消えない思い

樹木緑

第45話

全然映画に集中できなかった。
1度は家族と共に見たので、内容は分かっていたけど、今回は全然集中できなくて全然内容が頭に入って来なかった。
それよりも、先輩の意図が全然分からなかった。
映画館を出た後は、いつもの通り普通にしているけれど、映画館での行動は普通では無かった。
今までで一番長く先輩に接近した瞬間だった。
そしてそれは、映画が終わって館内が明るくなるまで続いた。
どうしてあそこで僕の手を握ったのか聞いてみたいけど、ちょっと怖いので、僕はその部分には触れないでおくことに決めた。

「先輩、ちょうどランチの時間ですよ。僕、おしゃれなカフェを見つけたんです。行ってみましょうよ!」
「え?何時そんなおしゃれなカフェ見つけたの?」
「へへへ、実は今朝ちょっと早めに家を出たんです。それでちょっと町の中を歩き回ってる時に見つけたんですよ。」

外から見た感じはとても雰囲気の良いカフェだった。
スペイン風な外観は花屋さんの様に沢山の鉢植えの花や観葉植物などが飾られていて、外庭には小高い木々の下にのテーブルもあって、丁度良い具合に日陰も出来ていた。
小さなウィンドウから見た内側は、良くは分からなかったけど、明るい感じの柔らかい雰囲気だった。

「先輩、こっちです」
映画館から少し歩いたところに、裏通りに入る路地があって、そこを通って裏側に出ると、小さなカフェや雑貨屋、古本屋や古着や、花屋さんやケーキ屋さんなど、多くの小さな店舗が並んだ通りがあって、そのカフェはの中の1つにあった。
「へ~こんなところよく見つけたね~」
「いい感じの所だと思いませんか?」
「そうだよね、なんだか懐かしい、昭和とまではいかないけど、ちょっと表通りとは雰囲気が違うよね。」
「僕、この通り見つけた時、何だか隠れ家を見つけたみたいで嬉しくって。」
「何だか要君がここを見つけた時の姿が目に浮かぶよ。」
「え~僕ってそんなわかりやすいですか~?」
「いや、ほら、熊本・阿蘇でソフトクリーム食べた時と同じような顔をしてるから…」
「先輩、それ、僕って食いしん坊って言う風に聞こえますよ。」
「ま、あながち間違ってないしね。で、要君の言うカフェとはどこだい?」
「あ、先輩、こっちです。こっち!」
そう言って僕は先輩をカフェの前まで導いて行った。

「ここです、ここ!」
そう言ってドアを開けると、思っていた通りに中は明るくて、白と木造家具で固めたインテリアは、緑の観葉植物と白いオーガンジーのカーテンで、
さらに良い雰囲気を醸し出していた。
「凄いね、なんだか見てるだけでリラックス出来そう。」
「僕も中は初めてですけど、これは当たりましたね。食べ物もおいしければいいんですけど。」

「いらっしゃいませ~」
そういって出迎えてくれたウエイトレスを見て僕と先輩は驚いた。
「あれ、奥野さん、ここでバイト?」
「あ、赤城君、矢野先輩こんにちは。今日はデ~トですかぁ~?」
と奥野さんが意味深に聞いてきた。
「あ、今日は先輩の…」と言いかけた時、
「そうだよ。」と先輩があっけらかんとして答えた。
僕は先輩の方をガッと向いて、「何言ってるんですか~今日は先輩の誕生日のお祝いじゃないですか~」と慌てて付け加えた。
「あ~なんだ~お誕生日デ~トだったのね。」と奥野さんが茶目っ気たっぷりに言った。
「違うって、言ってるじゃないですか!先輩も、ちゃんと違うって言ってくれないと、困るじゃないですか~」
そう僕が口をとがらせて言うと、
「まあ、好きなように解釈しても良いよ。」と弁解する気は無さそうだった。

本当に何をしたいんだろうこの人は!

「ところでバイトは禁止されてると思ったけど…?」
と先輩が言うと、奥野さんは小さく手を合わせて、
「先輩、見逃して。ここ、叔父夫婦がやってるんだけど、どうしても一人足りないからって呼び出されたの。」
そう言って目配せした。
「へ~ここ、奥野さんの叔父さんのカフェだったんですね。凄く雰囲気の良い処ですね。」
「へへ~ありがとう。子供の居ない叔父夫婦には後継ぎがいないから、料理好きの私が受け継ぐことになってるの!」
「へ~それは凄いね、料理好きが高じて未来のカフェのオーナーか。」
「先輩も赤城君も御贔屓に~。たまにはコーヒーとケーキおごりますよ。」
「ハハハ、それは良いね。もっと頻繁に来ないとね。」
「へへへ~ありがとうございます。2名様入りま~す!」
そう言って奥野さんは僕達を外にあるテーブルへと案内してくれた。

「夜は要君のお母さんがごちそう作ってるっぽいから、軽くお茶だけにしよう。」
そう先輩が言うので、僕はアールグレイのお茶を頼んで、先輩はコーヒーを頼んだ。

「先輩ってコーヒーはブラック派ですか?それとも甘党派?」
「君、誰に聞いてるの?もちろん甘党派に決まってるでしょう?ミルクもたっぷり入れますよ!」
そう言って先輩は砂糖を3つと、ミルクをカップの上タプタプになるまで入れて、それをクルクルとかきまぜた後、一口飲んだ。
「お味はどうですか~?」奥野さんが確認に来てくれていた。
「凄く美味しいよ。これ、香りが良いね。」
「先輩、分かるじゃないですか!うちの叔父さん、コーヒーにはちょっとうるさいんですよ。豆のひき方とか、ドリップの仕方とか、もううるさい、うる…アテッ!」
そう言って奥野さんが振り向くと、一人の中年の男性が奥野さんの後ろに立っていた。
「初めまして、奥野瞳の叔父です。学校のお友達が来ていると聞きまして挨拶に来ました。これからも仲良くしてやってください。」
そう言って、丁寧にお辞儀した。
「あ、初めまして、赤城と申します。こちらこそよろしくお願いします。」
僕と先輩は立ち上がって同じようにあいさつをした。
「あ、僕は矢野浩二です。よろしくお願いします。」
「あ、矢野さんは三年生なので私の先輩なのよ。」
「今日お誕生日はどちらで?」
「あ、僕で~す」そう言って先輩が片手をあげた。
「おめでとうございます。今日のテーブルはおごりですので、ゆっくり楽しんで下さい。そしてこのケーキも。さ、どうぞお座りください。」
そう言って、奥野さんの叔父さんは僕と先輩にイチゴショートケーキを持ってきてくれた。
「あ、ありがとうございます。遠慮せず頂きます!それでは失礼いたします。」
そう言って矢野先輩と僕は再度テーブルに着いた。
「それでは私はカウンターに戻らないといけないので、これで失礼しますね。」
そう言って、奥野さんの叔父さんは奥へと引っ込んでいった。
「いい叔父さんだね。」そう先輩が言うと、
「うん、私、両親が早くに亡くなったから、ずっと親代わりでお世話になりっぱなしで…」
「え~そんな裏事情があったんだね。必要な時には僕達にも何でも言ってね。少なからずとも、何かの助けにはなると思うよ。」
先輩がそう言うと、奥野さんは深々とお辞儀をして、「ありがとうございます!」と元気よく答えた。

「今日はありがとう。ケーキもお茶もコーヒーも凄く美味しかった。」
「来てくださって、ありがとうございました。これ、割引券。今度のデートで使って!」
「もう!デートじゃないって言ったじゃないですか~!次何てないですよ!」
僕がそう言うと、先輩が、「あれ?そうなの?」とおちゃらかしたので、僕達は一斉に笑ってしまった。
そういった楽しい時間を過ごして、僕達はカフェを後にした。

「ただいま~」
そう言って玄関を入ると、
「おかえり~。矢野君もいらっしゃい。お誕生日おめでとうだね。」
と、奥から出迎えてくれたお母さんの頬にただいまのキスをした。
矢野先輩はそれをちょっとびっくりしたように見ていたけど、一息遅れて、
「ありがとうございます。今日はお招きありがとうございます。」と返事をした。
「遠慮しないで上がって~。料理が出来るまではもう少し時間がかかるからゆっくりとくつろいでてね。」
家の中を見回したけど、一番最初に出迎えてくれるお父さんが居なかった。
「おれ?お父さんは?」
「あ~急に仕事が入ってね、もう帰ってくる頃だとは思うんだけど…」
そう言う鼻先から、「ただいま~要君もう帰ってる~?」といつもの猫なで声がしてきた。
「おかえり~。僕はここにいるよ~。」と答えると、
「矢野君もちゃんと居る~?」
「お邪魔してま~す。」
そう先輩が返事をすると、両手いっぱいの赤いバラの花束を抱えて、お父さんは現れた。
「どうしたの?この花束。」僕がびっくりして聞くと、
「いや、矢野君の誕生日だから、ほら、お祝い。」
そう言ってお父さんは両手いっぱいの花束を先輩に差し出した。
「お父さん、こんな一杯の花束どうやって先輩持って帰るの?」
「う~ん、そうだったね…どうしようか?」
もう本当に後先考えない人だから…そう思っていると、
「あ、大丈夫だよ要君、たまには大輪を抱えた男って謎で魅力的じゃない?」
そう言って先輩はウィンクをした。
「おッ!話が分かるね~。どうだい?要君の婿に来ないかい?」
「お父さん!何言ってるの!先輩に迷惑がかかるじゃない!この前はデートだって早い、早いって慌ててたのに!」
そう言って僕はお父さんの足をギュッと踏んだ。
そんな僕達を矢野先輩はケラケラと笑って眺めていた。




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