僕が守りたかったけれど

景空

第40話

「ひどいな」
つぶやく僕の前には見事に破壊された結界があった。結界を保護するガードサークルは吹き飛び、結界に力を与えるクリスタルは砕け光を失っていた。このガードサークルも上位魔獣の直接攻撃ならともかく中位魔獣以下の攻撃にはそれなりに耐えるだけの強度があったはず。それが砕け力を失い、死んでいる。
僕は勇者様に視線を移し
「何をしたらこんなことに」
勇者様は、苦々しい表情で答えた。
「あの時は、中層域で魔獣を狩っていたのだが、思いのほか魔獣が集まってしまってね。やむを得ず後退に次ぐ後退をしたのだが、そんな状況だったこともあり方向を見失ってしまったのだ。気がついた時には追い詰められた、ちょうどそう、フェイウェル殿が今いるところで聖剣を振るうことになってな、その勢いのままに結界に聖剣の攻撃があたってしまったのだ」
「勇者の振るう聖剣の力か」
僕は覚えていた。何気なく振るっただけでグレートベアが一刀両断されたその破壊力。僕は聞いていた、勇者の振るう聖剣は王種さえ切り刻む力をもつことを。それゆえ本来は十分に力をつけた勇者の手にあるべき力であることも知っていた。それをこの未熟な勇者が、未熟なままに力を振るってしまったのだと知った。それでも最悪ではないことも確かだった。この位置で結界が破壊され、それが原因でスタンピードが起きたなら、準備の整わない聖都に直接被害が及んだ可能性が高い。
「結界の状態は確認しました。あとは急いで離脱します。いいですね勇者様」
そこまで言って気づいた。僕の探知の端に魔獣がひっかかったものがある。それは深層のさらに奥。
「これは……」
ミーアも気づいた。
「フェイ、こんな奥から来るのって……」
「幸い勇者様がいる。倒せる算段はつくか」
僕とミーアが小声で話しているところに勇者様が割り込んできた。
「何をしておる、帰還するのだろう」
「いえ、そうは言っていられなくなりました」
「なに」
「深層のさらに奥から来ます……恐らく、王種です」
「王種だと、なおさら離脱せねば」
「ダメです。他の魔獣ならともかく王種だけは結界域の外にだしてはいけません」
「しかし、今の我には」
「勇者様、聖剣をお持ちですよね。装備してください」
「そ、そんな事を」
「幸い倒すための最低限の条件はそろっています。僕たちが抑えます。勇者様はスキをついて堅実にダメージを与えてください」
「しかし、我の実力では」
「ギーゼ、フェイがこう言う以上やるしかないの。あたしも全力でサポートするから。お願い、ここで本物の勇者になって」
アーセルの叫びについに勇者様は覚悟を決めたらしく
「わ、かった。フェイウェル殿、ミーア殿よろしくお願いいたす。皆も力を貸してくれ」
勇者様の持つ聖剣以外では王種に傷をつけることは出来ない。それでも抑えつけ、気をそらす事は出来る。僕は右手にオリハルコンコートのブロードソードを、そして左手にミスリルのハンド・アンド・ハーフソードを持ち前に出た。ミーアも右手にオリハルコンコートの短剣を、左手にミスリルの短剣を手に僕の隣に並んでくれた。正直に言うとスタンピードより分が悪いかもしれない。それでも王種を外に出すわけには……。僕は覚悟を決めミーアに声を掛ける。
「僕の背中を預けるのはミーアだけだ。頼むよ」
「もちろん、フェイの背中を預かるのはあたしよ」
これは傍からはそうとは見えないであろう、僕とミーアの愛の言葉。でも、それで良い。二人の間でさえ通じていればそれで、死地に向かえる。
探知ではそろそろ100メルドあたりまで来ているのが分かる。ガサガサ、バキバキと森をかき分ける音も聞こえ始めた。
「ファーストアタックは僕がいくミーアも続いて。勇者様のパーティーメンバーの方は勇者様を守ってください。王種を傷つけることができるのは勇者様の聖剣だけです。なんとかして倒しますよ」

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