桜子の物語

樹木緑

第1話 ザンとローレイ

そこには辺り一面真っ白な世界が広がっていた。

その年はいつになく、真っ白な雪が辺り一面を覆い尽くしていた。
そこには小さな村があった。
街頭もなく、月の明かりのみが、周りを照らし出す、そんな小さな古い村だった。
その日の夜は、そんな月明かりさえも遮るように、深々と雪が降っていた。
村を囲む木々も、森へ続く小道も、裏に連なる山々も、麓に広がる草原も、全ては真っ白で、空気さえも真白に染めてしまう様な雪の降る夜だった。

そんな厳しい中でも、村に住む人々は強く、逞しく生きていた。

村の中にザンとローレイという名の、40ばかりを過ぎた夫婦が住んでいた。
彼らには子は無かったが、とても仲が良く、村に住む子らに読み書きや、村の生活元になっている薬草の知識、調合法、育て方、料理法、などについて色々な教えを説き、自分等の本当の子の様に可愛がっていた。

その日はすっかり日も落ち、辺りは雪が音を吸ったかの様にシンと静まり返っていた。

そんな中、ローレイは夕食の準備をしながら、スープに使うハーブの仕分けを行っていた。
ローレイの得意料理は、ハーブで作った香辛料と庭で取れた新鮮な野菜をたっぷりと使ったスープで、ローレイと言わず、村でのメインとなる料理はどこの家でもスープだった。
ただローレイの作るスープは、彼女手製の香辛料がスパイスになり、村でも評判の独特な香りと風味を持っていた。
またローレイはパンを作るのも得意で、木の実やフルーツ、ハーブをふんだんに使い、釜戸から取り出したばかりのパンは何とも言えない香ばしい香りがした。
もちろん、スープに浸して食べたりもするけど、ローレイお手製のヤギの乳で作ったバターと、沢山の摘んだばかりのフルーツで作ったジャムを、熱々のパンに乗せて食べる事は、ローレイのお茶に誘われた村人達の何とも言えない至高の一時となっていた。
もちろんお茶もローレイお手製の特別使用のハーブティーだった。

ザンはローレイと共にハーブや、菜園を行い、森に行っては薪にする木を村の男衆と伐採しにいったり、肉になる獲物を仕留めに行ったり、森に多々ある湖や川に魚を捕りに行ったりして、村を助けていた。
また、手先が器用で、残った材木で、色々なものを手作りし、木で出来る、ありとあらゆる物を作り、村に提供していた。
村では齢の行ったものが街へ出て、村で出来た物などを売り、必要なものを仕入れてくるというルーティンが出来ていて、うまい具合に回っていた。

その日も、何時ものように夕食の準備が済み、ローレイはザンによって作られた木で出来たスープのボウルと、また、同じく木で出来たスプーンをテーブルの上に置き、数個の出来上がりのハーブパンをまたまたザンに作られた木のお皿の上にのせ、食卓の真ん中にヤギの乳で作ったバターを並べた。
ローレイ達の家は他の村の家と同様、丸太を組み合わせたシンプルな山小屋のような作りになっていた。
丸太を組み合わせた家は、冬は暖かく、夏は涼しい。
丸太は圧縮加工や防水加工などがされておらず、あまり長持ちしないので、夫婦が一生を終えるまでには、一度は作り変える必要があった
木材は森で伐採した木で作らているが、森の森林のバランスが取れるように伐採出来るエリアや植え替えのルールなどが村では作られていた。
そうやって森は何百年と村の人々の手によって守られてきた。

ローレンとザンの家は丁度作り変えたばかりで、玄関のドアを入ると、リビングとキッチンが玄関のドアを挟んで左右に分かれた一部屋になっていた。
キッチンはドアから入って右側で、ダイニングはキッチンの手前、ドアの直ぐ右側沿いにあり、大きな窓の処に小さな2-3人掛け用のテーブルが置いてあった。
ダイニングの右奥にはレンガを敷き詰めて作った釜戸があり、薪を燃やして調理をした。

左側にはリビングのスペースがあり、奥に暖炉、その手前にザンの作った長椅子や、腰掛椅子等が置いてあった。
腰掛椅子に座り、暖炉の前で寛ぐ時には、村のおばあちゃんに編んでもらったひざ掛けが凄く重宝していた。
村ではこのように編み物なども重要な資産元になっていた。

キッチンとリビングの奥には、寝室と物置とハーブを保存したり、調合したりする部屋があった。
ハーブの部屋からは裏庭に行くことが出来、裏庭には大きな畑と、ヤギを飼育する小屋、そしてそこには鶏もいた。
菜園は、シカやウサギなどの動物が入らないように柵で囲まれていた。
それでも今年の収穫はとっくに終わり、夏にはたくさんの緑と色鮮やかな宝物で埋められていたであろう場には雪が降り積もり、夏の痕跡は一つも残っていなかった。
収穫の済んだ作物は、乾かしたり、粉にしたり、瓶に詰めたりして冬の間の食料として保存された。
冬の間は、寒さに強い少しのハーブが木で作られたプランターに植えられ、日当たりの良い窓際に置かれていた。

ローレイとザンはその日も窓辺に腰掛け、一日を感謝しながら食卓に着いた。
スープを一口飲んで、ローレイが、
「今、何か音がしなかった?」
と、ザンに尋ねた。
ザンは耳を澄まして当たりを伺った。
「いや、何も聞こえないよ。多分、雪が木の枝から滑り落ちた音じゃないかな?」
そう言って、パンに手を伸ばした。
そうしたらローレイが、
「違う、雪の滑り落ちるような音じゃなくって、こうなんていうのかな? 木が暖炉で燃えているような、割れているような、パキパキ?ピキピキ?そんな音なんだけど....」
「フムフム....」
そう言ってザンはもう一度耳を澄ました。
もちろん今は冬。
暖炉では、明々と炎が燃え上がっていた。
ザンは暖炉の方を見て、少し様子を伺っていた。
暖炉からは確かにパキンと木が割れる音がする。
ザンはローレイに向かって、
「暖炉の音じゃないの?」
と聞き返した。
それに続いてローレイは、
「ううん、暖炉の音じゃないの。音は似てるんだけど、もっとこう何ていうのかな?パキーンって響く音じゃなくて、何ていえばいいんだろう....?」
暫く沈黙が続いて、
「やっぱり気のせいかしら?」
ローレイはそう言って二人はまた食事を続けた。
もう一度スープを口元まで持っていった時、ローレイは外で何か気配を感じた。
「やっぱり気のせいじゃないみたい。外に誰かいる。」
至って平和な村には、暗くなって異変が起こるということは、今までの彼らの経験からは一度もない。
武器という武器など平和なこの村に有る筈もなく、精一杯のホウキを片手に、ローレンとザンは家のドアを恐る恐る開けてみた。
外は真っ暗で、これでもかというくらい雪が降りしきっている。
冷たい風が少し空いたドアの隙間から吹き込んでくる。
少し開けたドアから少しの明かりが漏れ、ドアの周りを照らし出した。
ドアの周りには何も見えない。
やはりしんと静まり返って、見えるのは降りしきる雪と暗闇ばかり。
ローレイは汗ばんだ右手に更に力を込めてホウキを握りしめ、玄関のドアを開ききった。
一瞬ぶわっと風が吹き込んだ後に目を見開いて辺りを伺った。
家の明かりによって、更に照らし出された外景にぼんやりと写し出されたのは、降りしきる雪の中に佇む一人の影だった。


          

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