桜子の物語

樹木緑

第9話 早朝

「おはよ~。」
眠たそうな目を擦りながら、ペペがベッドから滑り降りてくる。
ノーラはすでに起きて、フンフンと鼻歌を歌いながら、パンを焼いている。
昨夜は色々と話が弾み、結局は朝早から、ノーラとムーアの咲く湖へ行くために、ペペとリュイはノーラの処に泊まることにした。
リュイはまだ、リビングのソファーの上で寝ている。

「あ~、おいしそうな香り~」そう言って、ペペが空気に漂う焼きたてのパンの匂いを嗅いでいる。
「ウフフ、朝が早いから朝食を持って行って、湖の処でみんなで食べようと思って。」
ノーラが楽しそうに朝食の準備をしている。
「何か手伝うことある?」そう尋ねるペペに、
「まず、リュイを起こして、顔を洗ってきたら? もう殆ど出来てるし!」とフライパンをブンブン手で回しながらそうペペに言う。
「は~い」まだ眠たそうに返事をして、目を擦り擦りリュイを起こしに行く。

「リュイ、リュイ、起きて。もうすぐムーアの花摘みに行く時間だよ。」
リュイを揺さぶりながら、ファ~っとまた大きな欠伸をする。
「もうちょっと~。」と中々起きないリュイに、
「今起きないと、置いてっちゃうよ。ノーラはもう朝食の準備が出来て、出かけるばかりだよ。」と言うと、
「へい、へ~い。」と言ってモソモソと起きだしてくる。
どうやらリュイは早起きが苦手らしい。まだ目を閉じたままソファーの端に腰かけたままでいる。
「ほら、ほら」と言ってペペがリュイをはやし立てる。
台所で二人のやり取りを聞きながら、ノーラはクスクスと笑っている。
「兄弟が居たら、こんな感じなのかな?」そう言う風に思いながら、何だか心があったかくなる。
ペペも、リュイも、既にノーラにとっては本当の兄と姉の様な存在だった。

顔を洗いに、裏の井戸に出た二人は、水をバシャバシャと顔に当てながらブルっと身震いする。
いくら日中は暖かくなったといっても、早朝はまだまだ冷え込む。
でも、目を覚ますには丁度良い温度だ。
東の方を眺めると、山の山頂にうっすらとオレンジと濃いブルーの光が入り混じって夜明けを知らせてくれる。
森からは鳥のさえずりが聞こえ始める。
空にはもう殆ど星は見えない。
でも、雲一つない空で、今日は良い天気になりそうだ。
ペペはスウ~っと深呼吸して目を閉じ、何か瞑想している。

リュイは顔を拭きながらキッチンに戻り、ペペと同様、空気中に漂う焼き立てパンの匂いに鼻をクンクンさせている。
そこでお腹がグゥ~っと鳴る。早起きは弱くても、お腹は時間通りに起きたようだ。
「は~、よだれが出そう~」そう言いながらつまみ食いをしようとしたところを、遅れてキッチンに戻って来たペペに、パチンと手をはたかれる。
「いててて」と言いながら右手をさすり、フ~フ~と真っ赤になった右手に息を振りかけながら、リュイがペペを睨んでいる。
その風景を見ながらノーラはまたしても、「兄弟が居たら楽しいだろうな~。」とほほ笑んでいる。

今朝の朝食は焼き立てのパンに、チーズをのせて更に焼き、その上に焼いた卵を乗せた物。
そして、あったかいコチュという、体を温める作用をもったハーブで作った、蜜のたっぷり入った甘いティー。
それらを4人分準備し、バスケットに入れ、まだ薄暗い早朝の道を森へ向けて進んでいった。

「さて、ムーアの花咲く湖へはどうやって行くんだったっけ?」
そう言いながら、赤いリボンを探すノーラ。
その後ろを、ペペとリュイは黙ったままついて行く。
いつもはおしゃべりに花が咲いて、うるさいくらいの二人なのに、今朝は大人しい。
「ね、何か話してよ。」そう言うノーラに、
「いや、緊張しちゃって、頭が回らないのよ。」と言うのはペペ。
「うん、昨日ローレイに聞いた話がとっ拍子も無くて、まだ頭がグウァン、グウァン言ってるんだよ。
なんか、消化されて無いって感じで。」と言うのはリュイ。
「確かにびっくりする話だったわよね、ムーアの花や森、湖、魔法使いと村の繋がりに関しては特に。ましてやローレイの処に良く訪ねて来ていたナヴィおじさんが魔法使いだったなんて…」とノーラ、そして
「でも、ローレイが彼女の後継者にペペを選んでいたなんて、ちっとも知らなかったわ。」とびっくりしたようにペペの方を向いて言った。
「私だって昨夜が初耳よ。」とペペもびっくりしている。
「ギリアンに会うのは、今後の私の役割に役立つって、それはそうかもしれないけど、心の準備ってものが…」とペペはモゴモゴしている。
かなり緊張しているようだ。
ペペは、まさが自分が実際に魔法使いに会う、いや、近い将来、深い結びつきになるとは夢にも思っていなかった。
「大丈夫よ。ギリアンって、魔法使いだけど、てんで普通の人。魔法使いって言わなかったらもう、全然、分かんない、分かんない。」
と言って、首を左右に振りながら、顔の前で手を振り振りしている。
そして続けて、「それにオッチョコチョイっぽいし… それにペペより年下よ!」と笑っている。
「それにしても、毒の使い方がびっくりよね」とペペが少しブルっと身震いして言った。
「本当だよね。」とルイ。
「居るのかな?」続いてノーラがポツリと言う。
「えっ? 居るのかなって?」とリュイ。
「いや、ほら、本当にその生き物って存在してるのかなって?」
「単なる言い伝えであってほしいけど、実際にいるからこの毒が伝わってるんでしょう? 私ってこの毒の作り方を、もうしばらくしたら学ぶのよね。なんだか怖いわ。」
「実際に使う日が来なければいいけどな。」とリュイがペペの肩をポンと叩いて言う。
「でも、本当にその生物が居たら、それって最強なんじゃないの? 人間なんていくら王様でも太刀打ちできないよ?」とノーラ。
「いや、それって人間だけじゃなく、全ての生き物にとっても脅威だよ。」とリュイ。
「あ~、私、頑張ってハーバリストの名を受け継がなくっちゃ!」そう言ってペペがガッツポーズをして見せる。
「でも、私、その生物も見てみたいかも?」
そう言いながら、ノーラは目印のリボンを探すために、未だに藪の前をキョロキョロとしている。

「あれー、おかしいなあ~この辺りだったと思ったんだけど…」と言いかけた時、藪の中から、ガサガサと音がしてきた。
3人はびっくりして、とっさに後ずさったが、その後すぐ、
「うわ~、ペッ、ペッ、ここどうなってるの~?」と昨日聞いたばかりの懐かしい声がする。
「あ、この声はギリアン!」とノーラが言ったとたんに、ペペとリュイの間に緊張が走る。
「ギリアン!ギリアン!」そうノーラが叫ぶと、
藪の間から折れた枝を頭に引っ掛けたギリアンが現れた。顔には枝でひっかいた様な傷が数か所あり、ローブが少し乱れている。
そのあまりにもの散々な姿に、ペペとリュイの緊張はすぐさま吹き飛んで、3人共ギリアンの姿を見て大笑いしていた。
「だから言ったでしょ、緊張しなくても良いって。」とノーラが涙目になってペペとリュイに言った。
「本当にね。ギリアンって親しみやすいのかも? 魔法使いも普通の人なんだね。」そういってペペとリュイが相槌を打つ。
ギリアンは照れながら、「いや~、ノーラって凄いとこ通ってあの湖を見つけたんだね。今日も来るって言ってたから、待ってたんだけど、何時まで経っても来ないからちょっと様子を見てこようと思ってここまで来たんだけど、あれ、人の通れる道じゃないよ~。」と、ローブに付いた埃をパンパンと両手で叩きながらゼーゼーと息切れしている。
「ハハハ、ギリアン、あなたもうちょっと運動もした方が良いかもね。息、弾んでるよ! それと、ちょっとは歩いて地理を覚えた方が良いかも。」
ノーラはそう言いながら、ギリアンの頭に付いた枝を取って、ローブを直してあげ、少し先の方を指さす。
「ほら、私の見つけた道はあっち。印につけたリボンがしっかり結んであるわ。」
「あ、本とだ。全然目に入らなかったよ。どこで間違えたんだろう????」とブツブツといっている。
「でも、ちゃんと会えて嬉しいわ。実をいうと、私達もリボンが見当たらなくて,ずっとこの辺りをウロウロしてたの。」
「探しに来て良かったよ。道に迷っていたらどうしようかと思って心配してたんだ。」
「探しに来てくれてありがとう!」そう言ってノーラはギリアンにハグをした。
それにギリアンは少しドギマギと照れたようにしている。
ノーラは少しウフッと笑って、
「今日はね、この前話したお友達も連れてきたのよ。きっと貴方ともいいお友達になれると思うわ。」と言ってにっこり微笑んだ。
そんなノーラとギリアンのやり取りを見ながら、ペペとリュイは、「ほ~!」と思いながらニヤニヤしていた。

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