桜子の物語

樹木緑

第2話 雪の中に現れた少女

とても雪深い真冬の最中にその娘は立っていた。

娘の年の頃は12、3といったところ。
まだ幼さの残る少女はじっと上を向き、空を見つめていた。
それでも雪は容赦なく娘の上に舞い降りていた。
その姿は凛として、娘の置かれた状況にはとても似つかわしく無いものだった。

ローレイはその姿に息をのんだ。
言葉さえも掛けることが出来なかった。
その光景は雪が降りしきる暗闇の中にあっても息をのむほど美しいものだった。
ローレイは暫く動くことが出来なかった。
娘もローレイ達に気付いてい無いようだった。

そこで声を発したのがザンだった。
「もし....、お嬢さん。」
娘はまだ気が付かない。
ザンとローレイは顔を見合わせてまた、
「お嬢さん、大丈夫?」
と、少し大きめの声で叫んだ。
その瞬間少女が二人の方を振り向いた。
ザンとローレイにはそれがスローモーションのように映り、お互い目が合った瞬間に少女は雪の降り積もる上に倒れこんだ。

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パチパチと燃える炎の音で少女は目覚めた。
少し辺りを見回して、隣の椅子に腰かけて眠るローレイに気が付いた。
それからぼんやりと天井を眺めていた。
それから両腕を伸ばし手のひらを結んだり、開いたりとしてその状況を伺っていた。
その動作に気付いたローレイが目覚めた。
「良かった、気が付いたんだね。どこにいるか分かる? 自分の名前が言える?」
そう尋ねるローレイの顔を見て、
「あ…わたし…」
とか細く答えた。
「慌てなくて良いんだよ。ゆっくりと考えてごらん。三日三晩、眠り続けてたし、熱もかなり高かったんだから、少し記憶が混乱してもおかしくないよ。」
そうローレイが答えると、
「ごめんなさい、私、何も思い出せなくて....」
と、少女は少し不安そうな顔をした。
ローレイは彼女の手を握りしめて、
「何も心配しなくても良いんだよ。分かるまで此処に居ても良いんだからね。幸い言葉は分かるようだし、自分の事が思い出せるまで、そうだね~名無しでは困るからお嬢さんの事、ノーラと呼ぶことにしよう。」
そう言ってローレイはノーラに微笑んだ。

「お腹すいた? スープとパンがあるんだけど食べる?私のお手製で村でも評判が良いんだよ。」
「ありがとう、頂きます。それと....お水良いですか?」
「あ、そうだね、お水必要だね。ちょっと待っててね。直ぐに持ってくるから。」
そう言ってローレイは席を離れた。
そして、
「ザン! お嬢さんが目覚めたよ。」
とザンを呼んだ。
ザンは素早く駆け寄って来てノーラの顔を見つめて、
「良かった~。うん、顔色が戻って来てるね。本当に熱は高いし、目覚めないしで、一時はどうなることかとすごく心配したよ。」
そこにローレイが水を持ってきてノーラに渡した。
「今スープとパンを温めてるから少し待っててね」と付け加えた。
そしてザンのほうを向いて、
「お嬢さん何も覚えてないみたい。名前も分からないから、名無しだと不便だからノーラと呼ぶことにしたよ。」と言った。
ザンは「うん、良いね、ノーラ。いい名前だ。ノーラ、何も心配しなくて良いからね。家はいつまでもいてくれて構わないんだよ。同じ年頃の子供達も沢山ここへ訪ねてくるから、すぐに友達も出来るよ。ゆっくりと思い出していこうね。」とノーラに声をかけた。
ノーラは「ありがとうございます。」と涙目にそう言ってローレイの運んできたスープとパンを口にして、
「とっても美味しい。」と一言述べた。

ザンとローレイはその娘に助けの手を差し伸べた。
夫婦は取りあえず、状況が把握できるまで、娘を手元に置くことにした。
だが、記憶を失った娘は自分がどこから来て、何処へ行くはずだったのか、また自分の名前や家族でさえも思い出す事は出来なかった。

村は大きな森を北に、村の両側を南方へむけて囲むような山脈に、山の麓から村までを草原に形作られ、そして南には街に通じるただ一本の道だけが通っていた。
そのような地形に村は守られ、何百年と争いごとも自然災害なども無かった。
村には大体50世帯程の家族が住んでおり、一軒に付き、平均として両親と子供が2-3人、それと健在であれば、父方の両親が住んでいた。
中には、ザンとローレイのように子供の居ない夫婦や、老人だけの世帯、または片親だけの世帯もあった。
人口は大体250-300人。
そのうちの約半数が子供達だった。
時折、他の町から流れてくる者もいた。

ザンとローレイはノーラに、他の村の子供たちと同じように村で生き抜くための色々な知識を教えた。
ノーラはハーブの栽培に特に興味を示した。
ノーラの知識はどんどん伸び、色々な事を猛スピードで吸収していった。
冬の間は外での栽培が出来ないので、実践としては夏に干しておいたハーブの仕分けや、スパイス作り、また薬になるハーブの調合などを中心に
行った。
ノーラはローレイより、パン作りも学び、色んなパンを研究しては村の人々に分け与えていた。
同じ年頃の友達も沢山できた。
殆どがローレイの処へハーブ料理を学びに来る女の子達だ。
その中でも、ハーブを使ったパン作りに熱心なペペティーノとは特に仲良くなった。
ペペティーノは少し背が低めのフワフワとした金色の髪に青い目を持つ可愛らしい16歳の女の子だった。
ノーラは彼女のことをペペと呼んで姉のように慕っていた。
そんなペペも、ノーラの事を妹のように可愛がっていた。

そんな楽しいハーブの講習も冬の終わりごろになると終盤を迎える。
そうすると、娘たちもローレイと共にハーブの栽培を始めるらしい。
冬の間ノーラにとって、彼女らとのおしゃべりの時間はとても楽しい一時だった。
特に、気になる男の子の話などは、村の娘たちにとっても、花が咲く時間だった。
村の女の子達は大体18歳位になると嫁いでいく。
大半は村に残るが、幾人かは更に高みを目指して街へ出ていく。
学校という教育のシステムこそないが、村の誰かがそれぞれに、自分たちの持つ知識を若い世代に伝達していった。
村の子供はかなりの確率で、高い生活習慣を身に着けた。
大の仲良しのペペには将来を約束する人がいた。
同じ村の男の子で、ノーラはまだ会ったことが無かった。
春になると、男の子達も、畑仕事を助けにやってくるので、ノーラはペペの婚約者に会う日を楽しみにしていた。

春が来る頃ローレイは、春にだけ咲くムーアと言う花の事について話をしてくれた。
ローレイの話によると、ムーアと言う花は、春先にだけ森の奥にある湖の水辺にだけ咲くという。
湖までは少し遠いし、見つけ難い上に、藪の中を行かなければいけないので、家に持ち帰って栽培しようとすると、たちまち枯れてしまうらしい。
恐らく、その湖にだけしか生息出来ない何かがあるらしいが、それが何なのかは分からないらしい。
ムーアはとても可愛らしい、小さい青やピンク、紫や白い花を付けるらしい。
花が開花しているのは早朝のほんの数時間だけ。
その数時間の花が開花している時に摘む必要があるらしい。
何に使うのかは教えてくれなかったけど、とても重要で、とても貴重な花だということは理解できた。
ノーラは春が待ち遠しかった。
裏の畑を緑にすることはもちろん、このムーアと言う花を見てみたいという気持ちが凄く大きかった。

ノーラが村に初めて現れて、最初は皆とまどいもしたが、雪が溶けて春がくる頃には、ノーラもすっかりと村の娘となっていた。

          

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