桜子の物語

樹木緑

第4話 出会い

ノーラが湖を探し始めて既に一か月以上が過ぎていた。
それでもノーラは、湖を探すことを諦めなかった。
どうやらローレイは、湖やムーアの花の事は知っていても、実際に湖へ行ったことも、花を見たことも無いらしかった。
ムーアについては、ローレイの師に昔、聞いただけのようだった。
ローレイも湖を探したようだが、ついに見つける事は出来なかった。
でも、ムーアの花と生息する湖については、伝え語りとして、薬用ハーブの栽培や薬の調合を学ぶものに受け継がれていることだった。

ノーラは森へ来る事が大好きだった。
森では、春から秋にかけ、木の実や木の芽、キノコや山菜など、食べ物を採取する事が出来た。
春先だと、多くの物はシーズンでは無かったため、森はまだ静かなものだった。
その他、森では、狩りをする事も出来たが、夏になるまでは繁殖期で動物狩りが出来なかった。
でも、湖では、一年中魚などを捕ることが出来た。
また、村に近い森では、氷の上から釣り糸を垂らして氷上釣りなどで真冬でも魚を釣ることが出来た。
森には沢山の大小の湖があったので、魚に困ることはなかった。

ムーアの花咲く湖ではないけど、なんといっても、この森の湖はノーラのお気に入りだった。
茂みをかき分けて一番に目に入るのがエメラルド色に染まった湖だ。
この森の湖は、どれも、エメラルド色をしている。
ただそれが、濃かったり、薄かったり、底が見えたり、見えなかったりと、色や透明度に対して少しの誤差はあった。
それに、早朝ともなると、湖より出る蒸気に辺り一面覆われて、周りの緑と湖のエメラルドとその周りを囲む白いモヤが何とも言えない雰囲気を醸し出してくれる。
ノーラは早朝に湖へ行き、そこに佇み、暫く目を閉じて瞑想をするのが大好きだった。
そして何時も、まだ見つけていないムーアの花咲く湖を思い浮かべて、諦めずに頑張ろうと思うのだった。

ノーラのムーアの花と湖の探索は今だ行われていた。
その日も同じ様に少し森の奥まで進むことにし、道なのかどうか分からない獣道らしい、動物によってかき分けられたであろう草むらを、背を低くして、やっと新芽が伸び始めた枝の覆い茂る藪の中を進んでいた。
藪の枝の中には色んな鳥が巣を作り、繁殖の時期を迎えていた。
ノーラは早朝の小鳥のさえずりが大好きだった。
そこには真っ赤な体に白い帽子を被ったような小鳥が巣を作って座っていた。
恐らく卵を温めているのだろ う。
ジーっとノーラの方を動かずに凝視している。
何かをしようものなら、襲ってきそうな雰囲気である。
「小鳥さん、おはよう。邪魔しないからちょっと通らせてね。」と通じもしない挨拶を小声で交わして、小鳥がびっくりしないようにそっと突き進んで行く。
どうやら真っ赤な小鳥はノーラを襲うことは無いようだった。

小鳥の巣を通り過ぎた後、ノーラは周りを見直して、位置の確認をした。
獣道の藪の中に入れば、帰り道が分からなくなるので、目印に、いつも木の幹に赤い布の切れ端をしっかりと結んでおく。
少し進んでいくと、藪の中に重なった枝で空洞がありそうな、洞窟のような場所を見つけた。
休憩場所にいいかもと思いながら、そこへ行ってそーっと中をのぞくと、生まれてまだ間もないようなシカの母子らしい2頭が座っていた。
ノーラはシカの母子にびっくりしたが、おっと~脅かさないようにしなくちゃと思い、すこしずず後ずさった時、向こうの茂みの奥から、ボソボソと誰かの声がして来た。
今までムーアの湖探しで誰かに会った事の無かったノーラはビックリして立ち止まった。
少し耳を澄まして、じっと当たりの音に聞き入った。
誰かの声を聴いたと思ったのに、辺りはシーンとしていた。
あれ?気のせいかな?動物が通って枝や葉っぱかこすれた音だったのかな?それとも動物の声かな?と思いながら、シカの母子を後にもう少し進んでいった。
そらく獣道はあのシカのものだろう。大きさも合うし。そう思いながら、シカの巣の近くに赤い布を巻いておこうと、布をポケットから取り出したところで、一瞬突風が吹き抜けた。
どういう原理なのか分からないが、時々獣道のトンネルに突風が吹き抜ける。
びっくりして持っていた赤い布切れが手から離れ、ひらひらと風に乗って、道分かれした処で正面の藪にかった。
あれー? 道分かれしてる獣道なんて初めてと思いながら布をひらうと、またぼそぼそと誰かの声が聞こえてきた。
また、耳を澄まして当たりの様子を伺ってみると、その声は左側の分かれ道の先から聞こえてくるようだ。
獣道の左側に赤い布を結び、奥のほうへとずんずん進んでいった。
分岐点からあまり遠くないところまで来たときに、視界が開けて、藪の中から抜けた。
ノーラはやっと腰を伸ばすことが出来、ふう~っと一息付いて、伸びをした。
そして周りを見回し、耳を澄ますと、小高い茂みが辺り一面に覆い茂っていた向こう側から水音がする。
あ、まだ見たこと無い湖の音かな?と思いながら音のするほうへ歩き出した時、まだ若いであろう男の子の声が少し大きめに聞こえてきた。
間違い無い、やっぱり誰かいると思いながら、そっと茂みに近ずいて行った。
そして声のする方にそっと近づいて行き、じっと辺りを伺った。
水の音は茂みの向こうから聞こえてくる。
茂みをかき分けてノーラが見たものは、ノーラと同じ年位か少し年上位の少年だった。
ノーラは茂みをかき分けて、少年の居る方へ、木と木の間をすり抜けて出てきた。
その場は少し開けていたが、更に背の低い茂みがあちら、こちらに散らばっている。
ノーラはもっと近くでその少年を見たくて、そっと近づいて一つの茂みの陰に隠れて少年の方を覗き見た。
その時ノーラは我を忘れてその光景に見入った。

そこに広がっていたのは、反対側を濃い緑の木々で囲まれ、その後ろではまだ山頂に雪が残る岩山がそびえ立ち、サイドから手前にかけて湖を囲ったようにそびえ立つ薄紫の幹と薄紫の枝に明るいライムグリーンの葉を付けた木々と,木々の間から差す柔らかい木漏れ日と、電気が走ったような何処までも濃いブルーの中にエメラルドグリーンの色合いが中央に入った壮絶な湖の姿だった。
そして水辺には青やピンクや白い可愛らしい小さな花々が群れを成して咲いていた。
ノーラは一瞬、ここに声の主を探しに来たことを忘れていた。
あまりにも、この世の物ではないような絶景に言葉を失っていた。
その湖の青さは森の中にあるどの湖とも違った。
その景色も今まで見たこともないようなものだった。
暫くその景色に見とれた後、本来の目的を思い出した。
そうだ、あの声の主は....そう思い、今一度少年の方に視線を向き変え、じっと彼のすることを見つめていた。
暫く眺めていたのに、少年はノーラの気配に気づいていないようだった。
ノーラには、少年が何をしているのか分からなかった。
ただ、ブツブツ、ブツブツと何かをつぶやいているのは分かった。
今までこんな奥で他の人に出会ったことのなかったノーラは、少し興奮気味で少年に近ずいて行った。
顔が見えないので、村の少年なのか、それとも全然知らない別の町の少年なのかは分からなかった。
しかし、後ろから見たかんじでは、村にいるような感じの少年では無かった。
なぜなら、彼の髪は長く、後ろで一つに束ね、そして銀色をしていた。
村に銀色の髪をした人は、ノーラの知る限り一人もいないし、聞いたことも無い。
それに、来ている服も、村の少年たちとは違い、ローブである。
村の男性の普段着はもっぱらシャツとパンツである。

ノーラはさらに近づき、少年から少し離れた後ろに腰を下ろして静かに少年のする事を見守って居た。
少年は右手に白い杖を持ち、その先には透明の水晶のような小さな球体がはめ込んであった。
そしてもう一度ブツブツと何か言い始めた。
今度はもっとハッキリと、少年の行っていることが聞こえてきた。
それは呪文のようであり、今まで聞いたことの無いような言葉だった。
すると、少年が呪文を唱えた途端に、当たり一面に咲いていた花の中にあった朝露が空中に浮かび上がった。
そして少年の持っていた瓶の中に吸い込まれていった。
それを見たノーラは目を見開いてびっくりして、「凄い!」と我を忘れて叫んでしまった。
ノーラの突然の声にびっくりした少年は、持っていた瓶を落として割ってしまった。
「あー、あー!せっかく旨く出来たのに!」
悔しがりながらノーラの方を振り返った。
そんな少年とは裏腹に、ノーラはパチパチと手をたたきながら、ただ、ただ、自分が今見た光景に感動していた。



          

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