消えない思い

樹木緑

第93話 インハイ予選

あのメッセージをもらって以来、
僕の心はモヤモヤで一杯だった。

でも時間は過ぎるもので、
早くもインハイ予選の週末がやって来た。

僕達は学校で待ち合わせて、
会場へ行った。

会場へ着くと、自転車置き場に自転車を止めて、
体育館へと直行した。

グラウンドでは、
色んな学校の選手たちが走り込みや
準備運動をしていた。

体育館まで来たとき、
うちの学校の選手たちが集まっているのを見た。
僕はちょっと佐々木先輩を意識して見つけてみたけど、
その中に佐々木先輩はいなかった。
僕達は邪魔をしちゃいけないからと、
通り過ぎて2階に行こうとしたら、
青木君に気付かれ、呼び止められた。

「よ~!」

「青木君、おはようございます。
今日の調子はどうですか?
昨夜はちゃんと眠れましたか?」

僕の方が少しドキドキしている。
バレーボールの試合を生で見るのは初めてだ。
ちょっと周りを見回してみたけど、
皆背は高いし、凄い強そうだ。

「お~ ばっちりよ!
ま、俺は応援席だけどな。
この次に当たるから、これから応援席に行くけど、
2階へ行くんだろ?
一緒に行こうぜ。
うちの高校の応団幕があるところが
俺たちの応援席だから」

「凄いタイミングばっちりでしたね。
僕達も一緒に良いんですか?」

「そのための応援だろ?
当たり前だろ」

そう言って僕達は一緒に2階の応援席へと行った。

「凄い熱気ですね。
これで3年生は終わるんですよね?」

僕が尋ねると、

「まあ、負ければな。
勝ち残ればインハイに進むからな」

「勝ち残ればインハイは何時なんですか?」

「8月頭だな」

「じゃあこれから間もないんですね」

そう言って僕は下に見えるコートに目を移した。

体育館の入り口の所で、
入り待をしている佐々木先輩たちが目についた。

「この試合、もうすぐ終わるのですか?」

「お前、バレーボールの事、
何も知らないんだな」

「へへ、すみません。
スポーツはからきしで……」

「ま、体育祭のお前見たら
分かったけどな」

そう言って青木君は苦笑いした。

「ほら、点数見えるだろ?
どちらかが25点取ればそれで終了さ。
ま、25点でも相手が24点だったら
26点まで行かないといけないんだけどな。
この場合はもうすぐ試合終了だな。
勝ってる方は20点だし、
相手のチームは10点しか取ってないしな」

「へー 勉強になりました。
もうすぐなのでドキドキしますね。
青木君は大丈夫ですか?」

「まあ最初の対戦相手は弱いからな。
うちは優勝候補だから強いチームとは
後にならないと当たらないんだよ。
シートが違うからな」

「へ~ そう言うものなんですね。
何だか説明されてもチンプンカンプンです」

僕がそう言うと青木君は笑って、

「まあ、見てなよ。
佐々木先輩、凄いぞ。
お前、惚れ直すぞ!」

そう言って僕に耳打ちして来た。

正直言って、凄く楽しみだった。
以前一度、こっそりと、
部活動の様子を見に行ったことはあるけど、
先輩に見つかって、そそくさと逃げ帰ってしまった。
だから僕は佐々木先輩が
プレーをしているところは見たことが無い。
バレーボールの試合自体を余り目にしたことが無いので、
それはそれでとても楽しみだった。

「あ、ほら、試合終了したよ!」

矢野先輩に言われ、またコートに目を移した。

お互いのチームが挨拶をしてコートを離れた瞬間、
次のチームが一斉に入って練習を始めた。

僕は凄くワクワクして来た。
佐々木先輩は審判の様な人に呼ばれて、
相手チームのキャプテンと何かしていた。

「ねえ青木君、佐々木先輩何してるんですか?」

青木君は先輩をチラッと見て、

「あ~ サーブの先行を決めてるんだよ」

と教えてくれた。

ホイッスルの音と共に、
両チームが礼をして、
試合が始まった。

サーブ専攻は相手校だった。

僕はポジションとか全然分からなかったけど、
精一杯佐々木先輩を目で追った。
でも、試合はあっという間に終わってしまって、
佐々木先輩の活躍を感じる間も無かった。

矢野先輩が僕を見て、

「アハ、早かったね~」

と言ったので、僕も、

「ですよね。
もっと、圧倒されるものかと思ってましたが
何だか不完全燃焼って感じです……」

と言うと今度は青木君が、

「まあ、準決勝、決勝と待ってみたら分かるさ。
まあ、今日はこれで終わりだけどな」

と言ったので、僕は相手校に挨拶する
先輩たちを横目に、

「え? 今日はこれで終わりなんですか?」

とびっくりした。

「まあ、今日で半分は出場校減るからな」

「あ~ じゃあ、今日負けた3年生は
これで終わりなんですよね」

と尋ねると、

「ま、そういうこったな」

と青木君が言ったので、
何だか3年生の卒業を真近に感じてしまった。

試合の終わった佐々木先輩を見下ろしてみると、
僕の方を見る佐々木先輩と目が合った。

僕はどうしていいか分からなかった。

どうしよう?
ここは分からなかった振りをするべき?
それとも手を振る?
でも……無視されたらどうしよう……
そうなると立ち直れない~!

とグルグルとした後で、
引きつったような笑顔で、
小さく手を振った。

本当に見えるか、見えないかのような
手の振りだったけど、
僕は冷や汗が出る思いだった。

でも、佐々木先輩は小さく微笑んで、
小さく僕に手を振り返してくれた。

一瞬、本当に僕に手を振っているのだろうかと
周りを見回してみた。

矢野先輩が、

「ほら、裕也が要君に気付いた様だよ」

そう言って先輩も大きく手を振っていた。

矢野先輩のそのセリフを聞いた時、
体育祭での先輩との以心伝心の思いが込み上げてきて、
僕は声を殺して泣き出してしまった。

僕はきっと、
先輩と少し離れて一杯、一杯だったんだ。
自分でも全然気付かなかった。

そして不意に先輩の

“話がある”

を思い出した。

それがもし、別れ話だったらどうしよう?
こんなに自分が先輩に心奪われているとは
全然気付かなかった。
こんなに一杯、一杯になっていたなんて
今日先輩の顔を見るまで思いもしなかった。

涙は後から、後から頬を伝って
そっと流れた。
僕は下を向いて、だれにも分からない様に
歯を食いしばった。

そんな僕を矢野先輩は悟ったのか、
僕の肩に手を回して抱き寄せて、
僕が泣いてるのが
誰からも見えない様にしてくれた。






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