桜子の物語

樹木緑

第25話 記憶

ジャンは呆けて、ガーデンテーブルの所に気力を無くしたように座っていた。
そしてそんなジャンを見ながら直人が、「お前、どんな事があっても冷静に対応できるように訓練されてたんじゃないのか?」とからかった様に言っている。
そして、「あ~これからジャンの事、どうするかが問題だな。」とポツリと言った。
「ま~家に置くしか無いだろ?」と誠が答えている。
「とりあえず、お祖母ちゃんが目覚めたら、お祖母ちゃんに助けを乞うしかないわね。」と桜子が続けた。
奈々と直行と和人を帰した後、三人は寄り添ってヒソヒソとジャンに付いて話し合っている。
「あの…僕はどうしたら…」とジャンがオロオロとしている。
「あなたはいいから、今はそこに静かに座ってなさい。」と桜子が言った。
ジャンが心配そうに「あの…」と立ち上がると、「なに?」と三人一斉に振り向くので、「あ、いえ…」とオズオズと引っ込んでしまう。
そんなことを繰り返しているうちに、桜子が
「なんだかお祖母ちゃん、倒れた時、様子変だったよね?」と言い始めた。
「恐らく、記憶が戻って来てるか、何かを思い出し掛けたかだろうな。」と直人がいった。
「お祖母ちゃん、何か思い出してくれてたら良いね。」と桜子が言った瞬間、「う~ん」と少しの唸り声と共に、加乃が目を開いた。

「あ、お祖母ちゃん、私が分かる?自分が今どこにいるか、分かる?」そう言って桜子が心配そうに祖母の加乃の顔を覗き込んでいる。
加乃は少しほほ笑んで、「桜子ちゃん…」と言った。
ジャンは加乃を見て、「あの…こちらは?」と尋ねた。
「私のお祖母ちゃんの、大木加乃です。」と桜子が答え、そして直人が、
「で、恐らく、その亡くなったギリアンって人の伴侶か恋人だった人な。」と付け加えた。
ジャンは「えっ?」とびっくりして、「ギリアン様がご結婚されていたと言う事は聞いておりませんが…」と言うと、
加乃がボソッと、「あの日、私たちはムーアの花咲く湖で、結婚しようと誓ったのよ。その時にあのムーアの花で出来た指輪をもらって…」と言うと桜子が、「え、あれ、婚約指輪だったの?」とびっくりしている。
「あの日は…」そう言って加乃が顔を歪める。
「お祖母ちゃん、思い出したくなかったら、思い出さなくても良いのよ。」と桜子が言うと、
「いいえ、もう全部思い出したの。」と加乃が言った。そして続けて、
「あの日はギリアンに求婚されたことで幸せ一杯だったわ…でも…禍々しいもの達に邪魔をされて…彼らは私を狙っていたの…何故?何故彼らは私を狙っていたの? そのせいで…そのせいで、ギリアンは私をこの世界へ送り帰したの…」と言って涙を流した。
「お祖母ちゃん、お祖母ちゃんが行方不明になってた間、何があったのか話してくれるわね?」

加乃は皆を一回り見渡して、「私は可の世界でノーラと呼ばれていたの。」と話し始めた。
「ノーラ…その名前はペペ様から聞いた事が…」とジャンが言った。
加乃は涙を流しながら、「ああ、久しぶりに聞いた名前だわ。ペペは元気なの?」と尋ねると、
「はい、お元気です。良く、ムーアの花摘みにいらっしゃってて、お会いしますよ。」と教えてくれた。
「ああ、ペペ…彼女は私にとってあの世界でのお姉さんの様な存在だったのよ。あ、じゃあ、ペペからローレイやザンの事とか何か聞いた事は?」と尋ねると、
「ペペ様に、お二人とも、お亡くなりになられた事は以前お聞きしました。」とジャンは答えた。
「そうなの、彼らは亡くなったの…そうよね、私がもうこんなお祖母ちゃんになってるからね…」と加乃は寂しそうな顔をした。
そして、「ローレイとザンはね、向こうの世界で私を助けてくれた夫婦でね、お父さんと、お母さんのような存在だったの」と言った。
続けて、「じゃあ、彼らについてペペは何か言ってた?」と尋ねると、
「いえ、亡くなられたということ以外は分かりません。」とジャンは申し訳なさそうに答えた。
「そうだったのね、ありがとう。」と加乃はお礼を言った。
「あの…王城にいらっしゃるリュイ様もノーラ様の事について良く話をされていました。」とジャンは続けた。
「まあ、リュイはどうしているの?」と加乃が尋ねると、
「王城の薬師長をしてらっしゃいます。」とジャンが答えると、
「まあ、昇進したのね。夢がかなって私も嬉しいわ。ねえ、リュイは結婚したのかしら?」と加乃が尋ねると、
「いえ、私の知っている限りではご結婚はなさっていません。」とジャンは答えた。
「フフ」と加乃は小さく笑って、「やっぱり彼は薬師の道に生きたのね。」と言った。
「彼はね、私にとって、向こうでのお兄さんのような存在だったのよ」と言った後、
「とても懐かしい名前が聞けて良かったわ。」と嬉しそうな顔をした。

「じゃあ、ここで本題ね。私が去った後に一体何があったの?何か聞いてる?あの禍々しいもの達は何だったの?」と加乃が聞いた。
桜子も、二人の兄達も、息を殺して加乃とジャンの話を聞いている。
「僕も、詳しい事は良く知らないのですが、私の師から、予言の魔法使いが、異世界より、救世主の母がジャラルートンに現れると言う事を解明したと聞きました。それが最初誰なのかは分からなかったそうです。でも、ギリアン様の証言に予言の魔法使いがシンクロして、それがノーラ様の事だと言う事が分かったそうです。そして、ノーラ様の情報を黒魔法使い達も、つかんだと言う事も分かりました。あの禍々しいもの達は、黒魔法使い達が黄泉の国より召喚した者達です。私たちは黒魔法使い達が誰に仕えているのか掴むことが出来ませんでした。それで魔法使い達はノーラ様を守るために、元居た世界へ戻す必要があると判断したそうです。」
「そんな…その為にお祖母ちゃんは、ギリアンと引き裂かれたの?」桜子が泣きながら訪ねた。
加乃はジャンの瞳を見つめて、「ギリアンは亡くなったのね。」と尋ねた。
「はい。黒幕は、ノーラ様が子を宿していることを突き止めました。もう少しで彼らは異世界へ帰したノーラ様に届くところだったと聞いています。ギリアン様は異世界との扉を封じるために自分の身を犠牲にして魔法陣に封印をかけられました。それにより、誰も異世界へ行く事が出来なくなったということでした。」
「でもそれだと…救世主が生まれても、異世界へ行く事が出来ないんじゃ…」桜子がそう言うと、
「救世主の母の血を引く子が、その封印を破ることが出来ると言われていたんです。そして私がここへ来た…と言う事は、恐らく封印が破られたことだと思います。」
「じゃ、桜子が救世主???」と直人が目を丸くしている。
「いえ、そうとは限りません。」とジャンが言うと、
「それはどういう?」と直人が聞き返す。
「現にノーラ様は救世主の母となると言われていましたが、現に封印を破ったのはお孫さんの桜子さんです。だから、救世主は何代目の子になるのかはまだ分からないと言う事です。」とジャンが答えた。
「なるほどな。」と誠が納得している。
「じゃ、桜子であるかもしれないし、桜子の子であるかもしれないと言う事だな?」と直人が聞き返した。
「そう言うことになりますね。」とジャンが言い、
「じゃあ、封印が破られたと言う事は、奴らがここへ来る事が出来ると言う事だよな」と誠が尋ねると、
「そうとも取れますね。」とジャンが答えた。
「それって凄く危なくね?」と直人が言うと、
「そうですね、出来れば早く長にその事を伝えたいのですが…」とジャンが戸惑っている。
「長って言えば、私の大叔父にあたる人なのよね?」と桜子が尋ねると、
「そうですね、桜子さんたちがギリアン様のお孫様になられるのであれば…」とジャンが答えた。
すると桜子は、「だから私は異世界へ行き、偉大なる魔法使いになりたいと何時も思っていたのね。これってきっとDNAのせいよ!」と一人納得している。
そして誠がポツリと、「でも、異世界人と俺達でもちゃんと子は生せるんだな。」と呟いた。

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