ワガママな後輩彼女にフラれたら、優しい先輩彼女とお付き合いすることになりました。

三葉 空

8 元カノと始める新たな関係

『じゃあ、おやすみ、フーくん』

 彼とのやり取りを終えると、あたしはベッドに腰を掛けながら、吐息を漏らす。

「……もっと嫌な女に、なるつもりだったのになぁ」

 あたしと別れたばかりで、もう他の女と付き合うの?

 ちょっと節操がなくない?

 最低だね。

 って、罵倒してやるつもりだったのに。

『……だって、萌香と付き合った時も、緊張したし』

 なんて、こと言われて。

『えっ……あ、そうなんだ』

 あたしは動揺してしまった。

 正直、嬉しいと思った。

 そして、やっぱりフーくんは、可愛らしいなと思った。

 年上の男子だけど。

 それから、あたしは自然と彼に対してアドバイスをしていた。

 けど、スマホのメッセージだけじゃもどかしく。

『……今日はもう遅いから、明日にしよう。お昼休み、屋上で話さない?』

 そう提案した。

 彼もまた、承諾してくれた。

 あたしはベッドにこてん、と寝転がる。

「……はぁ、あたしって、未練がましいのかな」

 何だか色々と気恥ずかしくなり、ベッドの上でバタついた。



      ◇



 屋上への階段を踏み締める時、とても緊張した。

 僕は小心者だから、どうしても緊張してしまう。

 ――それ、言い訳だよ。

 萌香の言葉が脳内で響く。

 それでビシっと背筋が伸びた僕は、屋上の扉を開いた。

「あっ」

 すでに、萌香がそこにいた。

「ごめん、待った?」

 僕はそばに寄って声をかける。

「あ、フーくん。あたしもいま来た所だから」

 萌香は座っていたベンチのとなりを叩く。

「ここ、どうぞ」

「あ、うん」

 僕はおずおずとしながら座る。

 ふと、萌香の膝の上に袋が置かれていた。

「それは?」

「お昼ご飯だよ」

「あ、しまった。僕も用意しておけば……」

 少し焦る僕に対し、

「はい、フーくん」

「えっ?」

 萌香は袋から取り出したパンを渡してくれる。

「どうせ、そんなことだろうと思ったから」

「あ、ありがとう……お、お金を払うから」

「良いよ。これはあたしからのお祝いというか……餞別だと思って」

「萌香……」

「知ってる? 話し合いをする時は、食事に時にすると、和やかに行くんだって」


「へぇ~、萌香は物知りだな」

「そ、そんなことないから」

 萌香はコホン、と咳払いをする。

「昨日の話の続きだけど」

「うん。僕がまた恋人関係で失敗しないように、どんな努力をするべきかって話だったよね?」

「そうだね。でもその話の前に、あたしからも言っておきたいことがあるの」

「え、何かな?」

「ほら、フーくん、言ってくれたでしょ? あたしも、新たな一歩を踏み出して欲しいって」

「言ったよ」

「だからね、あたしも新しく彼氏を作ろうと思うの」

 僕は心が揺れた。

 けど、表面には出さず、

「そっか……萌香なら、すぐに出来るよ。僕よりも、ずっと恋愛とかにも詳しいし」

「まあ、色々と勉強してますから。でも、そんな簡単には出来ないの」

「でも、色々な男子からアプローチされているでしょ?」

「誰でも良いって訳じゃないから。今度お付き合いするなら……フーくんより、素敵な人じゃないとダメなの」

「だ、だったら、それは低いハードルじゃない? 僕なんて、そんな……

「フーくん、それ良くないよ」

 また言われてしまう。

「な、何が?」

「フーくんは、もっと自分に自信を持つべきだよ。確かに、勉強不足な所はあるけど……それでも、素敵なモノを持っているんだから」

「あ、ありがとう……」

 それが何かを聞くのは無粋な気がしたからやめておく。

 でも、萌香の優しいお叱りの言葉は、僕の胸に染みた。

「でね、あたしの彼氏づくりの話だけど。それも一筋縄では行かないの。あたしだって、男の子の気持ちとか、よく分からない所もあるし」

「そ、そうなんだ」

「だからね、フーくんに、あたしの彼氏づくりの手伝いをして欲しいの」

「えっ?」

「その代わりに、あたしはフーくんに彼女と上手く行くためのアドバイスをするの」

「そ、それは……」

「つまり、互いにとって良き関係ってこと。ウィンウィンの関係ってやつかな?」

 そんな風に言う萌香を、僕は目を丸くして見つめた。

 萌香はきっと、僕のことをすごく考えてくれて、この提案をしてくれたのだと思う。

 それはありがたいこと。

 でも、そうなると、今日この話し合いで、萌香から自立しようとした僕の意志が……

「……やっぱり、鬱陶しいかな?」

「萌香?」

「いつまでも、元カノが周りをちょろちょろしているのは……迷惑かな?」

 萌香が潤んだ瞳で僕を見つめて来る。

 僕らが付き合っている時も、彼女はこういった表情を見せて来た。

 欲しい物をおねだりする時とか。

 でも、それは彼女のあざとさと言うか。

 あの頃は、ワガママに奔放で、僕を振り回して。

 でも、ずっとニコニコして、不満らしい不満は一切こぼさなかった。

 それが別れた今となっては、あの頃とはまた違う表情をいくつも見ることが出来て……僕は萌香のことを何も知らなかったのだと、申し訳なく思い、また同時に少し悔しかった。

 ケンカもせず、無難に一緒の時を過ごしてしまったせいだろうか。

 もし、僕が、もっと勇気を出して彼女に踏み込んでいたら、こんな風に真に迫る顔を見ることが出来たのかもしれない。

 そうすれば、萌香と別れずに……って、僕は何を考えているんだ。

「……迷惑ってことはないよ」

 僕は萌香を見つめて言う。

「本当に?」

「正直、萌香がアドバイスをしてくれるのは嬉しい。でも、僕は萌香の役に立てるのかな?」

「もっと自信を持つの、フーくん」

 萌香はニコッと笑って言ってくれる。

「あ、ありがとう、萌香」

「ほら、パン食べなよ」

「うん」

 僕は萌香からもらったクリームパンを食べる。

「美味しい?」

「うん、美味しい。けど、喉が渇くね」

「はい、どうぞ」

 萌香がすかさず、お茶のペットボトルを渡してくれる。

「本当に、何から何まで……」

 そういえば、付き合っている時も、萌香はワガママを色々と言っていたけど。

 何かと、気が利いたんだよなぁ。

 一緒にご飯を食べに行った時も、水がセルフの時はさっと僕の分も入れて来てくれたし。

 僕がうっかり寝坊して慌ててデートの待ち合わせ場所にやって来た時も、喉が渇いているだろうからって、今みたいにお茶を用意してくれていたし。

「うん、パン美味しい。でも、あたしも喉が渇いちゃったから、お茶を飲もうっと」


 萌香はそう言って、なぜか僕が手に持つお茶を掴んだ。

「へっ?」

 そして、ヒョイと僕から奪うと、そのままお茶を飲んだ。

 僕はその光景を唖然として見つめる。

 萌香はそんな僕をよそに、白くほっそりした喉をコクコクと鳴らして飲み下す。

「……ぷはっ、お茶が美味しい」

 萌香は小さく微笑んで言う。

「あっ……フーくんと、間接キスしちゃった」

 萌香はハッとしたように言う。

「でも、良いよね。これくらい」

「そ、そうだね……」

 僕はぎこちなく笑いつつ、内心でドキドキしていた。

「じゃあ、フーくん。これからお互い、がんばろうね」

 萌香はニコッと笑って、僕に手を差し出す。

 僕は戸惑いつつも、その手を握り返す。

「フーくんは里音さんとより親密になって、あたしは素敵な彼氏を作る。お互いが本当に前を向いて歩いて行くための、パートナーってことで」

「あ、うん。でも、里音さんが知ったら……」

「大丈夫だよ。あたしはフーくんの元カノだけど、可愛い後輩。そして、里音さんにとっても。だから、そういう関係に戻ったんだって、里音さんに思ってもらえれば良いから。何なら、後であたしからそんな風に伝えておくし」

「何て言うか、萌香は……すごいなぁ」

「腹黒いってこと?」

「いや、誰もそんなことは言わないよ。何て言うか、積極的?」

「フーくんも、そうならないと。今度はちゃんと、彼女とキスしなよ?」

「は、恥ずかしいな……」

「ほら、そういう所から直しなさい!」

 萌香は僕を叱りつつも、嬉しそうに笑っている。



 こうして僕は、元カノである萌香との新たな関係を始めた。







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