消えない思い

樹木緑

第43話

帰り道は少し気が重かった。
本当だったら、今頃は矢野先輩と一緒に帰っているはずだった。
でも矢野先輩は、佐々木先輩と少し個人的な話がしたいと、僕を先に帰るよう促した。
佐々木先輩が、大丈夫だ、俺に任せろと矢野先輩に分からないように目配せをしたので、僕は先輩に任せる事にして、先に帰路に就いた。

河川敷には相変わらずスポーツクラブの団体がストレッチをしたり、ボールを蹴ったりして、忙しなく動き回っていた。
河川に目を向けると、太陽の日が反射してキラキラと光っていた。
その中を、ボート部が一斉にボートを漕いで、競争?をしていた。
その姿が眩しくて、少し目を細めて立ち止まって見ていた。

チリン・チリン
自転車のベルと共に僕は道の端へ避けた。
「赤城君、今日はお疲れ~」
僕が振り返ると、奥野さんが自転車の速度を緩めながら、ス~ッと僕の方へ自転車を寄せてきて、元気よく飛び降りた。
「あ、奥野さん、今日はお疲れ様!無事、合同練習が終わって良かったね。」
「最近蒸し暑くなってきたから、一日外に居るのってきついよね。」
「そうですね。でもあと、一週間だから、頑張りましょう。」

「そう言えばさ~」奥野さんが言い難そうに話し始めた。
「佐々木先輩の体操服だけどさ、早く先輩に返した方が良いよ。」
僕は何となく、奥野さんの言っている意味が分かった。
「皆、何か言ってましたか?」
「まあ、大体赤城君の想像している事に間違いはないと思うんだけど…」
「だけど…って、何か他にも僕が知らないことがあるんですか?」
そう尋ねると、彼女はちょっと迷って、そして話始めた。
「何だかね、噂になってるわよ。あなたがΩで、嫌がる佐々木先輩に迫ってるって。」
僕はびっくりして目を見開いた。
「え?そんな噂が出てるんですか?一体何故…?」
「それがね、その噂の元、どうやら三年の長瀬先輩らしいわよ。
で、どうなの?それって本当?
この前の様子では、どちらかというと、佐々木先輩が赤城君の事、追いかけまわしてた感じだったわよね?」
僕はちょっと苦笑いして、
「あ、いや、追いかけまわされてた訳では無いんですが…僕が追いかけまわしている訳でもありません。
でも佐々木先輩と一緒に歩いているところを長瀬先輩に見られて…
それで僕の着ている体操服に気付いてちょっと佐々木先輩とにらみ合いになっちゃって…」と気まずそうにいると、奥野さんが
「女の嫉妬って怖いわね~。」と言った。

「ね、奥野さんてβだよね?」
「そうだけど、どうかしたの?」
「αのオーラを感じた事がありますか?」
「αのオーラ?あ~あの気で他の人をコントロールするって言う?」
「う~ん、基本的に私の周りにαってあまりいないからね~。それにそもそも、他の人をコントロール出来る、そんな強いオーラを放てるαも希少だって聞くし…そもそもΩの友達だって赤城君が初めてだしね~。で?オーラがどうしたの?」
「その、長瀬先輩に出くわした時に、僕、長瀬先輩のオーラでちょっと金縛りっぽくなっちゃって…それに怒った佐々木先輩が今度は長瀬先輩を跳ね退けちゃって…」
「ひゃ~!赤城君って、凄まじいカップルの板挟みになってるんだね。気の毒に思うわ~。でも長瀬先輩も、佐々木先輩も強いαなんだね~。」
その奥野さんの言葉に僕は少し納得してしまった。

だからあんなに俺様なんだな…
でも、長瀬先輩の事はどうしよう?

「あ、じゃあ赤城君、私このまま真っすぐだから!赤城君はこの公園付き抜けて行くんでしょう?」
「うわ~、早いですね、もうここまで来てたんですね。奥野さんと話できてよかったです。また来週!」
手を挙げて僕が挨拶をすると、奥野さんはまた自転車にまたがり、チリン・チリンとベルを鳴らして去って行った。

僕は玄関のドアを開けて、「ただいま~」と中に入った。
「要く~んお帰り!」
お父さんが嬉しそうにそそくさと玄関まで出迎えてくれた。
「あれ?お父さん、今日は仕事は?」
「今日は午後からオフになったんだよ~今夜まで予定してあった撮影が早く終わってね。やっぱり俺の実力かな~。」
「あ~はいはい。」
僕はお父さんを素通りして、キッチンへと向かい、お母さんが居ないことに気付いた。
「あれ?お母さんは?」
「あ、優君はね~」
お父さんが言いかけた時、
「あ、要、お帰り。」
そう言ってお母さんが寝室から出てきた。
「どうしたの?具合悪いの?」
「あ、大丈夫だよ。ちょっと発情期来ちゃってね。お薬飲んで休んでたんだよ。」
「あ、そうだ、僕、お父さんとお母さんに質問があるんだけど、体調は大丈夫?」
「大丈夫だよ。まず、着替えておいで。軽く夕食の準備するから、その後ででもいい?」
「うん、僕、手伝うよ。ちょっと待っててね。」
僕がそう言うと、お父さんも負けずに、
「優君は俺が手伝うから、要君はお部屋でリラックスしてていいよ~。ご飯できたら呼ぶから。」
「じゃあ、遠慮なく!」
そう言って僕は部屋へ行き、着替えた後ベッドに転がって、読みかけの本を開いたけど、いつの間にかウトウトと転寝をしてしまった。

「要く~ん、ご飯だよ~。」
お父さんが呼んだので、僕はハッと起きて、「ハ~イ」と返事をして、読みかけで僕の胸にうつ伏せで置いたままの本を閉じて、ダイニングへと急いだ。
「今日は優君も体調悪いし、簡単に消化にも良いおソーメンにしました~」
そう言ってお父さんがタプタプの氷水に浸したそうめんをド~ンとテーブルに置いた。
サイドにハム、キュウリ、卵の千切りなどもあって、おいしそうだった。
「頂きま~す!」そう言って僕はちゅるちゅるとそうめんを食べ始めた。
「学校はどう?」と父さんが尋ねた。
「来週の日曜日に体育祭だから今日は全校合同の体育祭の練習だったよ。」
「要君は何か出るの?」
「僕、学年行事しか出ないよ。スポーツ出来ないし。」
「優君、ビデオカメラは何処だったっけ?」
「えっ?体育祭来るつもりなの?」
僕はお父さんの方を凝視して尋ねた。
「そりゃ~要君の晴れの日だからね~。」
「ダメ、ダメダメダメ!絶対来ないで。高校生にもなって保護者が来るなんて、僕恥ずかしくって顔があげれないよ!」
「え~楽しみにしてたのに~。本当に来なくて良いの?」
「当たり前です。あ、それと僕、明後日の日曜日は矢野先輩とお出かけなのでご飯はいらないです。
もし早く帰ってきそうだったら、コンビニで何か買ってきま~す。」
「え~何々?デート?」
とお母さんは冷やかしたけど、お父さんは、
「ダメダメ、早すぎる!」と勘違いをしていた。
「デートじゃないよ。その日は矢野先輩の誕生日なんで~す。」
「あ、だったらその日は夕食に招待したら?」
お母さんがそう言ったので、僕は先輩にメッセージを送ることにした。

夕食が終わって、僕達はリビングに移って来ていた。
お母さんが食後のお茶を持ってきて、
「で、質問ってなに?」と、聞いてきた。
僕は深呼吸して、
「ね、お父さんとお母さんって、どうやってお互いが運命の相手だって分かったの?」と尋ねた。
その質問をした途端、お父さんとお母さんがお互いを見合った。
そしてお父さんが、「そうだね~目と目が合った時ビビッと?」と言ったけど、僕にはよく理解できなかった。
「それって、目が合えば分かるの?初めて目が合うとき?とれとも何度も合った後ビビット来たの?」
「ちょっと、司君、それじゃ抽象的過ぎて分かんないよ。」
お母さんがそう言うと、お父さんはう~んと考え込んで、
「何何、要君、誰か気になる子でも出来た? ほら、おとーさんに話してごらん。」と勘違いしている。
「そんなんじゃないよ。」と僕が言うと、

「あ、そう言えば、凄く匂いに惹かれたよね?」とお母さんが言った。

え?匂い?
僕は少しドキッとした。

「そう、そう。同じαでも司君のは他のαとは全然違った!」

え?皆同じじゃないの?
それって…
そう言えば気付けばいつもそこには佐々木先輩の匂いがあった…
佐々木先輩だけ…
矢野先輩なんて、微塵も匂わなかった…
心と体は比例しないんだろうか…?

「あ、確かにそれは言えるね。優君のは他のΩとは匂いが全然違う。」
「え?どんな匂い?」
「どうだろう? それって一人ひとり違うんじゃないかな?でも、その匂いに抗えなかったよね。」
「だよね~。もう磁石みたいに惹かれあっちゃって…僕、生涯一人で生きていくんだって、頑固に思っていたのが一瞬でひっくり返って、もう司君しか見えなくってね。これまでの自分は何だったんだ~みたいな?あれは本当に不思議だった。一瞬で落ちるって、こういう事なんだな~って納得した瞬間だったよ。」
「だよね、だから要君が出来ちゃって…えへへ」とお父さんが言うと、お母さんが真っ赤になって「司君!」と嗜めていた。
「でも、要君には要君だけに分かる何かがあるよ。」とお父さんが言った後、お母さんが、
「どうしたの?何か気になる事でもあったの?」と尋ねたので、僕は、
「いや、大したことじゃないんだ!とりあえず、参考になったよ。ありがとう。」と言って、お茶を飲みほした。


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