桜子の物語

樹木緑

第20話 魔法陣

「あ、違う、違う、そこはそうじゃなくって…」と奈々は桜子に向かって叫んでいる。
桜子は脚立に立って、魔法陣を壁に写している。
使っているのは黒板の赤いチョーク。
家のリビングと温室が繋がった温室側の壁には、大きな魔法陣を描く十分なスペースがあった。
壁は白く、そこにはポスターなどの飾りも、家具などの置物もなく、魔法陣を描いても、誰の邪魔にもならなかった。
そしてそこには桜子の兄達である、和人と誠も居た。
誠は魔法陣の制作者として、大部分を描き、届かない部分を、桜子が脚立に立って描いていた。
奈々は桜子が魔法陣のコピーが見えやすいように隣でメモを広げ、和人は誠の助手をしていた。
直行は直人を手伝って、祖母の本棚を探って、あの時の日記を探していた。

「このシンボル、ちょっと違うんじゃない?」
「まって、この文字はここでいいんだっけ?」
「あ、そのシンボルはここだよ。」
「あ~また間違えちゃった!」
「ちょっと、このライン、どう引いたら真っすぐになるの~」

そんな事を、ごちゃごちゃと話合いながらやっていると、直人と直行が戻ってきた。
「あ、お祖母ちゃんの日記、見つかった?」そう桜子が尋ねると、「いや、それらしきものは無かったよ。」と直人が答える。
「本当にお祖母ちゃんの日記だったの?」
「ま、俺もまだ小学校の高学年くらいだったからな~確かではないが、あれは、ばあさんの日記だと思ったんだがな?」と、直人はその時の事をもっと詳しく思い出そうとしている。
「同人誌とかの類じゃ?」そう桜子が言うと、
「ま、どっちにしろ、ばあさんが帰って来ねぇと分かんねぇな。」そう言って直人はもう一度ソファーへ寝転がりに行った。
「お前んちのばあさん、凄い数の本持ってるな。」そう言ってビックリしてるのは直行。
「そうだね、殆どが植物に関する本なんだけど、結構ファンタジー類の本もあるんだよね。あんまりファンタジー好きには見えないんだけど、おばあちゃん、魔法使いのお話、年に似合わず凄い好きなんだよ。私だって、小さい時から、お祖母ちゃんから一杯魔法使いの物語聞いて、異世界に憧れるようになったからね~」と言って、桜子はせっせとトップの円の中にシンボルを描き足している。
誠の手が止まって、なんだか考え込んでいる。
「マコ兄、手を動かす!」そう桜子がせっつく。
「いや、何か今、思い出しそうなことが…何だったっけ?」と誠が言い始めた。
「魔法陣に関して大切な事?」と桜子が聞き返す。
「そんな気はするんだけど、あーダメだ!引っ込んで行ってしまった。」とポカポカと頭を叩いている。
そこに直人が、「根詰めてやってもあれだから、少し休憩すれば?」そう言うと、奈々が
「あ、じゃあ私コンビニに行ってくる。和人と直行も来て。」と催促する。
「あ、私も行く!」と桜子が言うと、直人が、「じゃ、俺、車出すよ、誠、お前はどうする?」と尋ねる。
「いや、俺は遠慮しとくよ、少し昔の事考えてみる。」そう言ってソファーに寝転がりに行った。

「はい、冷たいサイダー。マコ兄好きだったでしょ?」そう言って桜子が冷たいサイダーの缶を誠のほっぺに押し当てた。
「ヒッ」と言って誠は飛び起き、「思い出した!」と手をパーンと叩いて叫んだ。
「何、何?何思い出したの?」そう聞く桜子に、「とりあえず、この魔法陣を完成させよう。そうすれば分かるよ」と言って、魔法陣の前まで行き、両腕を腰にあて、そこに立ち尽した。
「あなた達はここで休憩しておやつ食べてて、私とマコ兄で速攻でやっつけて来るから!」桜子は奈々たちにそう言って、飲み物だけ持って魔法陣の所へ行った。
「ねえマコ兄、これを完成させれば何が分かるの?」と桜子が興味津々で聞くと、誠はニヤッと笑って、
「面白い事さ。」と言った。
「え?面白い事って? 私が知ってる事?」
「覚えてればな。」
「覚えてればって事は、私も知ってるって事よね?なんだろう?気になる~ 思い出せないのが悔し~!」そう言って桜子はブツブツ言っている。
「ほら、ブツブツ言って無いで、手を動かせよ!」今度は誠が桜子をせっつかせている。
「分かったわよ!もう!ちょっとくらい教えてくれても…」そうブツブツ言いながら、せっせと続きを描いて行った。

おやつの時間が済んだ奈々達が、魔法陣の所へ戻って来た。
「どうなってる?もう終わりそう?」と奈々達が聞いて来る。
「うん、もうすぐ終わる。」そう言って桜子はもうすぐ描き終わる魔法陣を奈々達に見せた。
桜子たちは丁度最後のシンボルを入れるところだった。
「凄い、なんだか本格的だね。」と奈々が言うと、
「なんだか出来たらホントに使えそうだな。」と直行が感心している。
和人は描き加えられていくシンボルを静かに見守っていた。

「これで最後だ。」そう言って誠が最後のシンボルを入れた。
その瞬間、おー!と言う声と、皆の拍手が温室中に響き渡った。
そして皆で、何が起きるのだろう?と、魔法陣をワクワクとしてジーっと見つめていた。
だが、暫く見つめていても、一向に何も起きない。
業を煮やした桜子が、「で、何が分かるの?何も起きないんですけど?」と尋ねると、
誠がニヤッと笑って「この魔法陣に手をかざしてみろよ。俺の記憶が正しければ…」と言った。
「え?私が?何の為に?」と桜子が何故?と言うような顔をして尋ねている。
「いいから、早くやれよ。」と、急かす誠を背に、ブツブツ言いながら、桜子は魔法陣に手をかざした。
「で?」と誠の方を向いて再度尋ねる。
「触ってみろよ」
「何を?」
「魔法陣の縁さ。」
「え?魔法陣の縁?」
「ああ」
そして桜子が魔法陣の外側の円をなぞり出した。
「で?」と誠の方を振り向いた時、奈々が、
「あ~!あ~!」と魔法陣の方を指さして驚いている。
「桜子、お前…」直行は言葉を無くしている。
「大木さん…君…本当に魔法使いになれるかも…」と、目を丸くして言ってるのは和人。
桜子は訝しげに魔法陣の方を振り向いた。
そこに桜子が見たのは、金色に光を放して輝く魔法陣の円の縁だった。
桜子がびっくりして魔法陣から手を放すと、その光はスゥ~ッと消えていった。
ちょっと、「どういう事?何故光が?これって本物?」と桜子はフルフルとしている。
「分からん。」そう答えたのは誠だった。
「どういう意味?魔法陣を描き終えたら分かるっていってたじやない!これはどういう事?」桜子が捲し立てる。
「同じことがあったんだよ。」
「え?」
「昔、ここで遊んでた時、同じことがあったんだよ。それを思い出したのさ。」そう誠は言った。
「順を追って話してよ」と桜子が尋ねると、
「じゃ、奈々ちゃん、桜子と同じように魔法陣に触れてみて。」そう誠に言われ、奈々が魔法陣に触れた。
「何も起こらないわね?」と言って奈々が桜子の方を振り向く。
「じゃ、和人くん、同じようにして触れてみて。」
やはり何も起こらない。
直行も同じようにしたが、何も起こらなかった。
「じゃ、マコ兄や直兄は?」と桜子が尋ねると、「この通りさ。」そう言って誠が魔法陣に触れた。
「何も起こらない…」奈々がそうつぶやいた。
「直兄~!こっち来て!早く!」そう叫ぶ桜子に、「何なんだよ、一体。」と言いながら直人がノソノソとやってくる。
そして出来上がった魔法陣を見て、「ああ、やっぱり、ばあさんの日記の中で見た魔法陣にそっくりだ。」と直人が言った。
そして、「それでなに?」と聞くと、
「ねえ、これに触れてみて。」そう桜子が尋ねると、直人が渋々と魔法陣に手をかざした。
「しかしほんとに良く出来てるな、誠、お前、天才だな」と言いながら、そっと魔法陣を指でなぞって行く。
でも、桜子の様に光が出るようなことは一切起こらなかった。
「で?俺にこれ触らせて何があるいんだ?」と聞く直人に、
「これ見てて。」そう言って桜子がもう一度魔法陣に触れた。
そうしたらまた、魔法陣の縁が金色に光り出した。
それを見た直人が、「ウワッ!」とびっくりして飛び退いて、魔法陣から一歩下がった。
「兄貴、覚えてない?昔ここで遊んでいた時、同じことがあった事。」そう誠が尋ねる。
「同じこと?」直哉が訝しげな顔をする。
「ああ、僕達3人でばあさんの温室で遊んでた時、偶然にばあさんに日記を見つけたのさ。」と誠が言うと、
「そこははっきりと覚えてるよ。」と直人が返した。
「それで桜子が落書きをしようとしてページをめくると、魔法っぽい事柄に関することがぎっちり書かれていて…」と誠が更に説明をすると、
「そこまでは知らなかったよ。何が書いてあるかまでは全然気に留めなかったからな。」と直人が首を左右に振った。
「で、それからどうなったの?」と桜子が尋ねると、
「お前だけだったんだよ。」
「は?分かるように説明して。」
「だから、ばあさんの日記で落書きをしていたお前が魔法陣を日記の中で見つけてな、お前が触った途端、金色に光り出したんだよ!」そう誠は続けた。
「私だけ?」と桜子が尋ねると、「ああ、俺や兄貴も触ったが今日と同じで俺達には何も起きなかった。」と誠が尋ねた。
「全然覚えてないんですけど。」そう桜子が言うと、「俺もそこは覚えてないぞ。」と直人も答えた。
「ま、兄貴はあまり気にしてなかったみたいだし、どっちかというと、仕掛けみたいに思ってたみたいだし? 桜子はまだ小さかったしな。いきなり光り出したから、俺もお前も凄いビックリしてな、日記を畳んで放り投げたんだ。」
「それで?」
「ばあさんに見つかってうぇこってり怒られてな、それ以来日記に触ったことはないよ。」
「お祖母ちゃんは何て言ってたの?」
「ばあさんは俺たちが遊びの延長で言ってるくらいにしか思って無かったと思う。」と誠が言うと、
「じゃ、何で光るのに何も起こらないの?それに何故私だけ?」
皆で顔を見合わせるが、分かる筈もない。
「ま、一番早いのはばあさんに聞くことだな。」と直人が提案する。
「でも、本気にしてなかったんでしょ?」
「見せればいいさ。実際に光っているところを」と誠が言った瞬間、
「ただいま~、は~疲れた、疲れた」と祖母の加乃が帰って来た。







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