消えない思い

樹木緑

第95話 倒れた後で

目を開くと、誰かの顔がぼんやりと映った。
最初は誰なのか分からなかった。

暫く瞬きをしていると、
段々と焦点が合って来た。

僕はハッとして、

「せ……先輩……」

と、やっと自分が佐々木先輩の
膝枕で横になっている事に気付いた。

あれ?
何故先輩の上?
僕やっぱりあれから倒れたの?
矢野先輩は?
奥野さんや青木君は?
何だかやけに静かだな……

そんなことをぼんやりと思っていたけど、
頭はまだ回っていなかった。

僕はもう一度目を閉じて、
そしてハッとして目を開いた。

「あれ? 皆は?」

先輩は僕を見下ろして、

「お前をここに運ぶの手伝ってくれた後に
返したよ。
もうここには誰も残っていない」

と教えてくれた。

僕は目だけを動かしてそっと辺りを伺った。
辺りはまだ人の声がするけど、
人の姿は確認できなかった。

「すみません、
僕、どれくらい倒れてたんですか?」

そう言って起き上がろうとしたら、
先輩が僕の胸に手を置いて、

“まだ起きるな”

と言う様なジェスチャーをした。

そして、僕を見つめながら、

「浩二にこっぴどく怒られたよ」

と不意に話し始めたので、
僕はドキッとした。

矢野先輩が何?
何を言われたの?

少し心配になった。

「え? 矢野先輩が何か?」

「お前、最近の俺の行動、
凄い気になってたんだろ?
夜も眠れてなかったって……
お前が倒れたのは俺の所為だって……
それ、本当か?」

僕は急に恥ずかしくなった。

両手で顔を隠して、

「ごめんなさい」

と謝った。

「いや、そこは謝るとこじゃないだろ?」

そう言った後、

「なあ、
俺は要にとって枷でしかないのか?」

と、先輩はボソッと僕に聞いてきた。

「え? 何故そんな事を……?」

僕は少し心配になって来た。
そして先輩は淡々と話し始めた。

「浩二と話してからずっと考えてたんだ。

俺にはまだまだ解決しなければいけない事が沢山ある。
家族の事や、優香の事、将来の事や色々……
でも俺は俺なりに答えを出して、
お前と一緒に居たいと決めたのに、 

守りたいときに守れない、
傍に居たいときに傍に居れない。

それはお前にとって良い事なのか?

お前が浩二を好きなうちに
開放してやった方が良いんじゃないか?

とか考えていくうちに、

自分でもどうやってお前を守って行けばいいのか
だんだん分からなくなってきた。

俺は俺なりにお前を守ろうとした……

でも、どうしても浩二と比べてしまって
あいつの要に対する思いや行動で
アタフタして……
どうやっても敵わないって思うとやり切れなくて……

それでも俺は、おまえを諦めきれない……
今でも、お前に対する気持ちは少しも変わっていない!」

先輩は悲痛な顔をして、
頭をもたげて
苦しそうにそう言った。

「先輩、かおをあげて、僕の目を見て下さい」

そう言うと、先輩はちょっと悲しそうな顔をして、
僕の目を見つめた。

「僕は先輩とちゃんとやって行くと、
覚悟を決めたんです。
矢野先輩と色々と付き合いがあるし、
一緒に居る事も多いので、
信じるのは難しいかもしれませんが、
僕を信じてください。

僕は先輩が好きなんです。

前は分からなかったけど、
ハッキリと気ついたんです!

僕はちゃんと恋愛の意味で、
先輩が大好きなんです!」

そう言うと、先輩は金縛りにあったようにして、
持っていた携帯を落とした。

暫く沈黙があった後で、

「ほんとに?
本当に?
お前のその言葉を信じても良いのか?」

と信じられない様な顔をして尋ねた。

「これからは、
先輩がイヤって言うほど、
僕の愛を先輩に示しますね。
疑う余地がないくらいに!」

そう言うと、先輩から僕の顔中に
キスの雨が降り注いだ。

僕がくすぐったがっていると、
真剣な顔をして、
真剣なキスをくれた。

先輩のキスは甘い。

とろけそうになると、

「ここでやめておかないと、
またヤバい事になるな。
これこそ浩二に大目玉を食らってしまうよ。
残念だけど、今日はここで止めておく」

と先輩がバツが悪そうにそう言った。

「でも先輩、先輩とのキスは凄く
甘くて、僕は自分の意識が
無くなってしまいそうです~」

そう言うと、

「俺だってそうだ。
お前とキスをすると、
規制が掛からなくなる。
本当に気を付けないとな。
でも、お前の全てを俺のものにしたいのは
否定しないよ」

僕は先輩のその言葉に
カ~ッと顔が熱くなるのを感じた。
そして両手で顔を押さえて、

「僕もです~」

と言った。
そして、

「生徒会の業務をこなす先輩って凄くテキパキとして、
出来る男って感じでかっこいいのに、
恋愛になると凄くヘタレになるんですね。
そのギャップが可愛くて、
僕は凄く親しみが持てて好きですよ」

とからかった様に言うと、
先輩は僕の首筋に手を回して、
軽くストロークしながら、

「いつかここを……」

とポツリと言った。

僕はその指の感覚が気持ちよくて、
少しお尻がムズムズした。

少しフニャ~としたところで、

「お前、立てるか?
もう帰れるか?」

そう先輩が聞いてきたので、
急に現世に戻されたような気持ちになった。

少し頭を上げて、
大丈夫そうだったので、
僕はゆっくりと立ち上がった。

「家まで送るよ」

先輩が申し出てくれた。

「でも、先輩とは反対方向ですよ?
僕、お父さんかお母さんに電話して
迎えに来てもらえますよ?」

と言うと、

「まだ一緒に居たいんだよ。
分れよ」

と言われたので、先輩の顔を見て、
僕はエへへと照れたように笑った。



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