ワガママな後輩彼女にフラれたら、優しい先輩彼女とお付き合いすることになりました。

三葉 空

10 年上の彼女の唇が、とても色っぽくて……キスしちゃう?

 里音さんと街ぶらをした後、ランチタイムを迎える。

 僕らが選んだ場所は、ガラス張りでオシャレなレストラン。

 それでいて、値段はリーズナブルだと言う。

 まあ、萌香の受け売りなんだけど。

「私、ちょっと緊張しちゃうな」

「どうしてです? 普段、あまり来ないようなお店だから?」

 僕は里音さんに尋ねる。

「だって、彼氏と一緒にお昼ごはんだなんて……初めてだから」

「あっ……」

 そう言われて、僕も途端に恥ずかしくなる。

 お互いに、膝の上に手を置いてかしこまり、顔をうつむけてしまう。

 すると、

「いらっしゃいませ。ご注文はいかがなさいますか?」

 店員さんが尋ねてきた。

「あ、えっと……このランチセットで。里音さんは?」

「じゃ、じゃあ、私も同じで」

「かしこまりました。少々、お待ち下さいませ」

 店員さんは礼をして去って行く。

 そして、また沈黙の時が訪れてしまう。

 僕は焦った。

 何か話さなければと。

「あ、あの、里音さん」

「な、なに?」

「えっと……今日は良い天気ですね」

「へっ? あ、うん」

 里音さんは戸惑いながらも頷いてくれる。

 僕はぎこちなく笑う。

 そして、会話はまた途絶えた。

 ま、まずい、このままだと……

 ピロン♪

 スマホが鳴った。

「あ、ちょっとごめんなさい」

 僕は里音さんに断りを入れて、スマホに届いたメッセージを確認する。

『フーくん、ちょっとトイレに来て』

 僕はハッとして、周りを見渡す。

 数多くあるテーブル席の端っこの方に、萌香の姿があった。

 メニュー表で顔を隠しながら、僕をジッと見つめている。

「さ、里音さん。ちょっと、トイレに行って来ます」

「あ、うん」

 里音さんは微笑んで頷いてくれる。

 僕も微笑みを浮かべながら、席を立つ。

 そして、言われた通りにトイレにやって来た。

 すると、少し遅れて萌香がやって来る。

「萌香、どうしたの? ていうか、こんな所まで付いて来たんだ」

「わ、悪い?」

「いや、まあ、良いけど……」

「そんなことよりも、フーくん。何かちょっと力が入ってない?」

「えっ?」

「里音さんと、何か話さないといけないとか、焦っちゃっていない?」

「それは、まあ……」

「やっぱりね」

 萌香は小さくため息を漏らす。

「確かに、会話は大事だよ。あたしも、会話する機会が減る映画館デートはオススメしないって言ったくらいだから」

「うん」

「でも、何よりも大事なのは、自然なことだよ」

「自然……」

「そう。無理して浮かべる笑顔ほど、見苦しいものは無いだろうし」

「じゃあ、どうすれば良いの?」

「見つめてみれば?」

「えっ?」

「ただ黙って、見つめてみるの。里音さんのことを」

「で、でも、それってすごく恥ずかしくない?」

「フーくん、その恥ずかしさを乗り越えないと。いつまで経っても、彼女との仲は進展しないよ。それでも良いの? せっかく……」

 言いかけて、萌香は口をつぐむ。

「萌香?」

「あっ……な、何でもない」

 萌香は小さく首を振って、ニコッと笑う。

「里音さんを見つめる……か」

「うん、そう。ただし、一つだけ忠告」

「何かな?」

 僕が尋ねると、萌香は笑顔のまま言う。

「おっぱいをガン見するのは禁止ね」



      ◇



 僕が席に戻ると、ちょうどその直後に料理がやって来た。

「じゃあ、いただきましょう」

「はい」

 ランチセットは、メインがパスタ。季節の春キャベツが色鮮やかである。

 それにスープとサラダが付いていた。

「「いただきます」」

 僕と里音さんは声を合わせて言う。

 そして、フォークを持ってパスタを食べる。

「うん、美味しい」

「そうね、美味しい」

 僕らは微笑み合う。

 それから、スープとサラダもいただく。

 こちらも美味だった。

 そのため、僕はつい食べることに夢中になってしまう。

 って、ダメだ、ダメだ。

 これはデートなんだから……

 僕はふっと、里音さんを見た。

 さっき、萌香に胸は見るなと強く釘を差されたから。

 僕の視線は自然と、料理を食べる里音さんの口元に向けられる。

 パスタを食べることによって、桜色の唇が少しきらめいて見えた。

 それが何だか、そこはかとない色気を醸し出しているようで……思わず、息を呑んでしまう。

 同世代よりも大人っぽい雰囲気を漂わせ、なおかつ美人な里音さんの色気は……僕が思っている以上に……すごい。

「ん? どうしたの、史くん?」

「あ、いえ。何でもないです」

 僕は慌てて、またパスタを啜る。

 その間も、チラッ、チラッ、と何度も里音さんの唇に目をやっていた。



      ◇



 日が暮れる頃。

 僕と里音さんは静かな帰り道を歩いていた。

「里音さん、今日はありがとうございました。とても、楽しかったです」

「そんな、私の方こそ。史くんとデートが出来て、とても楽しかった」

「退屈じゃありませんでした? その、僕はさほど上手くエスコート出来なかったので」

「そんなことないよ。私、史くんと一緒にいるだけで、胸がドキドキして……」

 そんなこと言ってくれる里音さん。

 僕はつい言葉につられて、胸に視線が……って、ダメだ。

 さっと、視線を上げる。

 また、きれいな唇を見つめた。

「史くん? どうしたの?」

 里音さんが首をかしげて言う。

 夕日が照らす彼女は、普段にも増して美しいと思った。

 神々しさを覚えるくらいだ。

 こんな素敵な人が僕の彼女なんかで良いのかと。

 正直、あまり自信が持てない。

 でも、それでも……

「里音さん」

 僕は彼女のそばに歩み寄っていた。

「史くん……」

 彼女もまた、何かを感じたようで。

 僕らは先ほどよりも近い距離で、互いに見つめ合う。

 僕は口から心臓が飛び出そうなくらい、緊張している。

 それでも、里音さんから目を逸らさなかった。

 だから、彼女も激しく赤面しながら、僕を見つめたままで居てくれる。

 ふっと、その目が閉じた時。

 ドクン、と。

 僕の心臓はひときわ大きく高鳴った。

 手足が震える。

 落ち着け、と自分に言い聞かせるけど、なかなか言うことを聞いてくれない。

 僕は震えたままの手で、そっと里音さんの肩に触れる。

 そして、ゆっくりと、彼女の唇に目がけて、自分のそれを寄せて――

「――ダ、ダメエエエエエエェ!」

 突如として響き渡ったその声に、僕と里音さんはハッと振り向く。

 僕らの視線の先には、肩で息を切らす萌香がいた。

「も、萌香?」

「萌香ちゃん?」

「あっ……」

 萌香は少し、しまったという顔になる。

「……いや、その……あ、あたしはたまたま通りがかった訳で……ダ、ダメだよ。誰か、人が来るかもしれない道でキ、キスをしようとするなんて」

 萌香は少し言葉に詰まりながら言う。

 すると、僕と里音さんは急に我に返ったように、顔が火照り出した。

「そ、そうね、私ったら。ごめんなさい、史くん」

「いやいや、そんな。だって、僕の方から……」

 言いかけて、僕は口を手で押さえる。

 また、僕と里音さんは顔を真っ赤に染めた。

 そんな僕らを、萌香はジト目で見つめている。

「あっ、わ、私、お夕飯の支度を手伝わないといけないんだった」

 急に、里音さんがそんなことを言い出す。

「そ、そうなんですか」

「う、うん。だから、史くん、またね。萌香ちゃんも」

 里音さんは少し早口でそう言って、タッタと早足で去って行った。

 その場に残された僕は、里音さんの背中をしばらく見つめていた。

「史くん」

 萌香がそばにやって来た。

「な、何だい?」

「今日のデート、自分では何点?」

 何か、怖い質問をして来た。

「え、えっと……60点くらいかな?」

 僕は控えめに言う。

 けど、

「30点だよ」

「えっ?」

 萌香先生の採点は、まさかの赤点クラスだった。

「な、何で? 確かに、色々とぎこちなかったかもしれないけど。それでも、僕なりに……」

「た、確かに、フーくんは慣れないなりに、がんばったと思うよ?」

「そ、それなら……」

「で、でも、最後に……キ、キキ、キスをしようとしたでしょ?」

「えっ? あ、それは、その……はい」

 僕は観念してうなだれるように頷く。

「さ、最初のデートでいきなりキ、キスなんて……ぜ、絶対にダメなんだからね!」

 萌香の声が響く。

「え、ぜ、絶対にダメなの?」

「そ、そうだよ。大体、何でキスしようとしたの?」

「いや、あの……ランチの時、萌香が里音さんの胸を見るなって言ったでしょ?」

「言ったよ?」

「だから、その代わりに唇に目が行って、ああ、きれいだなってずっと想っていて……そうしたら、たまらなくなって……」

 僕が正直な心情を吐露すると、萌香が小さな体を震わせていた。

「あ、あの、萌香……さん?」

「フーくんの……スケベ野郎ぉ!」

「え~!」

「あたしはもう、幻滅したよ! フーくんは、フーくんは……」

 萌香は興奮しすぎて、上手くことばが回らないようだ。

「も、萌香、落ち着いて」

「こ、これが落ちついていられるもんですか!」

 萌香のボルテージは上がる一方だ。

 その時、僕はポケットに手を入れた。

「――はい、これ」

 そして、小さな紙袋を手渡す。

「……は? 何よ、これ?」

「良いから、開けてみて」

 僕が言うと、萌香はしかめ面のまま、その紙袋を開ける。

「……えっ」

 その中身を見た瞬間、萌香は目を丸くした。

 それは、小さなテディベアのキーホルダーだ。

「こ、これって……」

「うん。萌香に言われて、思い出したんだ。前に萌香と付き合っている時、そういえば、そのテディベアをずっと見つめていたなって思ってさ」

 僕は笑みを浮かべて言う。

「サプライズって、こんな感じで良いのかな?」

 問いかけると、萌香は驚愕の表情のまま固まっている。

「あの、萌香……?」

「ハッ……え、えっと……」

 何だか、萌香の顔がみるみる内に赤く染まて見えるのは、夕日のせいだろうか?

「フーくんのバカたれ!」

「えぇ~!?」

 そして、萌香はピューッと駆けて行った。

「……な、なぜ?」

 その場に取り残された僕は、訳が分からずそう呟く他なかった。



      ◇



 彼の姿が見えなくなるまで、ひたすらに走っていた。

 ようやく、その姿が視界から消えると、あたしは両手を膝に置いて息を切らす。

「ハー、ハー……」

 ふと、手の平に握り締めていた、彼からのプレゼントを見つめる。

 あたしはそれを、きゅっと優しく抱き締めた。

 正直、とても嬉しい。

 まさか、あたしがこの子を可愛いと見つめていたことに気が付いて、怯えていて、しかもプレゼントしてくれるなんて。

 でも、いくつか言いたいことがある。

 一つ、サプライズは今カノの里音さんにしろ。

 二つ、何で付き合っている時にこれが出来ない?

 三つ、前から薄々感じていたけど、フーくんって実は天然? 天然のジゴロなの?

 改めて自分の中でそれらの事実を噛み締めると、何だか嬉しさと同時に激しい怒りが湧いて来た。

「……おのれ、フーくんめ」

 あたしがペースを握っているはずだった。

 それなのに、いつの間にか、彼にペースを握られていた。

 いや、乱された。

 くそ、悔しい。

 メチャクチャ、悔しい。

 もう、こうなったら、あたしもフーくんを本気で焦らせないと気が済まない。

 この気持ちはもはや、復讐心にも近い。

「……覚悟しておきなさい、フーくん」

 あたしは彼にもらったテディベアを胸に抱きながら、そう言った。







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