄く幸せなんです!」

「赤城ク~ン、ラブ!」

そう言って奥野さんが僕に抱き着いてきた。

「要、何時でも俺たちに甘えていいんだぞ。
遠慮なんかするなよ、瞳も俺も、ちゃんとここに居るからな」

僕は皆の心が凄く嬉しかった。
長瀬先輩との問題は本当言うと、
どうすればいいかまだ全然分からない状態だったので、
少なくとも、僕には見方が居てくれると言う強みが、
僕に頑張ろうと言う思いを奮い立たせた。

「よし! クヨクヨしてても始まらないから、
お汁粉屋さんにレッツ・ゴーだ!」

「そうそう、その意気!
やっと食いしん坊の要君が出てきたね!」

そう言って僕達は笑いながらお汁粉屋さんに急いだ。

でも、お汁粉屋さんは満員で、
お店の外までズラ~ッと人が並んでいた。

「あ~ これはちょっと時間かかるやつかな?」

矢野先輩がそう言ったので、

「あ、じゃあ、皆さん、僕の家に来ませんか?
そして今夜は皆で僕の家でお泊り会しませんか?」

と提案してみた。

「え? 良いの?」

奥野さんが咄嗟に尋ねた。

「はい、歯ブラシやパジャマの予備なんかは
準備してあるんです。
男性諸君は僕の部屋で、
奥野さんは一つ余ってる部屋があるのでそこで。
ご家族は大丈夫そうですか?」

「私、行く行く!
両親が反対しても行く!」

奥野さんは乗り気で、
もう決めているみたいだ。

「じゃあ、コンビニに行って替えの下着なんかを買いに行こう。
それとお菓子もね」

そう矢野先輩が言うと、
僕達は行き先をコンビニに変えて、歩き出した。

行きながら、皆親からの許可をもらい、
僕達のお泊り会は現実化となった。

「イヤ~ン、私、お泊り会なんて高校生になって初めて!
楽しみ~」

僕達はコンビニで必要な物を買うと、
僕の家に向けて、歩き出した。

マンションの前に来て立ち止まると、

「イヤ~ン、赤城君、こんなところに住んでるの?
あのお父さん、やっぱり只者じゃ無かったわね」

奥野さんはそう言って興奮していた。

「ここの最上階なんです。
さっきお母さんに連絡を入れたら、
まだ両親とも起きてるってだったので行きましょう!」

僕達はエレベーターに乗り込み、
一気に最上階まで上った。

「うわ~ 何このマンション……
ホテルみたいだね、
セキュリティーも凄いね」

奥野さんは立て続けにおしゃべりし、
青木君は只びっくりして口も利けずだった。

「先輩って何度も来てるんですよね?」

「そうだね、割かし家も近いので、
良くお邪魔してるよね?」

「先輩は家のお父さんのお気に入りですからね。
何かある事に先輩を呼ばないと、
機嫌悪いんですよ」

僕がそう言うと、先輩は少し照れ笑いしていた。

玄関を開けて、

「ただいま~」

と入って行くと、

お母さんが直ぐに出てきてくれた。
勿論、変装などしていない。

青木君はお母さんを見て、
何か違和感を感じたようだ。

「あれ? あれ?
お母さん?
相変わらずきれいだけど……
何だか違和感が……」

と、首を傾げている。

「ほら、まずは挨拶でしょう!」

奥野さんがそう言って青木君の背中をバンバン叩くと、

「あ、お邪魔します。
今日はお世話になります」

と慌てて青木君が挨拶をした。
奥野さんも続けて、

「お邪魔します!」

と言って、お母さんの顔をジ~ッと見た。

「あれ? お母さん……
今まで気付かなかったけど、
男性ですよね?」

と、さすが奥野さん。
青木君はそんな奥野さんを、
ギョッとしたように見ていた。

その時に奥から、

「矢野君来たの~?」

とお父さんが顔を出した。

「あ、お父さん、今夜はお邪魔します」

矢野先輩がそう言ったの同時に、
奥野さんがお父さんを指差して叫んだ。

「そ、そ、蘇我総司~?????」

青木君は奥野さんの叫びに、
僕のお父さんを2度見、3度見、4度見していた。

そして残る僕達は叫び続ける奥野さんに、

「シ~ッ、もう真夜中だよ!」

と落ち着かせるのに必死だった。

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