桜子の物語

樹木緑

第26話 メッセージ

「ジャーン!」と桜子は大声を張り上げた。
こぶしを握り締めてワナワナと震えている。
そう、彼女は怒っているのである。
何に怒っているのかというと、ジャンがお風呂から出た後、濡れたままで家を歩き回っているからである。
それも裸で。
結局あの後、ジャンは桜子の家で面倒を見る事になった。
何度も、何度もこちらの世界での生活スキルを教えても、一向に守らないのだ。というか、覚えないのだ。
タオルは辛うじて腰に巻いてはいるものの、いつ落ちてもおかしくないような巻き方である。
それはいつもの事で、桜子が何度いってもこのような感じである。
なんでも、彼らのお風呂と言うのは、普通は湖で水浴びをするらしい。
寒くなると、お湯で体を拭くだけらしが、普通の家庭になると、お風呂用の桶があるらしい。
「はん?」と言って振り向いたジャンの髪からは水がポタポタと滴り落ちている。
少しずり下がった瓶底眼鏡をクイッと人差し指で押し上げて、「???」と言うような顔をしている。
桜子はジャンの前に仁王立ちしてジャンを頭の先からつま先まで見下ろしてため息をつく。
背は高いものの、はきっり言って、マコ兄と同じくらいの身長があるくせに、ガリガリの貧弱な体に、真っ黒の、何時散髪をしたのか分からないような、目の下まである前髪と、リンスなんてした事無いんだろうというような肩まで伸びた髪、して前髪の隙間から覗く瓶底眼鏡の奥にある大きな真っ青い瞳はとてもアンバランスで、間違ってもこいつとは恋には落ちないわねと思わせるKYなジャンは、何かをやる度に桜子をイライラとさせていた。

ジャンがこの世にあらわれてから、既に数か月の月日が経っていたが、世間は割と穏やかに過ぎていた。
今の所、異世界からの追ってがくるような気配は無さそうだ。

見た目ジャンは老けて見えるが、実際は桜子達と同じ位で、16歳と言う事だった。
学校に行くわけにもいかず、日中は殆ど温室にこもり、桜子の好きなソファーの上で読書をしている事が多かった。
この世界の知識は、どれもジャンをびっくりさせる事ばかりだった。
それでも、向上心の高いジャンは、どんどんこの世界の知識を吸収していき、桜子達をしのぐ学力・知識・能力の持ち主ともなっていた。
また、肝が据わっているのか、気にしていないのか、様々な現代のテクノロジーを見ても、微動だにしなかった。
ジャンには、順応力が備わっていた。
だが、初めて桜子の家族と顔合わせをした時、ジャンは桜子の父親の顔をみてびっくりしていた。
それは、ギリアンの兄であるダンテの息子のシュシカに瓜二つだったからだ。
助けが来てくれたのかと思ったらしい。
だがそれはカラ喜びに終わった。
ジャンの話によると、シュシカは魔法戦士として、王の右腕となっているそうだが、魔法使いのような魔法は使えないらし。
ダンテの奥方筋が王に仕えた魔法戦士で、シュシカにはその血が濃く出たようだった。
そして桜子が一番興味があったのは…もちろん、王に息子がいるか…

結果は…

18歳の息子がいるそうで、後の王となるそうだ。
それも、歴代の王の遺伝を受け継ぎ、魔法戦士として高い能力を備えているらしい。
桜子はこの情報を得て以来、異世界への道を見つける事に更に力が入った。
条件は全て揃っている。
魔法使いな私。
カッコイイかは見ないと分からないが、凄腕剣士の王子様。
そして異世界。
私を狙っているであろう悪の組織達。

桜子のもう一つのイライラの理由は、これだけの条件が揃っているにも関わらず、まだ異世界へ行けてない事。
それとジャンが全然の役立たずな事。
それもその筈である。
ジャンの専門魔法が何なのかまだ分からない為、今の状況に応じた魔法が何も使えないと言う事。
異世界召喚はかなりのレベルの高い魔法で、下手をすると、自分の命と引き換えに行わなければならない事。
そしてジャラルートンには今は異世界間移動の出来る召喚魔法の使える魔法使いは居ないと言う事。
魔法使いの長である桜子の叔父でさえ、命の保証が無いと言われる魔法だ。
その為、ギリアンは命を落とした。愛する人を守るために。
だが、それを簡単にやってのけられる人物が恐らく一人。
それが桜子だった。
しかし、桜子はまだ未熟であるが故に、召喚の魔法を知らないのだ。
もちろんジャンも。
恐らく、魔法使いの長の塔へ行けば、図書室にそれを記した本があるだろうが、現状では、異世界へ行くのはおろか、連絡さえも取れない状態なのである。
桜子のイライラと不安は募るばかりだった。
そんな時だった。
不意に桜子の携帯が鳴った。

桜子はポケットから携帯を取り出し、差出人の名を見ると、奈々からだった。
メッセージの内容は、
「桜子、このリンクを開いてみて。」として送付されていたのは,I TUBEのリンク。
そして続いて、「この動画のタイトルが、"ジャン・ルブルーン・ガルマディンに告ぐ"なのよ。それってあのジャン?動画の内容は言葉が?????で分からぬ。何かわかったら即連絡すべし!」とあった。
桜子はドキドキとしながら動画を開いた。
そこには、いかにも魔法使いと言った様な人物が図書室の様な所に立ち、何かを話している動画だった。
恐らく事の経緯を知らない人が見ると、コスプレ?と思うような動画だが、ここ数か月の経験でこれがコスプレで無い事は、桜子には直ぐに分かった。
そして、その声を聴いたジャンが直ぐさま、桜子の携帯を覗き込んだ。
だんだんと桜子に顔を近ずけて携帯に移っている人物を確認しようとすると、
桜子は「ギャー!」と叫んで、ジャンをバシバシと叩いていると、その騒動を聞きつけた誠が何事だろうと部屋から出てきた。
そして二人を見て、
「おまえら、そんな事は普通、人目を忍んでやるんだぞ。」と言っている。
桜子はフーフー言いながら、「違うわよ!どこをどう見たらそう見えるのよ!」と叫んでいる。
ジャンは何のことか分からず、キョトンとしている。
そして、「今の声はダンテ様です。彼は何処に?」と聞いて来る。
誠が「何の事?」と聞くと、桜子が奈々から送られてきたメッセージの事を伝えた。
「とりあえず、俺のパソコンで見てみるぞ。」
そう言って、3人は誠の部屋へ行き、誠のパソコンの画面から動画を見る事にした。



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