消えない思い

樹木緑

第19話 お見舞い

玄関のドアのあく音がして、「要君は大丈夫ですか?」という声が聞こえてきた。
少しドキッとした。
「今は薬が効いて安定してるから大丈夫だよ。会って行く?」そうお母さんの声が聞こえてくる。
どうやら、今日学校へ行かなった僕を心配して、先輩がお見舞いに来てくれたようだ。
「あ、じゃあ、迷惑でなければ。」と言う声と共に、先輩が僕の部屋へ歩いて来る足音がしてくる。
「僕は飲み物持ってくるから要の部屋へ行ってて。部屋のドアは開いてるから、もし寝てたら勝手に入って。」そう言ってお母さんの足音は、キッチンの方へと遠ざかって行く。
僕は、彼らの会話を聞いて、昨日は変じゃ無かったかな?と心配になって来た。
ササっと起き上がり、少し髪を整えて、ナイトスタンドに置いておいた本を読むふりをした。

先輩の足音が近ずくに連れて、ドキドキが大きくなる。
「あ、要君、気分はどう?」と言ってニコニコとして、先輩がドアの所からヒョイと顔を出して手を振っている。
なんだか先輩の顔を見たら泣きそうな気分になった。そして、先輩の顔を見ることができてホッとしている自分が居るのにも 気付いた。
僕は平常心を保って、「どうぞ、入って下さい。」と言って先輩を部屋に通した。
「今日は学校休んでいるって青木君から聞いてびっくりしたよ。」そう言って先輩が僕のベッドのところまできて、ベッドの端に腰を下ろした。
「すみません、なんだか発情期…来ちゃったみたいで…初めての事だったからちょっと体がパンクしちゃって…」
「うん、そうみたいだね。昨日公園で君の様子がおかしかったからもしやと思っていたんだ。かすかに匂いもしていたし。Ωってああいう匂いがするんだね。今まで嗅いだこと無かったから凄い体験だったよ。」と言って先輩はハハと笑った。
「変な匂いでしたか?先輩に迷惑かけませんでしたか?」
「いや、全然大丈夫だったよ。匂いも甘い感じでそこまで強くも無かったからなんかちょっとドキドキしたくらいで…」と言って先輩は少し照れていた。
「まさか発情期でこんなになるなんて、自分でも全く予期していなかったので、少しびっくりしました。学校や、人通りが多い場所では無くてよっかたです。正直Ωの発情期を舐めてました。」そう僕は先輩に告白した。
「確かにだよね。もしあそこにαが居て、誰もいない陰に引き込まれでもしてたらと思うと、ぞっとするよね。本当に君が無事で良かったよ。」
「今日は学校に行けなくてすみませんでした。」
「大丈夫だよ、誰だって体調の悪い日はあるさ。発情期の体調の悪さも、それと同じで何の変りも無いさ。」と先輩は言ってくれた。
「今日入部届持ってくるって言ってたのに…」そう言って落ち込むと、
「大丈夫だよ。美術部は逃げないから、学校に戻った時に持っておいで。」そう言って先輩は微笑んでくれた。

「ノック、ノック!紅茶と昨日の残り物だけど、矢野君の持ってきて来てくれたケーキをどうぞ」そう言ってお母さんがケーキと紅茶を持ってきてくれた。
「ありがとうございます。今日はご主人はお仕事ですか?」
「うん、要がこんなだから行きたくな~いって駄々こねてたけど、マネージャーが引っ張っていったよ。僕は練習休んじゃったけどね。」とクスクス笑って教えてくれた。
「アハハ、何だかその姿、目に見えます」そう言って先輩は笑った。
「矢野君は今日は部活動は大丈夫なの?」
「はい、皆コンクールに向けてそれぞれ制作をしてますので。」
「矢野君はやらなくても大丈夫なの?」
「あ、はい。僕はもう既に終わって、提出も済んでますので。」
「矢野君は優秀なんだね。」
「いえ、暇なだけです。」と先輩が謙遜している。
「そう言えば、要が言ってたけど、矢野君って要の大好きな絵の作画者なんだって?」
「ハハハそんな大それた物ではないのですが、そうらしいです。」
「要が初めてそれを知った日はそれはもう大変で!」とお母さんが僕をチラチラ見ながら、からかって来る。
「だって、本当にあの絵、欲しかったんだから!」と言って僕は口を尖らせた。
「あの絵が展示されてた時って本当に大変でね。どうしても欲しい、欲しいって駄々こねられて…。美術館や学校や色々と当てを回ったんだけど、どうしてもいい返事がもらえなくって、もう要なんて一週間僕と口をきいてくれなくって…」とお母さんが笑っている。
「お母さん!僕の黒歴史をばらさないでよ!」と僕はプリプリとして見せた。
そんな僕たちのやり取りを見て先輩は笑っていた。
そして、「でも、僕、絵を欲しがってる人が居るとか全然知らなかったんだけどな、学校も、誰も何も言わなかったし。」と先輩が言うと、
「そうなんだよね、描いた人に取り次いでくれって言っても、これは売りものじゃないから、の一点張りでね。まあ、高校生の描いたものだったし、プライバシーの保守みたいなのもあったんじゃないかな?」とお母さんが教えてくれた。
「でも、学校も一言くらい言ってくれても良かったのに…そんな大ファンが居てくれたんだったら、僕のその後の制作意欲にもつながったのに…ね?」と言って先輩は僕にウィンクをした。
僕が頭を掻いてちょっと照れてると、「あ、そう言えば、君の担任の先生から預かって来たものがあるんだ。忘れる前に渡しておかないと!」と言って先輩は大量の宿題をベッド上にポンと置いた。
それを見て、「あ~先輩!お見舞いなんてほんと良かったのに、何故やってきたんですか~」と僕はからかってブウブウして見せた。
「ハハハ矢野君に一枚取られたな」そういってお母さんは笑っていた。
しして、そんなお母さんを見つめていた先輩の表情で僕は気付いてしまった。
先輩のお母さんに対する感情を…

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