消えない思い

樹木緑

第32話 出会い

暫く部室で感情を抑えていた矢野浩二は、ハッとしたように要を追って部室から飛び出した。

そんな…要君が…僕の事…そん事全然気付かなかった…
じゃあ、あの時も…それからあの時だって…彼はどんな気持ちで僕の話を聞いていたんだろう…
これまでの彼の行動を考えると、そう言う節はあったのに、何故気付かなかったんだ…
何て僕はバカなんだ…
そう言う思いが矢野浩二の頭をグルグルとしていた。

要を探して走り回ったが、最初にたどり着いたのは、要のクラスルーム。
矢野浩二は勢いよく1年3組の戸を開けた。
「あれ?矢野先輩!そんなに息を切らしてどうしたんですか?」奥野瞳が尋ねた。
「要君は?教室には帰って来て無いのかい?」
「いえ、今日は美術部のお手伝いに行ったんですけど、まだ来てないんですか?」
「あ、いや、居ないんだったら良いんだ。」そう言って駆け出した矢野浩二に、
「先輩!要君のカバンはまだあるから、学校のどこかに居ると思いますよ!」と奥野瞳が叫んだ。
矢野浩二は「ありがとう!」と言ってまた駆け出して行った。

一体どこに行ったんだろう…
あんなに泣いて…
教室にも居ないとすると…
もしかしたら非常階段?そう思いながら非常階段へと来てみたが、数人の生徒が戯れているだけで、そこに要の姿はなっかた。
もしかして…体育館裏?
そう思って矢野浩二は体育館の方へと走って行った。

校舎から体育館へは、旧校舎へ行くのとは別の渡り廊下があり、この渡り廊下は体育館のサイドにあるドアと繋がっていた。
矢野浩二は校舎を出て、渡り廊下に差し掛かったところで、体育館の裏へと横切る要の姿を発見した。
要は体育館の裏に在る、階段のある方へと走って行ったようだ。
矢野浩二は、体育館の裏の階段がある方まで駆け寄って、そっと階段を上って行った。
「あ、要…く…ん…」と言いかけた時、要が誰かといる事に気付いた。
矢野浩二は呼び掛けた要の名前を堪えて、静かに要の方へと近ずいて行った。
そして踊場へ続く階段の死角に隠れて、そっと要の方を伺った。
要が誰かと話をしている声がボソボソと聞こえる。
本当は要の所へ行き、話がしたかった。
だが、とても声が掛けれるような雰囲気ではなかった。
要が話をしている相手は死角になっていて見えなくて、誰だか分からなかったけど、
こういう事は人目に付くところで話せることじゃないな…そう思って、後ろ髪惹かれる思いで、今来た道を部室へと戻って行った。

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<今から少し前、要が部室を飛び出した後の話>

「どうしよう、どうしよう…こんなつもりなかったのに…まさか、まさかこんな形で告白するつもりはなかったのに!」
僕は凄く怖くなった、もし矢野先輩がもう口もきいてくれなかったらどうしよう?
せっかくいい関係を築いていたのに…どうしよう…
もし、避けられたら、僕は耐えられるのだろうか?
もし、嫌われてしまったら…

僕はやみくもに走っていた。
そして気付いたら、体育館の2階へ続く階段のところにいた。
僕は階段を上って行き、その踊り場で段に座り、顔を両足の間に渦込ませて、声を殺して泣いていた。
ここだと、放課後は誰も来ないだろうと思ったからだ。
少し間をおいて、誰も居なくなったのを見計らって、こっそりと家に帰ろうと思っていた。
そして、家で一杯泣いて、すっきりした後で明日の事を考えようと思った。

「あれ?君どうしたの?そんなところに座り込んで。気分でも悪いの?」そう、声を掛けてきた人が居た。
僕が涙を拭いて上を見上げると、太陽を背に、眩しさで誰だか判別できない人が膝に手を置き、中屈みになって、僕の顔を覗き込んでいた。
考え込んでいた僕は、人が来たことにも気付かずにいた。
僕は慌てて、「あ、すみません、大丈…」と言いかけた時、ふわりと柔らかい、懐かしい感じの香りがしてきた。
あれ?この香りと僕は思った。
部室でつい最近嗅いだ匂いと、とても良く似ていた。
階段からスクッと立ち上がって、はっきりとしてきた顔の輪郭をマジマジと見ると、そこに立っていたのは、生徒会長の佐々木裕也先輩だった。
「あ、先輩…すみません。練習の邪魔でしたか?」
佐々木先輩は何処から見ても練習中だと分かるバレーボールの練習着を着て、汗びっしょりでそこに立っていた。
「俺は大丈夫だよ。いま休憩中で、休憩の時は何時も此処に来て、一人で考え事をするんだ。」
「あ、お邪魔してすみません。僕直ぐに…」と言って立ち去ろうとすると、佐々木先輩は僕の腕を掴んで僕を引き戻した。
そして僕の顔に近ずいて、スンと僕の匂いを嗅いでいるような仕草をした。
僕は何をしているんだろう?と思ったけど、先輩は直ぐに、
「遠慮しなくても大丈夫だよ。何かあったんだろ?目が真っ赤になって腫れてるよ。ここに座ったら?」とその場に座り、自分の隣を勧めてくれた。
「あ…でも僕…」
「大丈夫、大丈夫。時間は在るんでしょ?」
「先輩は練習の方は?」
「俺キャプテン、どうとでも出来るよ。」そう言って無理やり僕を隣に座らせて、
「俺は佐々木裕也。まあ知ってると思うけど、生徒会長で今バレーボールの練習中!基、休憩中!君は?」
「あ、僕、赤城要と言います。すみません。こんなところでメソメソとして…」そう言ってもう一度湿った顔を腕で拭った。
先輩は、「で?何があったの?話してみたら?すっきりすると思うよ。」汗をタオルで拭きながら、そう言ってくれた。
「あ、でも僕、部室に戻らないと…」と言うと、
「君、美術部でしょ?」と先輩が聞いてきたので、少しドキッとしたけど、「何故分かったんですか?」と問い返した。
「いや、君の香りが…」と先輩が言いかけて、言うのを辞めた。
発情期は完全に終わって、何の匂いも発してないと思っていたので、「え?香り?」と困惑していると、
「君、この前僕が美術部部室で昼寝をしてた時に、部室に来なかった?」と先輩が尋ねてきた。
僕はぎょっとして、
「え?何故それが?」と先輩に尋ねた。
自分では気付かなかったけど、部室に行った時にはもう発情して匂いを発していたのだろうか?と心配していると、
「いや、君は気にしなくて良いよ。」と先輩は言ってくれたけど、僕は凄く気になった。
「で、涙の原因は?」と先輩がしつこく聞いて来るので、僕は断念することに決め、事の経緯を話し始めた。

先輩は黙って僕の話を真剣に聞いてくれた。
「そうか、そんなことがあったんだな。辛かったな。」と先輩は僕の気持ちを理解してくれた。
その気持ちが凄く嬉しかった。
「だが、浩二のやつ…あいつ、鈍感だろ?」と先輩に言われて、僕はクスっと笑ってしまった。
少し緊張が解れた。
「おっ、元気が出てきなたな?でも、同感だろ?あいつ、昔からそうなんだよな。女子が周りでウロチョロ、ウロチョロ自分アピールしてるのにな、いつも笑って全然的外れな事を言ってるんだ。」
僕はそれが自分の行動にもあまりにもピシャリと当てはまって、可笑しくなり、
「確かに!僕何度も、何度も遠回しにスキ、スキ言ってたのに、ちっとも気付いてくれないんですよ~。」と、段々と、先輩と話している事が自然と楽になって来た。
そして、話しているうちに、何だか、前から先輩の事を知っていて、前からこういう風にやり取りをしていたような感覚に陥った。
「あっ、すみません、僕初めて話す先輩にこんな気軽に…」と言って謝ると、
「気にするなよ。要と話をしていると、何だか前から知ってるような気になってな、前に一度もあったこと無いよな?」と先輩が聞いて来るので、少し考えて、「ありませんね~」と答えた。
「今、携帯持ってる?」と先輩が聞いてきたので、僕はポケットをちょっと探って携帯を取り出した。
「ちょっと貸して。」そう言って先輩は僕の手から携帯を取り上げ、何やらパチパチと打ち込んでいた。
そして僕に電話登録の所を表示して、
「これ、俺の番号。今俺にもこの携帯から電話したから要の番号は登録しておく。相談事があったら、何時でも連絡して。特に浩二の事だったら尚更ね、小さい時からの付き合いだから、奴のあんなことや、こんなことや、恥ずかしい事まで全部知ってるから教えてあげるよ。」と先輩が耳打ちしたので僕はハハハと声を上げて笑った。
そして続けて、「あ、でもその番号、誰にも教えるなよ。特に女子な。留守電がパンクしてしまうから!」と言ったので、僕はクスクスと笑った。

「佐々木先輩、ありがとうございました。なんだかモヤモヤがすっきりしました。僕、諦めずに頑張ります!」そう言ってガッツポーズを見せた。
「ハハハその意気、その意気!」と言って先輩は僕を励ましてくれた。
「じゃ、僕部室に帰らないと…矢野先輩まだいるか分からないけど、会って話してきます!」
「がんばれよ!」
「ありがとうございます!」
そう言って佐々木先輩に元気よく手を振って僕は部室へと走って行った。

そこにに残された佐々木裕也は、「赤城要か…がんばれよ、だ?フン!俺も良く言うよ…でも、やっと見つけたよ…」そう呟いた後、大きな伸びをして暑苦しい体育館へと消えていった。

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